第14章 騙し合い④
「あ~あ、素人はこれだからな。一番狙い易いとこなんだが、腹を撃たれると、すぐには死ねないんだよな」
苦しそうに蹲るカレンを、スコットがさも楽しげな口調で言いながら、しゃがみ込んでカレンの髪を掴み、カレンの顔を自分に向けさせた。
「しかし、苦しみながら死んでゆくのが、お前にはお似合いだよ」
楽しげな声が、一転して憎しみの口調に変わった。
もう、スコットを睨むだけの気力が残っていないのか、カレンは虚ろな目をして喘いでいるだけだ。
「よくやった、サトル」
スコットが満足気に頷きながら立ち上がり、悟に銃を向けた。
「褒美に、おまえは苦しまないで済むよう、一発であの世に送ってやろう」
「ちょっ、ちょっと待てや。それやったら、約束が違うやん」
悟が慌てた。
緒方が、悟から銃を奪い取る。
「言ったろう。この世界では、誰も信用しちゃいけないと」
スコットが、氷のように冷たく言って、引金に指をかけた。
「ま、待って。そ、その前に、わ、訳を聞かせて」
カレンが息も絶え絶えに喘ぎながら、弱々しくスコットに哀願する。
「まだ、言葉が喋れるのか」
スコットが緒方に目配せをし、それを受けた緒方が、再び悟に銃口を押し当てる。
床に血溜まりができるほど出血しているカレンを、実験動物を観察する冷徹な科学者のような目で、スコットがじっと見つめる。
「フム、その様子じゃ、もう反撃する力も残っていまい。よかろう、冥途の土産に聞かせてやろう」
スコットの心に、残忍さが芽生えた。
瀕死のカレンを、とことんいたぶってやろうという気になった。
「お前も、哀れな奴だな。実の兄に裏切られ、その上、愛した男にも裏切られるとはな」
そう言ってから、カレンの耳に口を近づけて「馬鹿な女よ」と吐き捨てた。
カレンには、もう言い返す力も残っていないようだ。
ただ顔を歪めながら、弱々しい目でスコットを見つめている。
その目には、唯一愛した男に裏切られた衝撃と悲しみが宿っているように見てとって、スコットが残忍な笑みを受かべる。
「私はな、お前がカンパニーのトップシークレットなんておだてられて、いい気になっているのが気にくわなかったのさ。お前がいい気になっていたとき、私はヒューストンの下で、使いっぱしりみたいなことばかりをやらされてたんだぞ」
「ようするに、カレンに嫉妬してたわけか」
緒方に銃口を突きつけられているのをものともせず、悟が呆れたように口を挟む。
「嫉妬? 馬鹿言うんじゃない。頭は、私の方が数段上なんだ。カレンが長けているのは人殺しの技だけだ。この世界で生き残って上にあがれるのは、私みたいに頭を使える奴だけなんだよ。暴力だけの奴は、利用されるだけされて、いつかは消えていくんだ。こいつみたいにな」
カレンが何かを言おうと口を開いたが、咳き込んでしまい、言葉ではなく血を吐いた。
「もう、あまり長くはもたんようだな」
カレンの様子を見て、スコットが満足気に微笑む。
「私はな、お前がエージェントとして活躍していた頃に、それとなく兄ということがわかるようにして、出世の糸口を掴もうとしていたんだ。その矢先に、こいつみたいなくだらん男にほれ込んだ挙句、カンパニーを抜けたりしやがって。今、私がカレンの兄だとばれてみろ、永遠に出世なんて望めやしないんだぞ」
よほどカレンが憎かいのか、スコットの顔は醜く歪み、罵る口調に憎悪が詰め込まれている。
「そやから、バレる前にカレンを殺そうとしたのか」
「それもある。それよりも、いい加減ヒューストンに使われているのにも飽きたんでね、ここらで、私がヒューストンの代わりをしてもいいだろうと思ったのさ」
「それで、今回のことを企てたと」
「そうだ。シホの姉を殺し、シホを我々の側に取り込んだ。そうして、カレンとターニャをおびき寄せ、組織にとって邪魔な二人を消しさる」
「ついでに、ヒューストンも消えてくれれば、万々歳ってとこやな」
「その通り。わたしの思惑通り事が運んだよ」
「嫌なやっちゃな」
悟が、顔をしかめる。
「ヒューストンの後釜に座って、赤い金貨のためにアメリカを売り、組織の中で出世しようってか」
「金で、カレンを裏切ったおまえに、言われる筋合いはないぞ」
悟が、黙って肩をすくめる。
「そろそろいいだろう。地獄へ行って、二人で喧嘩でもするんだな」
再び、スコットが悟に銃を向けた。
「最後に、ひとつだけ聞いていいか」
悟の声は、落ち着いていた。
「志保さんは、今どこや」
「それを知ってどうする。まあ、いい。冥途の土産に教えてやろう。彼女は、我々の手から逃げた。見張りに付けていた奴は、処分したがな。今行方を追っている。確保するのも、時間の問題だ」
スコットが、カレンに目をやる。
カレンは、もう目を閉じて、ぴくりとも動かない。
かすかな胸の上下だけが、まだ生きているということを示していた。
「これ以上、おまえ達に話すことはない」
「あばよ」
緒方が、さも楽しそうに悟の耳元で囁く。
乾いた、銃声が轟いた。




