第6章 襲撃①
ヒューストンが帰ってから、深夜を待って、悟とカレンは東京へと向かうべく、名神から乗り継ぎ、東名高速を疾走していた。
車は、カレンお気に入りの、真っ赤に塗装し直したハマーである。
ハンドルは、カレンが握っている。
「なあ、カレン」
まったりとシートに凭れていた悟が、ぽつりと口を開いた。
「なに?」
カレンは、声だけで返事をした。
目は油断なく、四方に注意を払っている。
「前から思ってたんやけど、ハマーだけも珍しいのに、真っ赤に塗るやなんて、こんな目立つ車に乗っとったら危ないと思うんやけど。特に、今度の仕事は危険なんやろ。もっと目立んようにした方がええんとちゃうか」
悟の声音は、心配というより、不思議そうだ。
「いいのよ、これで」
実にあっけらかんとした口調で、カレンが答えた。
「今の世の中、目立たないように行動するのは不可能なの。これだけ科学が発達していちゃね。だったら、好きな車に乗っていたいじゃない」
ちらりと悟の方を向いて、カレンが白い歯を見せた。
「ふーん、そんなもんか」
悟は、カレンの言う事がなんとなくわかるような気がした。
今や、人口衛星で、路上に落ちている針さえ見つけられる時代だ。
確かに、カレンの言うように、隠密に行動するのは不可能に近いかもしれない。
それにしても、命に関わることなので、出来ることなら目立ちたくないというのが人情だが、カレンは大胆そのものだ。
カレンの性格をよくわかっている悟は、そこは突っ込まなかった。
「志保という女性、見つかるやろか」
悟が、話題を変える。
世界でも有数の人口密度の高い東京から、たった一人の人間を探し出すなんて、いくら科学が発達していても、悟には、到底不可能なことのように思えてならない。
「大丈夫でしょ。さっきも言ったように、今の世の中、隠れるのは不可能に近いもの」
悟の心配を吹き飛ばすように、カレンが快活に答えた。
それから暫く、二人は黙っていた。
突然、カレンの目がキラリと光った。
「早いわね。もう、現れたわよ」
カレンの口角が上がった。
「何が?」
悟はのんびりとシートに背を預けたまま、間の抜けた口調で訊き返す。
「敵に決まってるじゃない」
「うそや!」
悟が、ガバと身を起こす。
「俺らが大阪を出てから、まだ、そんなに経ってへんぞ」
「多分、どこからか情報が漏れているか、ずっとわたし達を監視してたんでしょうね」
事もなげに、カレンが答える。
「ほんま、裏の世界って凄いな」
のんびりとした声で歓心する悟に、カレンはちらりと視線を向け、笑みを浮かべた。
「で、敵はどこにおるんや?」
「後を見て」
言われた通り、悟は振り返って、リアウィンドゥ越しに後ろを見た。
少し距離を空けて、大型のトレーラーらしき車が一台、走っているのみである。
「トレーラーが走ってるだけやん」
「いくら真夜中といっても、トレーラー 一台だけだなんて、変だと思わない? それに、対向車線にも一台も走ってないわよ」
「偶然やろ。もしかしたら、事故があったんかもしれんし」
悟は対向車線に目を流しながら、、相変わらずのんびりとした口調で返す。
「だといいけどね」
カレンの口調にも微塵も緊張した響きはなく、むしろ、楽しそうであった。
「ほら、トレーラーが迫ってきたわよ」
カレンの言う通り、トレーラーが速度を上げ、みるみるとハマーに迫ってきた。
トレーラーに道を譲るように、カレンは走行車線に移った。
トレーラーが、ハマーに並んだ。
そのまま、ハマーを抜いていこうとする。
「やっぱり、きのせ……」
悟の言葉が終わらぬうちに、カレンが急ブレーキを踏んだ。
悟が舌を噛むと同時に、トレーラーが、いきなりハマーへ向かってハンドルを切った。
トレーラーの後部が、ハマーの鼻先を掠める。
「これでも、気のせいだと思う?」
カレンが悟に向いて、軽く片目をつぶってみせた。
「わかったよ」
悟が、納得したように頷く。
「それにしても、よう、タイミングよくブレーキを踏んだもんやな」
「だって、敵の手の内は見えているんだもの」
さもつまらなそうなカレンの口調に、悟は小さなため息を漏らした。
「これくらいで安心してられないわよ。もう一台、もの凄いスピードで近づいてきたわ。挟み撃ちにしようって魂胆ね」
悟が振り返ると、確かに、点のような灯りが見えた。
その灯りがみるみると大きくなってきて、ヘッドライトのものだとわかるようになるまで、大して時間は掛からなかった。
「挟まれたら、よけられへんやろ」
これまでのんびりしていた悟の顔に、少し緊張の色が浮かんでいる。




