第6章 襲撃⑧
「サトル」
カレンが絶叫しながら、男に向かって、自動小銃の引金を引いた。
ターニャも、それに続く。
ターニャの顔には、珍しく後悔の念が滲み出している。
悟を、不用意に一人にした責任を感じているのだ。
せめて、カレンだけでも、側につけておいてやれば良かったと悔やんでいる。
敵の旦那なんぞ、ターニャにとってはどうでもいい存在なのだが、悟には、一度命を救われている。
それに、カレンに次いで一目置いている存在だ。
ターニャが認めている人間は、カレンと悟だけなのだ。
二人の放った弾が着弾する前に、男は、巨体に似合わぬ身軽さで、横に飛んでいた。
そのまま、窓を突き破って飛び降りた。
「うそや、ここは三十階やで」
起き上がった悟が、粉々に砕けた窓から顔を出して、下を覗いた。
男の姿は、どこにもない。
「怪我はない?」
カレンが悟の横に来て、心配そうに悟の顔を覗き込む。
「大丈夫や。どこにも当たっとらん」
カレンの心配を吹き飛ばすように、悟が明るい声で答えた。
悟の声に、カレンは心底ほっとした。
「あれが、リュウね」
ターニャも、いつもの冷静さを取り戻していた。
「お蔭で、命拾いしたわ。あなたに助けられるのは、二度目ね。悔しいけど、礼を言うわ」
悔しいと言いながら、ターニャの唇が、緩くカーブを描いている。
エンジェル・スマイル以外に、ターニャの顔が綻ぶことなど、滅多にない。
「惚れても無駄よ」
自慢と警戒心が混ざった声で、カレンがターニャを睨んだ。
「それとこれとは別よ。いくら二度も命を助けられたからといって、恋愛対象にはならないわ。第一、わたしは、男には興味がないの」
カレンが口を開くより早く、ターニャが付け足す。
「誤解しないでね。レズじゃないから」
「あなたがレズだろうとなんだろうと、どうでもいい。サトルにちょっかいさえ出さなければね」
ターニャが、黙って肩を竦めた。
「ドアから襲ってきた奴らは、多分、囮やったんやろうな」
険悪な雰囲気になりかけた二人に割って入るように、悟が口を開いた。
「そのようね。わたし達が応戦している隙を突いて、背後から襲うつもりだったみたいね。噂通り、卑怯な奴」
カレンが、吐き捨てるように言う。
カレンからしてみれば、当然だろう。
カレンは、卑怯な手を使ってまで、敵を倒そうとは思わない。
腕に自身があるのもあるが、何より、性に合わないのだ。
裏で生きる者としては失格かもしれないが、カレンは殺人を好んでいるのではなく、殺し合いを好んでいるのだ。
カレンの言葉に同調するかのように、ターニャが頷いた。
ターニャもまた、卑怯な手を使ってまで、敵を倒そうとは思っていない。
二人共、自尊心の塊だった。
だから、息が合っていたのかもしれない。
外から、いくつものけたたましいサイレンの音が聞こえてきた。
あれだけ、派手にドンパチやったのだ。
大騒ぎにならないわけがない。
ホテルのロビーは、逃げ惑う人々でごった返していた。
「騒がしくなってきたから、わたしは消えるわ」
ターニャが、悟の襟首を掴んで引き寄せた。
「あなたって、面白い人ね。民間人にしとくのは、もったいないわ」
悟の耳元で囁くように言ってから、ウィンクして出ていった。
「サトルは、誰にもあげないわよ」
カレンが、ターニャの後姿に向かって毒づく。
が、その顔は、まんざらでもなさそうだった。
「サトル、わたし達も消えるわよ」
既に武器を戻したバッグを軽々と持ち上げながら、カレンが促した。
「大丈夫か? そんなもん持って」
「あら、少し軽くなったわよ。ターニャが、わたしの武器をちゃっかりと持っていったからね」
カレンの言う通り、ターニャは、カレンのバッグから手にした自動小銃とハンドガンと予備弾倉と手榴弾を、カレンに返すことなく持ち去った。
「重さを心配してるんやない。今、このホテルには、警官がうようよいてるんやで」
カレンの顔が綻んだ。
「警官に見咎められたら、皆殺しにするだけよ」
恐ろしいことを、いともあっさりと言ってのける。
実際にそうなった時、カレンは本当にやるだろう。
カレンには、善も悪もない。
世の常識も通用しない。
罪もない警官の命より、武器の方が大事なのだ。
カレンとは、そういう女だ。
「物騒やな」
並みの男なら、たとえ冗談でもそんなことを言われると怖気を振るうものだろうが、カレンの心の闇をわかっている悟は、ただ苦笑を浮かべただけだった。
「さ、行くわよ」
カレンが、まるでピクニックにでも行くような気軽な口調で、悟に声をかけた。
悟は、足早に歩み去るカレンの後を、黙って付いていった。




