第5章 獣には野獣を⑦
「待て、悪かった」
ヒューストンが降参したように両手を上げ、カレンの背中に謝った。
「正直に話すから、そう怒らんでくれ」
振り向いたカレンに、ヒューストンが頷いてみせた。
暫く厳しい目付でヒューストンを見つめていたカレンが、やがて無言で頷いた。
「まったく、君には敵わんな」
カレンを誤魔化せるとは思っていなかったが、ターニャや劉の名を出せば、細かいことは気にしないかもしれないという思惑が、ヒューストンにはあった。
しかし、その思惑は、見事に外れた。
「わたしを誤魔化せると思っていたのなら、あなたは、わたしを舐めているか大馬鹿野郎かのどちらかね」
ターニャと劉の名を聞いたから、カレンはここまで我慢していたのだ。
そうでなければ、とっくにヒューストンを叩き出していた。
「ターニャと劉の名を出せば、君は一も二もなく乗ってくると思ったんだが」
ヒューストンが、正直な思いを口にする。
「確かに、魅力的だけどね。今のわたしには、サトルの命も懸かかっているのよ。状況も知らずに、おいそれと乗るわけにはいかないわ」
「まさか?」
ヒューストンが、訝しげな目をカレンに向けた。
「君は、今度のミッションに、サトルを伴おうというのか?」
「サトルとわたしは一心同体なの」
カレンは、さも当然といった顔をしている。
「ターニャと劉だぞ」
ターニャと劉の腕は、カレンに匹敵する。
だから、カレンを含めて世界の三凶と呼ばれ、恐れられているのだ。
そんな二人を相手にカレン一人でも荷が重いのに、素人の悟を伴っていれば足手まといになるのは明白で、ますますカレンに分が悪くなる。
そう思ったヒューストンは、カレンの意を測りかねて、心底戸惑った。
「あなたは、サトルのことを何もわかってない」
静かだが、迫力のこもった口調だ。
カレンの口調に気圧されたように、ヒューストンはカレンから目を逸し、悟に目を向けた。
悟は、ただニコニコと笑っている。
次に、救いを求めるようにスコットを見たが、スコットは無表情のまま、視線を宙に這わせている。
「わかった。サトルをどうするかは、君の自由だ」
ヒューストンが小さなためいきを吐き、諦めたように首を振った。
「じゃ、真実を話して」
ヒューストンが頷いてから、話し始めた。
CIAは、ある極秘のプロジェクトを進めていた。
世界中から集めてきた、選りすぐりの精神科医や人類学者、それに催眠術師や心理学者が、総力を結集して創りあげているプログラムだという。
そのプログラムとは、人の脳に特殊な刺激を与え、思うままに心を操ることを目的としていた。
このプログラムの特筆すべき点は、その刺激を与える地域を限定できることにあった。
例えば、ひとつの建物の中、ひとつの部屋の中といったように限定できるのだ。
もちろん、全世界も対象にできる。
このプログラムが完成すれば、重要人物を、危険もリスクも伴わずに暗殺し、あるいは意のままに操ることができる。
また、ある国を内戦状態に陥れたり、どんな組織であっても、内部崩壊させることも可能だ。
制限なしに使用すれば、人類を皆殺しにすることだって出来るという。
だが、大詰めの段階にきて行き詰っていた。
このプロジェクトに、志保は関わっていなかった。
しかし、どこから知ったのか、志保はそれをハッキングして盗み出した。
原本はバックアップごと消し去られて、CIAには痕跡も残っていない。
そして、志保はわずか一ヶ月足らずの間に、完成に近づけたらしい。
その実験として、今の飛び込み騒ぎを起こしている。
プロジェクトの首脳陣の見解では、もう直ぐ実験の第二段階に入ると思われ、これまでとは違った、とてつもないことが起こるだろうとということだ。
「そういったわけで、志保もろともソフトを奪ってしまえば、その国や組織は、世界を思いのまま操れる」
カレンの顔色を確かめるように、ヒューストンが言葉を切った。
カレンの顔色が変わらないのを見て取ると、ヒューストンは肩を竦めて締め括った。
「我々は、志保の実力を見誤っていたよ」
ヒューストンが自嘲の笑みを浮かべる。




