第6章 襲撃⑥
「お楽しみのところ、邪魔して悪かったかしら」
右手にサイレンサー付の銃を持ったターニャが、無表情な顔で、寝室の扉の前に立っていた。
「そう思うのだったら、邪魔しないでくれる」
カレンは、顔色ひとつ変えていない。
「ちょっと、嫉妬しちゃって」
ターニャも無表情を崩すことなく、カレンに狙いを定めたままだ。
「イタタ」
悟が背中をさすりながら、起き上がる。
「ターニャやんか」
ターニャを認めるなり、悟が親しげな声を出した。
「相変わらず、緊張感のない男ね」
ターニャの顔に、初めて感情が現れた。
わずかながら、苦笑を浮かべている。
悟とカレンを結び付けた事件に、ターニャも絡んでいた。
カレンは、ある強大な麻薬カルテルのボスを暗殺する任務を負っていた。
そのボスは、赤い金貨の幹部だった。
非常に用心深く、要塞のような邸宅で、武装した大勢のボディガードに守られており、滅多に外出しない。
要塞にこもっているターゲットを暗殺するのは、不可能に近い。
唯一のチャンスは、ターゲットは年に一度だけ、必ず、ある慈善事業のパーティに出席する、その時だけだった。
そのパーティは、表向きは孤児のためのチャリティだが、実態は麻薬売買の場だった。
一般の資産家も集まるが、多くのシンジケートの連中も混じっている。
そこで、カレンに白羽の矢が立った。
カレンは資産家の令嬢を装って、そのパーティに潜り込み、隙を見てターゲットを暗殺する任務を負った。
一人だと怪しまれる恐れがあるため、見せかけのパートナーとなる男を探す必要があった。
裏切りが当たり前の世界に身を置いているカレンは、同胞を一切信用することなく、一匹狼で通していた。
その時も、カンパニーが選んだパートナーを断り、自分で探すのを認めないなら、任務を降りるとまで言ってのけた。
カレンが会場となるホテルへ下見に来ていた時、商社マンだった悟が、商用で訪れていた。
その悟に、カレンは目をつけた。
見てくれはらしくないが、日本の大金持ちの馬鹿息子とでも言えば、通用するだろう。
そう思ったカレンは悟に近づき、うまく言いくるめて、パーティへの同伴を、半ば強引に承諾させてしまった。
そうして、首尾よくターゲットを暗殺して引き上げる途中に、ターニャと出くわした。
ターニャも、カレンと同じ任務を帯びていた。
因縁のライバルに先を越されたターニャは怒り狂い、敵の包囲が狭まる中で、カレンと決着を着けようとした。
カレンもそれに応え、お互い熱くなっていた二人は、不覚にも、敵が直ぐ傍まで迫ってきているのに気付かなかった。
その時に、悟はカレンを庇って撃たれた。
悟のお蔭で、二人は正気を取り戻し、敵の包囲網から逃れることができた。
悟が冷静に状況を判断し、カレンを庇わなかったら、二人共どうなっていたかわからない。
だから、ターニャは、悟に一目置いている。
「まあ、それだから、カレンと続いているのかもね」
「大きなお世話よ」
銃口を向けられてているというのに、カレンは悠然と腕を組んでいる。
「なんで、ここが?」
悟が、不思議そうな目をターニャに向けた。
ターニャは、意味ありげな笑みを返しただけで、何も答えない。
「裏の世界にはね、秘密なんてないのよ」
ターニャに代わって、カレンが答えた。
「それより、何しに来たの?」
カレンは、まだ腕を組んだままだ。
「ちょっと、挨拶をしておこうと思ってね。それに、あなたが骨抜きになっていないか、確かめたくて」
ターニャの銃口も、カレンに向いたままだ。
「わたしが、そんなやわに見える?」
「安心したわ、変わってなくて」
「当然でしょ。男を愛しても、わたしはわたしよ」
「そうのようね」
「なんなら、ここでケリを付ける?」
カレンは、いかなる時でも、腰と足首に拳銃を着けている。
たとえ、寝る時でもだ。
ターニャが引金を引いた瞬間、横っ飛びに躱し反撃する自信が、カレンにはあった。
「それも、いいわね」
ターニャもカレンの動きが読めるので、引金に掛かった指に、力を入れられないでいた。
二人の間が、緊張に包まれた。
「せかっくの再会やのに、二人とも、そんな怖い顔せんとき」
実にのんびりとした口調で言いながら、悟が、カレンとターニャの間に立った。




