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第8章 とぼけた男①

 悟とカレンは、国道沿いのファミレスで、遅い夕食を摂っていた。

 二人は襲撃を受けた後、もう一部屋別に予約しておいた部屋に移った。

 それは、カレンが独自に予約しておいたのだった。

 その部屋で騒ぎが収まるのを待ち、二人は悠々とホテルを出た。

「なあ、これからどうするんや? ホテルに帰るんか?」

 悟がステーキを頬張りながら、疑問をぶつける。

「帰らないわよ」

「なら、どっか新しいホテルに泊まるんか?」

「うふっ」

 カレンが、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「わたしの、隠れ家に行くのよ」

「隠れ家?」

悟が、素っ頓狂な声を上げた。

「しっ、声が大きいわよ」

 カレンが人差し指を口に当てて、悟を軽く睨む。

「そやかて、隠れ家やなんて、びっくりするやないか。なんでカレンが、東京に隠れ家なんて持ってんねん」

 悟の驚きも無理はない。

 二人が東京へ来るのは初めてだし、東京へ住もうと話したこともない。

「東京だけじゃないわよ。パリやロンドンやベルリンに北京、他にも幾つか、主要都市に持ってるわ」

 淡々と答えるカレンの顔を、悟はじっと見つめている。

 普段なら、「凄いな」とかいって感心する悟にしては、珍しいことだ。

「どうしたの?」

 カレンが怪訝な顔をした。

「いや、なんでもあらへん」

 悟は笑顔で誤魔化したが、悟の胸には、そうまでしないと身を守れないと思っているカレンの心情をおもんばかり、カレンのこれまでの生き様がどんなものだったかを改めて思って、胸がつかえていたのだ。

 CIAともなれば、いろんなところに隠れ家を用意しているはずだ。

 それを、カレンは信用していなかったということになる。

 事実、今日のホテルも、着いて間もなく襲われた。

 カレンが別の部屋を取っていたのも、用意周到なのではなく、単にCIAを信用していなかったからだと、悟は思い知らされた。

「これ、あげる」

 カレンが、唐突に二冊の雑誌を悟に差し出した。

 それは、無料のアルバイト求人の案内誌だった。

「なんや、これ?」

 悟が、怪訝な顔をした。

「このお店の入口に、置いてあったの。これを、お腹や胸に入れておけば、ちょっとした防弾になるのよ」

「ほんまか?」

 悟が、疑い深そうな目で、カレンと雑誌を交互に見る。

「本当よ。紙っていうのはね、一枚一枚は薄くっても、纏まると結構丈夫なの。FBAIでは薄い雑誌を丸めて、武器にする訓練をしているわ。たかが雑誌といっても、使い様によっては、人殺しの道具にもなるのよ」

「へぇ~ そうなんや」

 悟が、カレンから雑誌を受け取り、「こんなんでね」と、感心しrたように無邪気に眺める。

 そんな悟を、慈しむような目で見ていたカレンの顔が、一瞬険しくなった。

 が、直ぐに笑みを湛えて、「ちょっと、おトイレに行ってくるね。いい子にしてるのよ」、そう悟に告げると、席を立った。

 雑誌を眺めていた悟は、カレンの表情の変化に気付かなかった。

「行ってらっしゃい」

 暢気な声で返事をすると、悟は雑誌から目を離し、ぼんやりと窓外を眺めた。

「杉村悟だな」

 いきなり名前を呼ばれて、悟は、窓から声のする方に、目を転じた。

 いつの間にか、二人の男が、悟の側に立っている。

 目だたぬように、悟に銃口を向けていた。

 一人は細見だが、長身で目付が鋭く、豹を連想させる男だ。

 もう一人は、背丈はそれほどでもないが、横幅があり、かっしりとしていて、見るからに屈強そうな男である。

 桜井と緒方だ。

「騒ぐんじゃないぞ。大人しく、我々と一緒に来てもらおう」

 桜井と緒方が、両側から悟を挟み込むようにして、悟を店から連れ出した。

 店を出た彼らの前に、滑るように白い四ドアのセダンが停まった。

 悟を真ん中にして、三人が後部座席に乗り込むと、そのまま何事もなかったかのように走り出した。


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