第5章 獣には野獣を➄
「元気そうだな」
逃げるように店を出てゆく客に一瞥をくれてから、ヒューストンが親しげな口調で、カレンに声をかけた。
「営業妨害しないでよ」
カレンの態度は素っ気ない。
悟が気を利かせて、店を閉めた。
外から見えないように、シャッターを下ろす。
「観光で来たの?」
カレンが腕組みをして、ヒューストンに皮肉な笑みを投げた。
二人が顔を合わすのは、カレンがヒューストンの自宅を襲って以来だ。
カレンは、ヒューストンが日本支部の責任者になったことと、この店がCIAの監視下に置かれていることを知っていた。
CIAの監視網から姿を隠すことは、不可能に近い。
排除するのは簡単だったが、自分たちを狙う敵が現れた場合、何かの役に立つかもしれないと思って、放っておいた。
それに、排除したって、代わりが来るだけだ。
「そんなに、暇そうに見えるかね」
ヒューストンは肩をすくめてみせて、悟に目を向けた。
「やあ、悟。君も、元気そうだな。もう、傷はなんともないかね」
ヒューストンは、一度悟と会っている。
まだカレンが悟と一緒になる前に、病院のベッドに横たわる悟を、事件の口封じも兼ねて、
ヒューストンは一度だけ見舞い行った。
まさかあの時、こんなことになろうとは、夢にも思っていなかった。
「お陰さまで」
悟が、にこやかに応じた。
「それはよかった」
ヒューストンが軽く頷いたあと、一言付け足した。
「しかし、よく死なずに生きているもんだ」
「それ、どういう意味」
カレンの目が、すっと細くなる。
「いや、よくも、カレンの逆鱗に触れないものだと思ってね」
ヒューストンが、おどけたように肩をすくめてみせる。
「わたしは、惚れた男には優しいの」
カレンが照れることなく、さらりと言ってのけた。
「それより、何の用?」
「歳かな、東京から来るだけで疲れたよ」
カレンの質問には答えず、ヒューストンが手近な椅子に腰を下ろした。
「たわ言はいいから、さっさと用件を話してくれる」
カレンの口調は、険を含んでいる。
「久しぶりに会ったというのに、冷たいな」
言葉とは違い、ヒューストンは涼しい顔をしている。
「まあ、いいだろう。もちろん、遊びで来たわけじゃない」
おまえも座らないかというように、ヒューストンが椅子を顎でしゃくったが、カレンは腕組みしたまま、静かに首を振った。
「今、世間を騒がせている、飛び込みが多発していることは知ってるな」
立ったままのカレンに、少し顔を上げて目を合わせながら、ヒューストンが重々しい口調で訊いた。
「知ってるわ」
それがどうしたというような、つまらなさそうな顔を、カレンはしている。
「君は、どう思っている?」
「別に、興味はないわ。どうせ、誰かの悪戯でしょ」
「大勢の人が亡くなっているのに悪戯とは、いかにも君らしい」
ヒューストンが苦笑する。
「君は、誰かが意図的に人を操って、飛び込みをさせていると思っているのか?」
「当たり前じゃない。電磁波なんて言われてるけど、あんなもの、誰かが仕掛けたに決まってるでしょ。そう思わないのは、馬鹿か無能な役人だけよ」
「じゃあ、それを否定しているスマホ関連の会社は、馬鹿ばっかりということになるな」
「あいつらは、自分の会社が大事なだけ」
突き放すように、カレンが言った。
「飛び込みとスマホの関連を認めてしまえば、誰も買わなくなるし、批判も集中するしね。電磁波のせいにしておけば、まだ言い逃れはできるわ。企業なんて、所詮そんなものでしょ。いくら人が死のうが、売上さえ上がればいいんだから」
「手厳しいな」
ヒューストンの苦笑が、ますます深くなった。
悟とスコットは、黙って二人のやり取りを聞いている。




