第6章 襲撃④
悟の、苦渋に満ちた顔をチラと横目で見て、カレンが話を続ける。
「もし、事を公けにしたとしても、ロシアや赤い金貨が絡んでいるなんてことがわかったら、弱腰の政府には何も出来やしないわ。赤い金貨の存在なんて、日本の国民からすれば、あまりにも非現実的過ぎて、誰も信じやしないでしょうしね」
日本国民である悟は、ただただ恥じ入るしかなかった。
「このことを、政府も素直に認め、マスコミもヒステリックにならず堂々と取り上げて、一体となって捜査に当たるくらいの気概があれば、日本も、よその国から舐められたりしていないわよ。そう思わない?」
カレンの言うことは、まったくその通りだ。
カレンと行動を共にしている悟は、強豪国がどのように諜報活動を行い、自国の権利を守るために、どんなことをしているかを、少しは知っている。
彼らに、綺麗事は通用しない。
騙すか騙されるか、脅すか脅されるか、叩き潰すか潰されるか、だたそれだけだ。
彼らのやり方には、甘えや妥協など、一切ない。
常に現実を直視し、相手の弱みを握り、時には弱みを造り出す。
そして、最大限にそれを利用する。
冷酷かつ非情に、手段を選ばず、徹底的に相手を叩き潰すか服従させるかだ。
そこには、倫理などまったく通用しない。
そうやって、彼らは国や国民を守り、自国を発展させていっている。
まさに、国家間というものは、弱肉強食の世界なのだ。
世論や他国の誹謗中傷を気にしていては動きが制限されるばかりで、その隙に、他国に足許を掬われることになりかねない。
そうなってから後悔しても遅いというのが、彼らにはよくわかっている。
だから、非情に徹する。
正に、「勝てば官軍」なのだ。
カレンと知り合うまでの悟は、確かに、カレンの言う通りだった。
実際に体験して肌で感じなければわからないこともあるが、それにしても、今の日本は甘すぎる。
アメリカやロシア、それに中国いった、したたかな国と対等に渡り合うことなど、出来ようはずがない。
まるで、空手の有段者と小学生が喧嘩をするようなものだ。
しかし、大多数の国民が、それらの国々と充分に渡り合えるものと信じ込んでいる。
そう考えると、悟はぞっとした。
そして、これからの日本はどうなるのだろうと思い、憂鬱な気分になった。
「サトルが落ち込むのもわかるけどね。この国は、一度とんでもない目に遭わないと、目が覚めないわよ。まあ、日本という国がなくならない限りは、何があっても立ち直れるんじゃない。本当は、強い国民だもの」
悟の心情を見透かしたように、カレンが悟を慰めた。
「そうやな」
昔は、日本や日本人を軽蔑しきっていたカレンが、今は日本人の底力を認めてくれていることに悟は嬉しく思い、落ち込んでいた気分が少し晴れた。
「大丈夫よ。何があっても、わたしはサトルだけは守ってみせる。もしもの時は、苦しまないように一発で楽にしてあげるから、安心してて」
「それは、有難いことやな」
悟が苦笑する。
「ところで、さっきの奴らは、ロシアと赤い金貨のどっちやと思う?」
「さあね、どっちでもいいんじゃない」
誰が襲ってこようと、カレンは興味がなさそうだ。
「カレンが興味あるんは、ターニャと劉だけのようやな」
「その通り。雑魚はどうでもいいわ」
顔色ひとつ変えずに言い切るカレンにとって、先ほどの事は、何ほどのことでもなかったのかもしれない。
「それにしても、さすがカレンやな」
「当然でしょ。わたしを誰だと思ってるの」
そうは返したものの、カレンの頬が少し赤らんでいる。
なぜかカレンは、悟に褒められると誇らしい気持ちになる。
エージェントだった頃は、与えられた任務を淡々と果たすだけで、どんな困難な任務であっても、充足感も達成感も感じたことはなかった。
それどころか、任務を果たせば果たすほど、やり切れない気持ちになったものだ。
あの時、勇気を持って、悟に銃を突き付けてよかったと、カレンはしみじみと思った。
「今度は、どんな手で襲って来るんかな?」
悟の口調に恐れはなく、単に、興味本位で尋ねただけのようだ。
カレンが、チラリと悟を見やる。
無邪気な悟の顔を見て頼もしく思い、クスリと笑った。
「もう、東京に着くまでは襲ってこないと思うわ。だから、サトルは寝てていいわよ」
「そうか。カレンがそう言うんやったら、そうやろな。そやけど、カレンが運転してるのに、横で寝るなんてできへんわ」
「嬉しいこと、言ってくれるじゃない」
カレンの声が弾んだ。
「そうやっ!」
悟が何やら思いついたらしく、大きな声を出した。
「俺ら、新婚旅行いってへんやん。これが新婚旅行やと思うて、東京まで楽しくドライブしようや」
緊張感の欠片もない悟の言葉に、カレンの胸がときめいた。
「命を懸けた、新婚旅行ね」
カレンの胸が、幸せで満たされる。
カレンと一緒にいるだけあって、悟もどこか変わっている。
民間人として生きてきたとはいえ、悟には暗い過去がある。
それは、カレンにも語ったことはない。
それを乗り越えて、今の明るい自分を創り上げた。
カレンも、悟のそんなところを、本能的に見抜いたに違いない。
「私たちには相応しいかも。ありがと、サトル。そうと決まったら、楽しくいきましょ」
そう言いながらも、カレンは油断なく周囲に目を配りながら、東京へと車を走らせていった。




