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第5章 獣には野獣を⑧

「まったく、バカな物を開発したものね」

 ヒューストンの話を聞き終えたカレンが、口を開いた。

「相変わらず、後先考えずに、くだらない物を作っているのね」

 その口調は、蔑みに満ちていた。

「まあ、そう言ってくれるな。人間の世界なんて、くだらないものだ。破滅に向かっているのを知りながら、少しでも優位に立とうと、人殺しの研究を続けている。そうしないと、敵に喰われるからな」

「あら、あなた達が、破滅に向かっているのを知ってるなんて、驚きね」

 カレンの皮肉に、ヒューストンは大袈裟に肩をすくめてみせた。

「君も、この世界を知り尽くしているだろう。もう、牧歌的な時代は終わったんだ。これから作り出されるものは、一歩間違えば、人類を絶滅に追いやるものばかりだ。所詮、人間なんて、愚かな生き物なんだよ」

「ま、その通りね。人間の欲深さには、底がないものね。政治家や、あなた達みたいな人種は特にね」

「その人種の許で働いていたのは、誰なんだ」

 さすがに、カレンの皮肉に耐えかねたのか、ヒューストンがムッとした顔でやり返す。

「わたしに、喧嘩を売りにきたの?」

 再び、カレンの口調と目付きが絶対零度になった。

 ヒューストンは、身体の芯まで凍えた気がした。

「すまなかった」

 社交辞令ではなく、ヒューストンは心底から恐怖を味わっていた。

 自宅が襲われた時とは、比べ物にならないほどの恐怖を。

 カレンは無言で、ヒューストンを見つめ続けた。

 身体は凍ったようになっているのに、ヒューストンの額から、汗が流れ落ちる。

「いいわ、引き受けてあげる」

 カレンの目が平常に戻り、あっさりと言ってのけた。

 悟が苦笑を受かべる。

「助かる」

 一瞬呆気に取られたヒューストンが、直ぐに我に返り、胸を撫で下ろした。

「万一の場合は、彼女を始末してもらっても構わない。彼女が死ねば、あのプログラムは、誰にも扱えないからな。彼女には可哀そうだが、敵の手に渡るよりはいい」

 ここが、諜報機関の身勝手なところだ。

 都合の良い時だけ使っておいて、用済みになったり、手に負えなくなったりすれば、いとも簡単に切り捨てる。

 それまで、どれだけ組織に貢献していようともだ。

 その最たる例が、ウサマ・ビン・ラーディンであろう。

 彼は最初、CIAに協力していた。

 しかし、目的を果たすと、CIAは冷たく彼を切り捨てた。

 その恨みから、彼はテロ組織の親玉となって、CIAを、そしてアメリカを敵視するようになり、うんざりするほどアメリカとCIAを悩ませた。

 アメリカは、彼を世界の敵のように扱っていたが、彼をそうさせたのは、他ならぬアメリカ自身なのだ。

 表の世界でも、大手企業などは、景気の良い時はじゃんじゃん人を雇い入れるが、いざ不況となると、それまでどれだけ会社に貢献していようと、不要になった社員はあっさりと切り捨てる。

 どうやら、世の中、裏も表も一緒らしい。

「あんた達がどれだけ困ろうと、わたしは知ったことじゃない。人類がどうなろうと、それもどうでもいい。だけど、ターニャに劉と聞いては、黙ってられないわ」

 カレンがさも嬉しそうに言ってから、悟を見た。

 悟の苦笑が、ますます広がってゆく。

 カレンとターニャは、仇敵同士だ。

 これまで、何度も会いまみえ、未だに決着とつけられないでいる。

 カレンを相手にして、唯一生き残っているのはターニャだけだ。

 また、ターニャのエンジェル・スマイルを何度も見ながら、唯一生き残っているのも、カレンだけだった。

 劉とは対決したことはないが、一度、対決したいと思っていた。

 それに、カレンは、赤い金貨に借りがある。

 カレンが悟と出会った事件も、敵は赤い金貨だった。

 あの時、悟はカレンを庇って敵の銃弾を受け、命を落としかけた。

 カレンは、悟を撃った奴の顔を、よく覚えている。

 いつかそいつに、ありったけの銃弾を撃ち込んでやろうと思っている。

 だから、赤い金貨の絡む事件には、必ず首を突っ込むことにしていた。

 たとえ今回そいつがいなくても、強敵二人と殺り合える機会など、滅多にない。

 いつも悟と一緒にいられるのは、この上もなく幸せなのだが、それでも、長年に渡って培われてきたカレンの闘争本能は、強敵を求めていた。

 それは、カレンの生まれ持った業といっていい。

「ひとつ、忠告しておくが」

 ヒューストンが、カレンに目を据える。

「シホは、コンピューターだけの人間ではない。君やターニャと比べては可哀そうだが、殺しの技術も中々のものだ。お姉さんが運ばれた病院で、警官二人と、警備員の死体が見つかった。三人とも、綺麗に喉を切り裂かれていた。どんな理由かわからないが、殺ったのは、彼女に間違いない。舐めてかかると、大怪我をしかねないぞ」

「面白いじゃない。彼女が、その殺しの技術を発揮して、抵抗してくれることを祈ってるわ」

 カレンの会心の笑みを見て、悟が大きなため息を吐いた。

 こうなったら、カレンは、もう誰にも止められない。

「しゃあないな」

 悟が、ぽつりと心の中で呟いた。


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