第7章 怒れる男④
「彼なら、大丈夫だ」
高柳が、自信たっぷりに頷いてみせた。
高柳が片手を上げると、後ろに立っていた男が、高柳の横に出てきた。
「緒方君だ」
緒方が、ゆっくりと頭を下げた。
「彼は、レンジャー出身だ」
桜井の見立て通り、緒方はレンジャー出身だった。
だが、そんなことは、桜井にはどうでもいいことだ。
大事なことは、戦力になるかならぬかである。
「人を、殺したことはあるか?」
緒方がびっくりしたような目で、桜井を見る。
桜井の視線の強さに圧倒されながら、「いいえ、ありません」と、緒方が気を取り直したように、胸を張って答えた。
「なら、やめておけ」
桜井が、冷たく言い放つ。
「なにを、言っている」
高柳の目に、苛立ちが現れた。
「世界の三凶相手に、人を殺したこともない奴が、太刀打ち出来ると思いますか?」
「我々の任務は、彼らと殺し合いをすることではない。彼らの目的を掴み、それを阻止することだ」
桜井が鼻で笑う。
「奴ら相手に、そんな甘いことを言ってちゃ、命が幾つあっても足りませんよ」
「君は、上司を愚弄するのか」
今や、高柳から尊大さは消え、顔を赤らめている。
「そう思うのだったら、あんたが現場に出て、陣頭指揮を執っちゃどうです」
元々一匹狼な性格の上に、高柳に反感を持っている桜井なので、高柳を前にしても、なんら怯むことはない。
高柳は、暫く桜井を睨んでいたが、やがて、肩の力が抜けた。
「わかった。どうするかは、君の判断に任せよう」
諦めたように首を振り、深く腰掛け直す。
この時、桜井がさきほど感じた異質な思いが、違和感に変わった。
部下の自分にここまで言われて、それ以上怒ることなく、あっさりと折れてしまった。
これまでの高柳であれば、自分を任務からはずすと怒鳴ってもおかしくない。
なにかある。
長年危険に身を晒してきた桜井の勘が告げていた。
高柳が怒ってみせたのも、演技かもしれないと思った。
高柳の言うように、彼らの目的を掴み、阻止するだけなのだったら、組織力を活かせばいいことだ。
持てる人員を最大限活用して、情報を収集し、彼らの目的とするものを、先に奪う。
それで、解決するはずだ。
確かに、相応の犠牲は出すかもしれないが、なにも自分にここまで言われて、折れることはない。
それをせず、自分の暴言さえ我慢するには、なにか理由があるはずだ。
桜井は、そのなにかを、見極めてみたくなった。
「いいでしょう」
それ以上なにも言わず、桜井は静かに告げた。
高柳の目が光るのを、桜井は見逃さなかった。
「緒方君を、伴ってくれるか」
「それも、いいでしょう」
ここは突っぱねるより、高柳の言うことを聞いて様子をみた方がいい。
それも、桜井の勘だった。
「そうか」
高柳が、安堵するような笑みを浮かべた。
が、目は笑っていない。
「わかっていようが、なにがあっても、本部が責任を取ることはない。そのつもりで頼む」
桜井にとっては、いつものことだ。
その代わり、桜井は、本部の意向など気にせず、自分のやりたいようにやる。
「わかってますよ。まずは、銃撃戦があったホテルを見てきます」
そう言って、桜井は立ち上がった。
緒方が、無言で桜井の後に従う。
「世界の三凶が揃い踏みか」
ドアを開けながら、桜井が呟く。
「この日本で、奴らの勝手にはさせん」
ドアを閉めたとき、桜井の目には、決然とした光が宿っていた。




