第11章 罠④
「あるある」
中の様子を窺っていたカレンが、顔を上げた。
「なにが?」
「扉の下を見てごらん。それから左右もね」
間の抜けた声で問い掛ける悟に、カレンが場所をゆずった。
悟が中を覗いている間、カレンは用心深くビルの中を注視している。
「あれか?」
悟が見たものは、扉の下に這わせてあるコードと、扉の両側に置いてある金属の箱だった。
「扉を開けると、コードが引っ張られて、両側の爆弾が爆発する仕掛けね。そんなに威力はないでしょうけど、私たちが吹っ飛ぶくらいの威力はあるでしょうよ」
「どうするん?」
「中へ入って開けるわ」
こともなげに、カレンが答える。
「そうか?」
カレンを信頼している悟は、無理やろとも言わず、素直に頷いた。
「見てて」
カレンが茶目っ気たっぷりに言って、悟にウィンクしてみせた。
それから、自分が切ったガラスの穴を見る。
カレンの胴回りより、二周りほどの大きさである。
しばらく見つめていたカレンが、何かを確信したかのように大きく頷くと、十歩ほど後ずさった。
そして、扉との距離を測るように、一度扉を見てから、おもむろに駆け出した。
扉の数歩手前で思い切りよく足を踏み切り、両手を前に突き出してジャンプする。
そのまま、見事に切り取った穴をくぐり抜けていった。
建物の中に飛び込んだカレンは、片手を床に付けた反動で空中を一回転し、音もなく着地した。
その動作は、まるで雌豹そのものである。
着地するや、素早くズボンの裾に隠していたナイフを引き抜いて、扉の下のコードを切断した。
息ひとつ、乱してはいない。
「まるで、サーカスのライオンみたいやな。はら、火の輪くぐりの」
小声で囁きながら、カレンが開けた扉から、悟が入ってくる。
「私を、サーカスのライオンと一緒にしないでくれる」
「そうやな、悪かった。カレンにかかったら、ライオンも泣いて逃げるもんな」
「あなたのポケットに、あの爆弾を突っ込んで爆発させてやるから」
カレンが小声で凄んだ。
これから、どんな罠が仕掛けられているかもしれないのに、二人共のんびりしたものだ。
建物の中は、正面右手に階段があり、奥にドアがあった。
どうやら、一階はその一部屋だけみたいだ。
「あの部屋から、確認しましょ」
どうすると眼で尋ねる悟に小声で返事してから、カレンが静かに奥へと歩き出した。
探知機で調べた結果、この部屋には爆弾が仕掛けられていないことがとわかっていた。
カレンがノブをそっと掴み、静かに回す。
鍵は掛かっておらず、ノブが回り、ドアが開いた。
中はガランとしていて、何もない。
カレンが首を振り、右手人差し指を上に向けた。
悟が無言で頷き、二人は二階へと続く階段へと向かった。
二階の構造も、一階と同じだった。
部屋も一階と同じで、ドアには鍵が掛かっておらず、中には何もなかった。
そうして、二人は三階へとやってきた。
「今度は、鍵が掛かってるわ」
悟の耳元で囁くと、またポケットから何やら取り出した。
それは微妙に太さの違う、長さ十センチくらいの針金のような束だった。
小さな輪っかに、十本ほどぶら下がっている。
カレンはドアの鍵穴を観察したあと、その針金の束を暫く見つめていた。
やがて、その内の一本を選ぶと、先端を器用に折り曲げて鍵穴に差し込んだ。
そのまま針金を少し動かすと、ものの十秒と経たないうちに開錠してしまった。
悟は、言いたいことがあったが、中に敵のいることを考えて黙っていた。
カレンが静かにノブを回し、ドアを薄めに開けてから、中の様子を窺う。
誰もいないのを確認すると、ドアを大きく開けて、中へと足を踏み入れた。
悟も、カレンに続いて静かに入ってくる。
二人が、部屋を見回す。
これまでの部屋と同様、何もなく空虚さだけが漂っていたが、二点だけ違いがあった。
ひとつは、どうしたことか、窓がコンクリートで塞がれていることだ。
そしてもうひとつは、壁に一枚の絵が掛かっていることだった。
額縁の裏に何か隠されていないか確かめようと、悟が額縁をずらしたとき、部屋のドアがバタンと閉まった。
「しまった」
言うや、カレンはドアに駆け寄った。
ノブを捻ってみたが、ビクともしない。
「罠よ」
カレンが言ったとたん、天井の通気口から、煙が噴き出してきた。
「青酸ガスよ。サトル、息を止めて」
匂いを嗅いだ途端それとわかったカレンは、素早く言ってから、悟を引き寄せた。
みるみるうちに、ガスが部屋中に充満していく。
このままだと、数分もしないうちに、悟とカレンの人生は終焉を迎えることになる。




