第13章 裏切りの報酬⑦
「君は、カレンに言われて勤めていた会社を辞めたんだったな。どうだ、カレンを殺ってくれたら、一億やろう。暫くは、遊んで暮らせるぞ」
悟の迷いに付け込むように、スコットが猫撫で声を出して、指を一本立ててみせた。
「そんなこと言うて、カレンを殺したあと、俺も始末する気なんやないやろな」
疑い深げな眼で、悟がスコットを睨みつけた。
スコットが苦笑する。
「君の懸念はもっともだ。今まで、そんな場面ばかりを見てきたんだろうからな。安心したまえ。君には、まだ遣い道がある。そんな君を、殺しはせんよ」
「遣い道?」
「そうだ。カレンを片付けたあと、ターニャも同じように片付けてもらいたい。どうやらターニャも、君をお気に入りのようだからな」
「ターニャを……」
悟の目が、驚きで大きく見開かれた。
「ちょっと待てや、へたしたら、ターニャはカレン以上に危険やで」
慌てた口調で、悟が両手を振った。
「直ぐにとは言わんよ。カレンを殺ったあと、少し羽を伸ばせばいい。ターニャとは、その後で接触すればいいんだ。そして、暫くターニャと一緒に暮らすんだ。そうすれば、カレンと同じく、ターニャはいつでも殺れる。もっとも、その間は私に情報を流してもらうがね」
顔を蒼ざめる悟を落ち着かせようとでもするように、スコットが宥める口調でゆっくりと言う。
「それで、一億は安いやろ」
動揺から立ち直った悟が、小狡そうな眼をしてスコットを見た。
「ターニャには、もう一億出そう」
「全部で二億か」
悟が腕を組んで俯いた。
どうやら、スコットの提案を真剣に考えている様子だ。
やがて顔を上げて、指を一本立てながら言った。
「そんだけの危険を冒すんやったら、あと一億は貰いたいな」
スコットがにやりと笑う。
「抜け目のない奴だな」
「大阪人やからな」
悟が、しれっとした顔で言う。
「よし、カレンに一億、ターニャに二億出そう。一億は情報代だ。これで、文句はなかろう」
「しめて三億か」
悟の喉が、ごくりと鳴った。
「商談成立だな」
「その前に、一つ聞いてもええか?」
「何だ?」
なかなか、うんと言わない悟に、スコットが少し苛立った様子を見せた。
「なんで、CIAを裏切った?」
「金だよ」
あっさりと、スコットが答える。
「CIAで働いていても、貰う給料はたかが知れている。特に、わたしのように内勤ならばな。所詮、この世は金だ。金さえあれば、どんなことでも叶うんだ、違うかね」
スコットが不敵な笑みを浮かべながら、演説口調で語った。
その言葉に、悟が下卑た笑いを浮かべた。
「あんたの言葉気にいったで。あんたの言う通り、この世は全て金や。よっしゃ、商談成立や」
悟が、親指を立ててみせた。
「そうか、やってくれるか」
スコットが満足気に頷く。
「ちょっと待ってください」
それまで、不服そうながら、黙って二人のやり取りを聞いていた緒方が、たまりかねて声を出した。
「こんな奴を、そんなに簡単に信用していいんですか」
悟を睨みながら言う。
「所詮、人間なんてこんなものさ。欲の皮の突っ張った生き物なんだよ。お前は、よく知っているだろう。私はな、彼が素直に最初の提案を受け入れていれば信用できなかったろうが、上乗せを要求したことで信用したよ。こんな状況に置かれながらも、損得勘定をする彼をね」
自信たっぷりに言い切るスコットに、緒方はそれ以上なにも言えなかった。
代わりに、悟を睨みつける。
「フン、お前も所詮こんなもんか。随分、俺に偉そうなことを言ってくれたが、金で転ぶお前は、最低のクズ野郎だぜ」
「誰だって、命は惜しいし、金はほしいわ」
「命より、金だろうが。上乗せまでしやがって」
「大阪人やからな」
軽蔑しきった緒方の視線を受けても、悟は動じることなく、けろりと言ってのけた。




