第11章 罠③
カレンは、いつになく真剣な眼差しで、悟の目を見た。
「私はね、もうあなたを、私なんかのために、危険な目に合わせたくないの。だから…」
言い終わらぬうちに、悟の唇が、カレンの口を塞いだ。
「俺は、カレンのために死ねるんやったら本望やで」
唇を離した悟が、愛情を含んだ笑顔を見せた。
悟の口調には、気負いも衒いもない。
カレンの気持ちは、凄く嬉しかった。
カレンが悟の身を案じるのは、初めてのことだ。
悟に銃を突きつけた時は、悟の気持ちより、カレン自身の気持ちを優先していた。
だから、あんな暴挙に出たのだ。
一緒に暮らしだしてからも、そうだった。
愛されているという自覚はあったが、カレンはまだまだ身勝手なところが多かった。
東京に着いた日、二度も身を挺してカレンを救った悟に、カレンの愛が、一層進化したに違いない。
カレンが、より人間らしさを取り戻したということだ。
それに悟は、危惧を抱いた。
何が待ち受けているかわからないところへ、そんなカレンが一人で向かっていくのは、死を引き寄せるだけだ。
本能的にそう思った悟は、カレンをいつものカレンに戻すために、滅多に出さない本心を口にしたのだ。
「そんなこと言ってくれたのは、初めてね」
カレンの目が潤んでいる。
「一緒に行こうや」
陽気に言って、悟が軽くカレンの肩を叩いた。
「わかった。一緒に行きましょ」
カレンは溢れ出そうとしていたものを袖で拭って、悟の手を強く握った。
「ねえ、サトル。この件が片付いたら、のんびりと東京見物でもしようよ。なんたって、新婚旅行だものね」
そう言って、悟の頬に軽く口付けをした。
「ええな、それ」
カレンの愛を受け取るように頬を撫でながら、悟が頷いてみせる。
「じゃあ、それを楽しみに、はりきるわよ」
「よっしゃ」
悟が、意気揚々と返事した。
「フン、しっかり鍵が掛かっているわね」
ビルの入口の鉄扉のノブを捻ったカレンが、いまいましそうな顔をする。
「こんな鍵くらい、開けるのは簡単だけど」
そう言って、カレンは特殊探知機を取り出した。
何やら画面を操作してから、それを扉に当て、上から下までなぞっていった。
「やっぱりね」
カレンが鼻で笑う。
「何が、やっぱりなんや。それに、今、何したんや?」
悟の疑問に、カレンが顔を上げて答える。
「爆弾が仕掛けられていないかチェックしたの。これは、爆弾探知機にもなるのよ」
「凄いな」
またもや、悟の目が輝く。
「やっぱりということは、この扉に、爆弾が仕掛けられてるんやな」
「ええ、不用意に開けていたら、二人ともバラバラになっていたでしょうね」
「じゃあ、裏へ廻らへんか」
「表も裏も一緒でしょ。それに、裏にもカメラがあるだろうし、また止めるのは面倒くさいから、表から入るわよ」
悟の提案に、カレンがこともなげに答える。
「まあ、カレンがそう言うんやったら、それでええけどな」
何か考えがあるのだろうと思い、悟はそれ以上何も言わなかった。
カレンが腕組みをして、入口のドアを見つめる。
ドアは鉄製だが、上半分は金網入りの、分厚いガラスが嵌っている。
カレンが小さく頷くと、ポケットから小さな巻尺のようなものを取り出した。
右手にそれを持ち、左手で小さな吸盤を取り出す。
「何や、それ」
「ガラス切り」
カレンが短く答えると、吸盤をガラスの真ん中に当てた。
右手に持った巻尺の真ん中のボタンを押すと、胴体の一部から、カッターナイフのような刃が飛び出した。
「そんなんで、こんな、ごっついガラスを切れるんか?」
悟の疑問はもっともだ。
金網入りの分厚いガラスが、カッターナイフのような薄い刃で切れるとは、到底思えない。
カレンは、悟の疑問を口ではなく、ガラスを切って応えてみせた。
カレンが軽く刃を滑らせると、金網入りのガラスが、まるで紙を切るように簡単に切れていった。
「切れたでしょ」
切り取ったガラスを、吸盤を引っ張って取り外したカレンが、得意げな顔を悟に向ける。
「これはね、特殊鋼で出来てるの。こんなガラスなんて、わけないわ」
「そんなん、よう持っとったな」
眼を輝かせて言う悟に、「スパイの常備品よ」と自慢げに答えるカレン。
カレンが、切り取った空間から中の様子を窺う。
(あんな金網入りの分厚いガラスを、あっさり切ってまうなんて、一体、あの刃はなんで出来てるんやろ?)
悟の関心は、ただそこにあり、戻されたポケットの膨らみを見つめていた。




