第3章 赤い守り神③
老板が指を鳴らすと、三人のスパイを見張る役目の二人を残し、残りの猛者共が老板と劉の前に整列した。
みんな、顔に緊張感を漲らせている。
「劉、おまえを呼んだのは他でもない。帰国早々で悪いが、これから日本へ行ってもらう。おまえにしか出来ない仕事だ。何をするかは、後で教える」
老板が、整列している男共に目をやった。
「こいつらは、今日から、おまえの部下だ」
劉が、静かに首を振った。
「なにも、おまえの部下が頼りないと言っているわけではない。おまえの部下は、優秀だよ」
老板がサングラスを外した。
人の心の奥底まで見透かすような、冷徹な目が現れる。
その目で見つめられると、誰しもが恐怖で凍り付いてしまいそうだ。
老板の目が、じっと劉に注がれた。
劉は顔色ひとつ変えずに、凍てつくような老板の視線を、平然と受け止めている。
茫漠たる目は、老板の視線を捉えているのかどうかすらわからない。
周りの男たちが、緊張に耐えかねて、ごくりと唾を飲んだ。
「こいつらは、長年日本で働いている奴らだ。おまえは、日本は初めてだろう。今度のミッションは、断じて失敗は許されない。だから、日本に精通している者達をおまえの下に付けるのだ」
静かだが、有無を言わせぬ口調だ。
劉が、無言で頷く。
劉は、まだ一言も口を利いていない。
「こいつらは、おまえの噂は知っているが、まだ、おまえの実力を見たことがない。噂だけでも十分だろうが、一度おまえの力を見せておいた方が良いと判断した。そのために、わざわざ日本から呼び寄せたのだ。さっきも言ったように、今度のミッションは、絶対に失敗できないからな」
そう言って、ボスが三人のスパイに目を移した。
妖刀のように冷たい光を放つボスの目に見つめられた三人は、一様に目を逸らした。
「おまえ達、この男に勝ったら、助けてやろう」
三人の眉が、ぴくりと震えた。
「といっても、劉相手に、三人ではちょっと不利だな」
老板が片頬を歪めて、部下の一人に目で合図した。
合図を受けた部下は、三人の縄を切り、刃渡り二十センチはあろうかという大きなナイフを、三人に手渡した。
「それは、ハンディだ。劉は、素手で相手をする」
劉は、なんの感情も表に出さず、その光景を静かに眺めている。
ナイフを受け取った男たちが、劉と手にしたナイフを交互に見た。
三人とも、劉の噂は嫌というほど耳にしている。
そして、目の当りにして、劉の不気味な迫力に圧倒されてもいた。
それでも、犯罪組織に潜入するくらいだから、男たちも腕には相当覚えがある。
それぞれ、組織で鍛え抜かれてきた連中だ。
三人で掛かれば、いかな劉でも倒せるのではないか。
男たちは、そう判断した。
三人が目を見交わせ、同時に頷き合った。
それが合図でもあるかのように、無表情のまま、劉が無造作に一歩踏み出した。
三人が、また、目を見交わす。
もう一度頷き合い、それから意を決したように、一斉に劉に襲い掛かった。
自分に向かって繰り出された三本のナイフを、劉はなんなく躱すと、一人の腕を掴み、軽く捩じ上げた。
骨の折れる嫌な音と、小さく呻く声が重なった。
さすが、選び抜かれた男とあって、腕を折られても叫び声を上げはしない。
だが、その呻きが絶叫に変わった。
劉が、男の首を片手で掴んで、宙に持ち上げたのだ。
その絶叫も、長くは続かなかった。
劉が、男の首を掴んだ手に軽く力を入れて捻った。
それほど力を入れていないよに見えたが、乾いた音とともに、もがく男の足が止まった。
首が、あらぬ角度に捻じ曲がっている。
劉が手を離すと、糸の切れた操り人形のように、男の身体がことりと床に転がった。
その間、ものの数秒と経っていない。
残る二人が、両側から同時にナイフを突き出してきた。
軽いステップを踏んで後退した劉は、二人の後頭部を掴み、お互いの顔面を叩きつけた。
グシャッという音と共に、二人の顔面がみるみる朱に染まる。
そのまま二人を放り投げると、劉は、何事もなかったかのように、老板の前に立った。
もう興味を無くしたように、三人の骸を見ようともしない。
老板も、満足げに頷くだけで、三人の死体には目もくれない。
部下の男たちは、声も出せずに、呆然と立ち竦んでいるばかりだった。




