第5章 獣には野獣を⑥
ヒューストンが苦笑を収め、真剣な眼差しをカレンに向けた。
「君はあんなものと言うが、日本各地で大勢の人々が死んでいるんだぞ」
「フン」
カレンが鼻で笑う。
「自業自得でしょ。爆弾テロじゃあるまいし。死にたくなければ、スマホを見るのを止めればいいだけじゃない。それが出来ない連中がどれだけ死のうが、知ったことじゃないわ」
「ますます手厳しいな」
救いを求めるように、ヒューストンが悟を見る。
悟は、無言で首を振るだけだった。
「実はな、カレン」
いかにも重大発表をするかのように、ヒューストンが重々しい口調で切り出す。
「事件を起こしていうるは、我がカンパニーの人間だ」
「だから?」
ヒューストンの意に反して、カレンの反応は素っ気なかった。
「だからって…」
あまりにも素っ気ないカレンの反応に、ヒューストンが、拍子抜けしたような情けない顔になった。
暫く黙ってカレンの顔を見つめていたが、気を取り直して、話を続ける。
「ユウキシホという、日本人だ。カンパニーに入った経緯は省くが、なかなか優秀な人材でね、カンパニーの誰よりも、コンピューターに精通している。全世界でも、彼女ほどコンピューターを操れる者は、そうはいないと思う。アノニマスも含めてな。それがだ、彼女のお姉さんが、事故に遭って亡くなってしまった。歩きスマホをしている奴にぶつかられてホームに転落し、電車に轢かれてしまったんだ。彼女を助けようとして、旦那も一緒に死んでしまった。ぶつかった奴は逃げてしまって、今でも捕まっていない」
カレンの反応を探るように、ヒューストンは言葉を切った。
「それで?」
興味なさげに、カレンが先を促す。
「彼女は幼い頃に両親を亡くして、お姉さんに育ててもらったようなものだ。だから、お姉さんの仇を討とうと思ったんだろう。お姉さんの死の翌日から、消息が途絶えた」
悟がヒューストンの前に、黙ってコーヒーを置いた。
「お、ありがたい。久しぶりに喋り過ぎて、喉が渇いていたんだ」
ヒューストンが、美味そうにこコーヒー啜る。
「彼女の消息が途絶えて一ケ月後に、今の事件が起こりだした」
カップを置いたヒューストンが、話を続ける。
「多分、犯人を捜していたんだと思う。しかし、警察でも見つけられないものを、彼女ひとりで探し出せるわけがない。それで、犯人がスマホに依存していると見て、今回の事を企てたと思われる。それに、犯人を捜していくうちに、スマホに依存している人間すべてを、憎むようになっていったんだと思う」
「だから?」
カレンの口調が、絶対零度になった。
「彼女を探し出すから、確保してもらいたい」
「フン」
カレンが鼻で笑う。
「わたしの得意分野を知ってるでしょ」
カレンの瞳も、絶対零度になった。
「彼女の確保に、ターニャと劉が日本に来ている」
一転して、カレンの目が和んだ。唇も、カーブを描いている。
「彼女ほどの腕なら、どの国家であれ、諜報機関であれ、ハッキングをするのは容易いし、高度なウィルスも仕掛けられる。ロシアや赤い金貨が欲しがるのも当然といえよう。こちらとしても、彼女のような優秀な人材を失うのは惜しい。敵の手には、絶対に渡したくない」
「隠し事はなしよ」
カレンが右手を上げて、人差し指を振った。
「隠し事?」
ヒューストンが、きょとんとした顔をしてみせる。
「ただコンピューターに優れているだけで、ターニャや劉が出てくるはずはない。彼女は、とんでもないものを持ち出した。そうでしょ」
「コンピューター専門の彼女が、何を持ち出せるというんだ?」
「とぼけのら、帰って」
怪訝な顔をするヒューストンに、カレンが厳しい口調で言って、入口を指さした。
「もう、閉店の時間なの。これから、悟と楽しい夕食タイムなのよ。くだらない話で、二人の甘い時間を無駄にしないで」
言い捨てると、ヒューストンに背を向け、厨房に向かって歩き出した。




