第8章 とぼけた男②
「悪いが、目的地に着くまで、目隠しをさせてもらうぞ」
桜井がそう言って、緒方が、悟に目隠しをした。
窓には、スモークシールを貼っているので、外から見られる心配はない。
「あんたら、何もんや?」
恐れ気もなく、悟が尋ねる。
「黙ってろ」
緒方が威嚇するような声で言って、悟の横腹を小突いた。
内調か公安の人間だろうと当たりを付けた悟は、何を訊いても無駄だと思い、それ以上口を開かなかった。
悟は、成行きに任せることにして、シートに背中を預けた。
昨夜から一睡もしていない悟に、睡魔が襲う。
軽い車の振動が、より一層、悟を眠りへと引き込んでいった。
悟を乗せた車は、何度も左折や右折を繰り返しながら、一時間lほど走って停まった。
「降りろ」
静かな声で桜井が言ったが、悟は無反応だ。
「降りろ」
もう一度、桜井が言う。
それでも、悟はピクリとも反応しない。
「こいつ、恐怖のあまりブルってるんじゃ」
緒方が、悟の顔を覗き込んだ。
顔を上げて桜井を見た緒方の目が、丸くなっている。
「桜井さん、こいつ、寝てます」
「なんだって!」
普段、物に動じない桜井が、驚いた声を出した。
桜井も、悟の顔を覗き込む。
緒方の言う通り、悟は爆睡していた。
その寝顔は、とても幸せそうで、今にも涎を垂らさんばかりだ。
「呆れた奴だな」
桜井が、半ば感心した口調で呟いた。
「おい、起きろ」
苦笑しながら、桜井が悟のわき腹を強く突いた。
「イタっ! なにすんねん」
悟が、激痛に跳ね起きた。
「おまえ、この状況で寝るとは、随分、いい度胸してるな」
桜井が、半ば呆れ、半ば感心した口調で、悟を眺めた。
あのカレンと一緒に暮らしているくらいだから、只者ではないと思っていたが、それにしても、この状況で熟睡するとは、度胸があるのか、ただの馬鹿なのか、桜井は測りかねて戸惑っている。
「しゃあないやん。俺、昨日から寝てないんやし。それに、黙っとれ言うたんは、あんたらやないか。それやったら、寝るしかないやんか」
臆することなく、悟が文句で応えた。
「とぼけた奴だな」
桜井は怒るのも忘れて、ただただ呆れるばかりだ。
「おまえ、この状況がわかってるのか」
「そんなん、わかるはずないやろ。俺がわかっとんのんは、目付の悪い奴らに、有無を言わさず拉致られたことだけや」
桜井は何かを言いかけたが、口を閉じ、再び悟をまじまじと眺めた。
運転席と助手席の男も、呆気に取られた様子で、悟を見ている。
緒方だけが、顔に朱を差している。
「きさま、我々を舐めているのか」
怒気を含んだ声で言い、悟の襟首を掴んだ
悟の顔が、みるみる赤くなっていく。
が、悟は何も言わず、目隠しの向こうから、じっと緒方を見返している。
「まあ、そう短気を起こすな」
桜井が、緒方の手を掴んだ。
「離してください。こんな奴は、一発殴ってやれば、大人しくなりますから」
「やめろと言っている」
静かだが、ドスの利いた声だ。
「ここは、軍隊じゃない。こいつは、あくまでも民間人だ。手を出すことは許さん」
桜井の迫力に圧されて、緒方が手を離した。
「とにかく、降りてもらおう。目隠しはそのままでな」
桜井が悟の手を取り、車から降ろした。
悟の鼻孔を、磯の香りがくすぐる。
どこかの埠頭だろうと思っていると、金属の軋む音が聞こえ、悟の背中が押された。
中に入ると、もう一度金属の軋む音が聞こえ、悟の目隠しが解かれた。
悟が、辺りを見回す。
いかにも古くさそうだが、灯りだけは煌々と照らされている。
建物の中は広く、天井は高い。
壁は漆喰で、床はコンクリートの打ちっ放しだ。
天井付近に、いくつかの窓があった。
何かの倉庫だったのだろう。
建てられてからかなりの年数が経っているのは、壁のところどころがひび割れが出来ていることからもわかる。
今は荷物も置かれていないため、所々に天井を支える柱があるだけで、建物の中はガランとしていた。
入口の横に木の階段があり、その上には、事務所と思しき部屋があった。
埠頭沿いの倉庫に拉致か。まるで、映画みたいやな。
暢気に、そんなことを考えていた悟の耳に、ドスの利いた声が飛び込んできた。
「おまえ達が、東京へやってきた目的は?」
これも、映画みたいや。
どこまでも、悟の思考は呑気だった。




