第7章 怒れる男②
「今朝方、といっても、深夜の三時頃だ。東名の名古屋付近で、トレーラー二台が衝突するという事故があった」
桜井は、もう苛立つくことなく、高柳の言葉に耳を傾けている。
「不思議なことに、その時間帯は両車線とも、事故現場から五キロ手前で通行止めになっていた。事故ということでな」
「しかし、事故はなかった」
高柳が頷いた。
「そのトレーラーの事故以外はな」
「だったら、その事故のために通行止めにしたんじゃないですか」
高柳が首を振る。
「カレンを監視している者が、その通行止めにより、足止めされた。カレンの車に発信器を付けているので、かなり後から追っていた。不思議なことに、パトカーも警備員もいなかったそうだ。それに、対抗車線まで通行止めにすることもなかろう」
「それだけじゃないでしょう」
桜井の勘は鋭い。
「ああ、トレーラーの事故現場に、撃った後のRPG22があった」
「まるで、戦争ですね」
RPGと聞いても、桜井は驚きもしない。
桜井は、頭も切れるが、腕も立つ。
超難関の国立大学の法学部を主席で卒業し、国家公務員試験の一種をトップで通っておきながら、キャリアの道を選ばず、大学を卒業すると同時にフランスの外人部隊に入隊した。
そこで兵士として一年鍛え上げられたあと、世界中の紛争地帯で、十年ほど傭兵として過ごした。
彼がキャリアを嫌ったのは、自由に動けないからだ。
世界の紛争を、肌で感じたかったのもある。
自分の経験を役立てて、日本の役に立ちたいと思った桜井は、外人部隊を除隊した後、公安に入った。
負のイメージが強い公安だが、諜報活動には秀でたものを持っている。
桜井は、これまで、日本が平和過ぎたのだと思っている。
これからは、日本でもテロが起きる可能性は十分にある。
世界の情勢を熟知している桜井は、そう予感していた。
そんな桜井だから、日本で何が起ころうと驚きはしなかった。
「そして、今日の昼前、赤坂のホテルで銃撃戦があった。手榴弾らしきものまで使っている」
これにも桜井は驚くことなく、じっと高柳の話に耳を傾けていた。
三凶が東京に集結しているのだ。
桜井は、何が起こっても不思議ではないと思っている。
「劉は、三日前に横浜に上陸した。沖合に停泊するタンカーから、ゴムボートに乗ってな。赤い金貨に潜り込ませていたモグラから、その情報を得ていた我々は、劉が上陸する地点で、うちの人間二人を張り付かせていた。情報に間違いはなく、劉が上陸したとの連絡が入った」
「その二人は?」
高柳が、静かに首を振った。
「劉の行先を確かめると報告してきたきり、連絡が途絶えている」
もう、生きてはいないだろう。
桜井の胸中を見透かしたように、高柳が頷いた。
「ターニャも、二日前に日本へやってきた。こちらは、堂々と飛行機でだ」
「なぜ、捕まえなかったんです」
「理由がない。劉と違って、国際手配されているわけでもないしな。それに、大使館付という身分も用意されているだろうから、そんなことをすれば、国際問題になりかねない」
高柳の目は、そんなことはおまえもわかっているだろうとでも言いたげだ。
桜井は、不承不承ながら、頷くしかなかった。
「そして、カレンだ。こちらは、今朝方東京に着いた。くる途中で、戦闘の痕跡を残してな」
桜井も高柳も、カレンがRPGをぶっ放したことについては、疑っていない。
「なぜ、あんなものを残していったのか、その意図はわからないが」
桜井には、その理由が明白に理解できた。
カレンが悟に言ったことと、まったく同じことを思った。
「言うまでもないが、カレンも拘束する理由はない」
半ば言い訳のように、高柳が付け足す。
「それについては承知ですが、なぜ、奴らが東京に来た時に教えてくれなかったんです」
「奴らの目的がわからなかったからだ。それに、君が今付いている事案も重要だからだ。だから、もう少し探ってからにしようと思っていた」
再び、わかるだろうという目で、桜井を見る。
桜井は何の反応示さず、じっと視線を高柳に向けている。
高柳が、居心地悪そうに、少し腰を浮かせて座り直した。
「しかし、そうもいかなくなった。証拠は残しちゃいないが、ホテルの銃撃戦は、間違いなく奴らの仕業だ」
「そうでしょうね。で、奴らの目的は? 少しは、何か掴めたんですか?」
「まだだ。考えられるのは、今全国を騒がせている、飛び込み事件くらいだ。今や、日本だけでなく、世界中で起こっているからな。この東京に、それに関連した何かがあるに違いない。我々の知らない何かがな」
桜井の考えも、高柳と同じだった。




