第5章 獣には野獣を①
この一ケ月で、全国の駅や歩道橋の上からの飛び込み、ビルの屋上からの飛び降りが頻発していた。
走ってくる車目がけて、車道に身を投げ出す者も数多くいた。
その誰もが、手にスマホを握っていた。
今や、それらの事件とスマホの関連を疑う者は誰もいない。
しかし、警察や専門家がいくら調査をしても、具体的な証拠は何ひとつ見つけられないでいた。
テレビでは毎日のように特番が組まれたが、どの番組も、似たような内容になっていた。
各分野の有識者が出演し、ある者は狂信的な自然保護団体によるテロ行為だと主張し、ある者はどこかの国の陰謀だと訴え、そしてある者は、宇宙人による地球侵略が開始されたのだと意見を述べた。
そんな中で、大勢の意見を占めたのが、電磁波による脳への影響ではないかとの意見だった。
通信会社やインターネット関連会社、スマホのコンテンツを制作している会社などは、電磁波による影響も含めて、事件とスマホの関連性に懐疑駅な見解を表明している。
ネット上では、数多くのサイトで様々な意見が飛び交っていた。
その多くは、事の重大性を認識せず、ただ、お祭り騒ぎをしているに過ぎなかった。
ここに至って、政府も重い腰をあげた。
暫くスマホを見るのを控えるよう、テレビや新聞、ネットなどで声明を出した。
スマホ事業に関連する会社はこれに真っ向から反対し、それならば、事件とスマホの関連性をはっきりと示せと、政府に迫った。
そのような状況下でも、少し減りはしたものの、まだまだ歩きスマホをする人間は後を絶たず、相変わらず、飛び込みや飛び降りが続いていた。
そんな中、ついにと言うべきか、やはりと言うべきか、悪質な悪戯をする者が出てきた。
スマホの画面に、いきなり「飛び込め」とか「死ね」などの文字が表示されるウィルスが出回ったのだ。
警察は躍起になって捜査し、ウィルスが流された翌日には、ウィルスを作成した犯人が数人逮捕された。
それでも同じようなウィルスが次々に出回り、いたちごっこの様相を呈していた。
いつの世も、社会を混乱に陥れるのが好きな輩はいるものだ。
いずれ、それが自分に跳ね返ってくるなんてことは、露ほども思っていない。
そんなことをしているうちでも、飛び込みや飛び降りは後を絶たず、毎日何十という人々が全国で亡くなっていた。
しかし、この人数は、あくまでも警察を通じての公表であり、本当はその十倍は死者が出ていた。
それが世間に漏れると、人々は恐慌をきたすので、警察はわざと人数を少なくして公表していたのだ。
特にここ数日前から、犠牲者(立証はされていないが、警察も事件とみなしているので、自殺者ではなく犠牲者として扱っていた)の数は急激に増えている。
つぶさに数えれば、一日五百人では済まないだろう。
まさに、異常事態だ。
スマホと事件の関連性がはっきりと示されたわけではないが、ここまで来ると、恐怖に駆られてスマホを見るのを抑える者も出始めた。
それでも、飛び込みをする者の数は減らないどころか、ますます増え続けている。
トゥルーフレンズに魅入られている者は、もはやそれなしでは生きてゆけなくなっていたからだ。
トゥルーフレンズに魅入られていなくても、今やスマホは、人々の生活の一部になっており、重度の依存者も相当数いる。
スマホを控えている者のうちで、重度の依存者はストレスが溜まり、肩が触れたの、カバンが当たったのなど、ほんの些細なことで、あちこちで喧嘩が起こるようになった。
そうでなくても、時刻表や地図やお店探しなどの調べものが出来なくて困ったり、ネットで買い物が出来なくて困ったりする人々が大勢いた。
ネット通販で生計を立てている会社の売上は軒並み落ち込み、倒産する会社も出始めた。
それらの人々の怒りの矛先が、すべて政府と警察に向けられた。
マスコミは政府と警察の無能さを、連日のように叩いた。
民衆もそれに乗っかって、警察に抗議の電話が鳴り止まない日はなかった。
不思議と、ネットでの批判は少ない。
これも、人々がスマホを控えているからだろう。
各地で抗議デモが頻繁に行われるようになり、参加者と警察の小競り合いも多数の場所で起こった。
日本国民は大人しいことで知られているが、このままの状態が続けば、暴動すら起こりかねない様相を呈し始めていた。
このような状況を呆れた目で見つめていたのは、機械に弱いお年寄りと、スマホをあくまでも道具としかみなしていない人々であった。
それらの人々は、この状況を呆れると同時に、身震いするほどの恐ろしさを感じていた。
世の中が便利になればなるほど、人の心を狂わせるとうことを、まざまざと見せつけられた気持ちだった。
その混乱に、政府や警察とは違う次元で、頭を悩ませている男がいた。




