第5章 獣には野獣を④
大阪はミナミの繁華街から少し離れた場所に、「可憐」とう名の喫茶店がある。
悟とカレンが開いている店だ。
CIAを抜けたカレンは、悟の生まれ故郷である日本へとやってきた。
アメリカにいると、エージェント時代に作ってきた敵や、カレンを倒して裏の世界で名を上げようとする跳ね返り者から、悟を守れないという理由からだ。
しかし、それはカレンの言い訳だった。
いくらカレンに恨みを持っていても、いくらカレンを倒して名を挙げたがったとしても、カレンという女を知っていれば、容易には手を出してこない。
もし悟を人質にでも取ろうものなら、類は自分だけには及ばず、家族や友人や組織の人間まで、ことごとく皆殺しにされるであろうことがわかっている。
事実、カレンとはそういう女だ。
だから、カレンを狙ってくる奴は、よほどの馬鹿だけだ。
そして、そんな奴の実力は、たかが知れている。
カレンが日本へやってきたのは、生まれ故郷であるアメリカを離れたかったからだ。
アメリカに留まっていると、自分は暗殺者だという気持ちを拭いきれない。
悟はカレンの経歴を知っているが、それでもカレンは、悟の前では一人の女性でいたかった。
たとえ、不良やヤクザ狩りをしたとしても、暗殺者とは違う。
それは、カレンの中では、まったく矛盾していない。
気性が激しく一途なカレンは、いつも悟と一緒に居たかった。
そのため、いつ敵が襲ってくるかわからないので、悟の側を離れるわけいにはいかない。
だから会社を辞めて自分の側にいてくれと言い張り、無理やり悟を退職させててしまった。
悟にとっては迷惑な話だが、悟としても、カレンを一人で放っておくと何をしでかすかわからないので、カレンの言うことに従い、あっさりと会社を辞めた。
お互い本音は言わないものの、二人の思惑が一致した。
話し合った結果、喫茶店を開くことにした。
そうすれば、いつも二人でいれるからだ。
なんのかのと言いながら、二人ともいつも一緒に居たいだけだった。
カレンには、エージェント時代に得た報酬の蓄えがかなりあったので、店が暇でも、悠々と暮らしていけるだけの余裕があった。
高級ホテル、高級リゾート、高級マンション、豪華な料理。
常に死に身を晒している者は、生きている実感を味わうため、オフには贅沢な時間を過ごす者も多い。
また、そんな生活をしたいがために、危険な職業を選ぶ者もいる。
だが、カレンは違った。
カレンはそういったものには、まったく興味がない。
いつも似合った服装をしているものの、服は動きやすさを追求するのみで、ブランド物には興味がない。
食べられるものならなんでも口に入れるし、寝るところも、別にベッドでなくても構わない。
カレンが拘るのは、武器だけだ。
まさに、戦闘のためだけに生きてきた。
そんなカレンだから、報酬を何に使うでもなく、知らぬ間に貯まっていた。
客の来ない喫茶店で、悟とまったりとした時間を過ごす。
そんな日々を夢見ていたカレンの思惑は、見事に外れた。
今では、二人の店は大いに繁盛している。
カレンの本当の顔など知るはずもない男共が、カレンの美貌と、わざと片言で話す関西弁に惹きつけられて、鼻の下を伸ばしながら足繁く店に通ってくる。
本人に内緒で、ファンクラブまで出来ている始末だ。
もうひとつは、悟にとっても以外だったが、カレンは料理の腕前も相当なものだった。
喫茶店なので本格的なものは作らないが、それでも、ナポリタンやサンドウィッチなど、カレンの作る料理はどれも美味しい。
カレンの作る料理目当てで通ってくる常連客も大勢いた。
悟とまったりした日々を過ごすのを夢見ていたくせに、それに、悟を守るのだったら、あまり目立たない方がいいと思うのだが、カレンはそんなことはとんと気にも留めていない。
矛盾しているようだが、カレンにとっては毎日が楽しいから、それでいいのだろう。
多くの人間を殺めてきたカレンが、今は、多くの人の笑顔を見て暮らしている。
悟もそんなカレンを見ているのが好きなので、何も言わないで、カレンの好きなようにさせていた。
ただ、戦闘の中で生きてきたカレンは、平和が続くと無性にストレスが溜まることがある。
そんな時は、深夜のミナミの繁華街、それもとりわけ物騒な場所に、ヤクザや不良外国人を狩りに出かける。
カレンにとってはほんのお遊びみたいなものだが、プロが相手であっても軽くあしらうカレンに、痛めつけられる方はたまったものではない。
この間の半グレ共も、カレンのストレス発散の犠牲者だった。
そうとも知らずに絡んできた半グレ共は、自業自得とはいえ、とんだ災難であったに違いない。
ある日の夜。
閉店間際に、スーツを着た目付きの鋭い、大柄な白人が入ってきた。
その後には、小柄ながら、これも目付きの鋭い白人が従っている。
ただ一人残っていた、毎日カレン目当てに通ってくる常連客が二人を見て、怯えた様子でそそくさと帰っていった。




