第11章 罠⑨
「すべての階に、爆弾を仕掛けていたのね」
忌々しそうな顔で吹き上がる煙を睨んでいるものの、カレンの口調は穏やかだ。
「なんで、一気に爆発させんのやろう?」
この状況で、そんなことを気にしている悟も凄い。
「私たちに、恐怖を味あわせたいんでしょ。そんなことより、ぐずぐずしてる暇はないわ」
カレンがそう言った時、三階と四階も爆発した。
「いい、サトル。ここから、思い切り飛ぶわよ。わたしを信じて、わたしの手を離さないで」
どうするんやとも聞かず、悟が「よっしゃ」と元気よく答える。
こんなときの悟は、とても頼もしい。
カレンの顔から、思わず笑みがこぼれた。
二人は手を繋いで、思い切り屋上から飛んだ。
二人の身体が宙に浮いたとき、五階も爆発した。
爆風に煽られた二人は一瞬浮き上がり、勢いをつけて前方へと飛ばされた。
「しっかり、私の身体にしがみついて。絶対、離しちゃ駄目よ」
落下しながら、カレンが叫んだ。
言われた通り、悟がカレンの腰にしっかりと腕を回した。
地面に激突するかと思われた時、いつの間に手にしたのか、カレンが街灯めがけてムチを振った。
ムチは意思を持った生き物のように街灯に絡まり、二人の身体は、遊園地の絶叫マシンのように激しく揺れた。
「ひゃっほう!!」
風を切る音と共に、悟の叫ぶ声が、カレンの耳に飛び込んでくる。
暫くの振り子運動のあと、二人は無事、地面へと足を着けた。
「いや~ バンジージャンプより迫力があったな」
悟がにこやかな顔で、カレンを見る。
そんな悟を、カレンは異星人を見るような目付きで見返した。
世界最凶と謳われているカレンでも、あの状況で歓喜の声を上げる悟を、薄気味悪く思っていたのだ。
「どうしたん?」
カレンの視線に、悟が不審を覚えたようだ。
「あなた、怖くはなかったの?」
「カレンを信じとったからな。それに、言ったやろ、カレンと死ねるんやったら本望やって」
この言葉で、カレンは理解した。
悟は、本当にわたしのことを信じきっている。
そして、自分がサトルのいない生活が考えられないのと一緒で、サトルも自分のいない生活が考えられないのだ。
だから、ああいった状況でも、生死を超えていられるのだと。
また、そうすることが、自分に負担を掛けないだろうということもわかっている。
「結局、志保さんはおらんかったな」
感慨に耽かけたカレンの心を、悟の言葉が呼び戻した。
「そうね。どうやら、嵌められたようね」
いつものカレンの口調で、返事をする。
「天下のCIAともあろうものが、とんだ失態やな」
「それは、どうかしら?」
「どういうことや?」
「そのうち、わかるわよ」
「また、秘密か」
うんざりした顔で、悟がぼやいた。
「美女には、秘密がつきものなのよ」
「それをいうなら、謎やろ」
そろそろ、裏切り者を炙り出す時が来たようだ。
悟に笑みを返しながら、カレンは、胸の内でそう思っていた。
その頃、志保は邪悪な笑みを浮かべながら、しなやかな指を、キーボードの上で滑るように走らせていた。
背中では、売れっ子のお笑い芸人が司会を務めるバラエティが、液晶画面に映し出されている。
人々を恐怖のどん底に落し入れた無差別殺人も、ここ十日ほどは起こっていない。
無差別殺人が鳴りを潜めてから二、三日の間、人々は戦々恐々としていたが、今では、けろりと忘れたように、日常生活を取り戻していた。
無差別殺人が起こっていた時に、数十年ぶりのグランドクロスがあった。
グランドクロスによる電磁波の乱れで、人間の脳に何らかの影響を与えたものだろうと、大勢の識者が意見を述べ、世間はその意見に同調した。
志保はそうなることを狙って、わざとその時期に仕掛けたのだ。
志保の狙い通り、無差別殺人はグランドクロスの影響だということで決着を見、その前に起こった飛び込み事件も、グランドクロスの前兆による仕業ということで落ち着いた。
不安を抱いた時、人間は何かに縋りたくなる。
今回も、そうだ。
安心した人々は、飛び込み事件も、無差別大量殺人も忘れたように、普段の生活に戻っていった。
一時は控えられていた歩きスマホも、以前のように横行している。
「バカじゃない」
低い呟きが、志保の口から突いて出た。
人間というものは、なんと愚かな生き物だろう。
いや、愚かというより、自惚れているのだ。
万物の霊長と、自ら名乗っているのが、いい例であろう。
万物の霊長というのは、この世のあらゆるものの中で、最も優れているものという意味だ。
最も優れているのならば、なぜ、自然を破壊するのだろう。
なぜ、限りある資源を、先のことも考えず、使い尽くすのだろう。
なぜ、生きるため以外に、罪もない動物の命を、平気で奪うのだろう。
なぜ、人々は殺し合うのだろう。
空を飛べる? 海を渡れる? 宇宙へ行ける?
それが、どうしたというのだ。
自らが寄って立つ大地、命を育んでくれる自然、恵を与えてくれる全てのものに感謝しない。
現代の人間ほど、共存共栄という言葉を忘れた動物はいない。
見の程知らぬ自惚れが故に、危機感もない。
なにかあった時だけ、泣き言を言うか、人のせいにして喚きたてるだけだ。
志保の、人間に対する憎悪は、最高潮に達していた。
もう、グランドクロスは終わった。
こんどは、何のせいにするのだろう?
明日になれば、人類滅亡のカウントダウンが始まる。
何もできず、ただ慌てふためく人類の姿を、志保は思い描き、唇の端を不気味に吊り上げた。




