第14章 騙し合い②
「愛妻からだ」
スコットが楽しそうな顔を悟に向けてから、スピーカーフォンに切り替えた。
「それはよかった。ああ、サトルは無事に保護しているよ」
兄としての優しさを込めた声で、スコットが答える。
「早くサトルに会いたいから、そっちに行くわ。場所を教えて」
スピーカーフォンから流れてくるカレンの声は、いつもより沈んでいた。
緒方は手を口で押えて、笑いをこらえている。
悟は、黙って俯いていた。
「そうだろうな」
スコットが優しく言ってから、場所を教えた。
「わかった。サトルに代わってくれない」
「ちょっと待ってろ」
電話を保留にしたスコットは、悟にスマホを渡しながら、険しい顔で念を押した。
「いいか、余計なことを喋るんじゃないぞ。少しでも変な素振りを見せたら、即座に撃ち殺す」
「わかっとるわ。俺は、お前らの仲間になったんや、少しは信用せんかい」
悟が心外だというように怒りながら、手渡されたスマホの保留を解除する。
「カレンか? 俺や」
金でカレンを裏切ったというのに、悟の口調は、これまでとなんら変わらなかった。
「よかった。いつものサトルで」
その声に安心したのか、沈んでいたカレンの声が弾む。
「ああ、もう大丈夫や。さっきはごめんな」
「いいのよ、気にしないで。いつものサトルに戻ってくれて、嬉しいわ」
スコットは唇の端を吊り上げながら、緒方は相変わらず笑いをこらえながら、二人の会話を聞いていた。
「もう直ぐそっちに行くから、いい子で待ってるのよ」
「ああ、待ってるで」
まるで、デートの約束を交わす恋人同士みたいだ。
「なあ、カレン」
スコットの眉がぴくりと動き、手を懐に入れようとした。
それを、悟が手で制した。
「こないだ、俺にくれた本な。あれを持ってきてくれへんか。出かけるとき慌ててたから、持ってくるのを忘れてしもうてな。あれは役に立つから、持っておきたいんや。ほんま、ええもんくれたもんやで。今度お返しに、カレンの好きな寿司でも奢るからな」
スコットが安心した顔で、手を元に戻す。
「たかが、本くらいで大げさね。でも、お寿司は大歓迎よ。楽しみにしているわ」
明るい声で、カレンが笑った。
「じゃあ、待っててね」
掛かってきた時とは別人のような、弾んだ声で言って、カレンが電話を切った。
悟は、暫く無言になったスマホを眺めていたが、やがて深いため息をつくと、スコットに返した。
「上出来だ」
満足げな顔で、スコットが悟の差し出したスマホを受け取る。
「なかなか役者じゃねえか」
下卑た口調でからかう緒方に、悟は一瞥をくれただけで、何も言わない。
「ところで、本というのは何だね。そんなに、大切なものなのか?」
スコットが、興味深そうに訊いてくる。
「転職情報誌や。カレンを殺してもたら、喫茶店は続けられへんからな。どこか、職を探さんとあかんやろ」
「お前、これが無事終わったら、一億貰えるんだぞ。それでも、まだ金がほしいのか」
「大阪人やからな」
呆れたような緒方の言葉を受けて、悟がぶっきらぼうに答えた。
スコットは笑みを浮かべて肩をすくめてみせたが、眼は笑っていなかった。
「いいか、カレンが来たら、手筈通りやるんだぞ。ぬかるんじゃないぞ」
悟が、無言で頷いた。
「カレンを油断させるために、オガタがお前の頭に銃口を突き付けるが、お前が我々を裏切るようなら、即座に引金を引く。それを忘れるな」
「わかっとるわ。ごちゃごちゃ言わんと、まかしとき」
悟が、煩わしそうに言い返した。




