第11章 罠⑧
頭を振って立ち上がった劉の顔に、もう笑みはない。
今は、あらん限りの憎しみを込めた眼で、カレンを睨んでいる。
劉とは対照的に、カレンの顔には笑みが浮かんでいた。
その笑みは、お前の腕はこんなものかと、挑発しているように見えた。
劉が低い唸りを発して、カレンにむかって跳躍した。
素早く、ナイフを突き出す。
それよりも早く、カレンが右手を振り、巻いていたムチを半分ほど解くと、劉の顔に叩きつけた。
劉の頬が、鋭利な刃物で切られたように、ぱっくりと割れた。
劉の前進が止まった。
裂けた傷口を左手の甲で拭い、甲に付いた血を見て、またもや劉の眼が憎悪に燃えた。
もはや劉の顔は、人間のものではなかった。
「あんたは、サディストだと聞いてるわ。私を、そんなふうにしたかったんじゃない。どうしたの、私の顔は綺麗なものよ」
今度は、言葉で劉を挑発する。
劉の顔が、一層歪んだ。
左手にナイフを持ちかえ、右手で素早く拳銃を抜いた。
しかし、銃口をカレンに向ける前にカレンの右腕がしなり、カレンの意思を受けたムチの先端が、劉の手から銃を奪い取った。
「手段は問わないって聞いていたけど、本当ね。あんたは、強いんじゃない。ただ、卑怯なだけよ」
今度の言葉は挑発ではない。
カレンは、心の底から嫌悪感を抱いたようだ。
吐き捨てるように言ってから、容赦なく劉に向かい、ムチを振るった。
劉が、両腕で顔を庇う。
そんな劉を嘲笑うように、カレンのムチは稲妻のように、劉を襲い続けた。
劉の腕が、みるみる朱に染まっていく。
それでも、ムチの雨は止まない。
いまや劉は、、頭といわず、腕といわず、足といわず、全身が朱に染まっている。
さすがの劉も、この攻撃には耐えかねたとみえ、窓ガラスを突き破って外へと踊り出た。
「おい、ここは五階やで」
悟が、劉が突き破った窓から下を覗いた。
「生きてるやんか」
「まったく、タフだこと」
悟の驚いた声を受けて、横に来て下を見たカレンが、呆れた声を出した。
劉は平然と立って、窓から顔を出している二人上を見上げていた。
心なしか、口元が歪んでいる。
笑っているのだ。
「サトル、脱出するわよ」
劉の右手を見たカレンは、切迫した声で言うや、悟の腕を掴んで駆け出した。
階段まで来たとき、下から凄まじい爆発音が聞こえ、建物が揺れた。
「しまった。遅かった」
「どうしたんや」
悟は状況が掴めず、戸惑っている。
「劉の右手に、リモコンが握られていた。起爆装置よ」
答えながら、カレンが階下の様子を窺った。
爆発は一階で起こったみたいだが、既に、煙がそこまで昇ってきている。
「ビルと一緒に、俺らを吹っ飛ばすつもりか」
状況が呑み込めた悟の顔が、緊張に包まれた。
「そういうこと」
カレンが再び悟の手を取って、屋上へと駆け上がる。
屋上へ出る扉はロックされていた。
「また、ピンを使うんか」
「そんな悠長なことをしてる暇はないわ」
カレンが、ポケットから粘土のようなものを取り出して、扉の上下の蝶つがいに貼り付けた。
「隠れて」
二人が、階段の陰に隠れる。
カレンが拳銃の狙いを定めて、二つの粘土状のものを狙い撃った。
ボンッボンッと電球が弾けるような音がして、蝶つがいが吹っ飛ぶ。
「行くわよ」
カレンが駆け出し、扉を足で蹴破った。
「ニトロまで持っとったんや」
屋上へ出た悟が、呆れたように言う。
カレンの足が止まり、悟に顔を向ける。
何かを言おうとして口を開きかけたとき、またビルが揺れた。




