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終章 人類の未来⑪

「罪もない大勢の人?」

 カレンが、せせら笑うような目で、志保を見る。

「ハン、罪のない人間なんていないわよ。いくら正直に生きていると言ったって、いくらまっとうな人生を歩んでいると言ったって、人間である以上、地球の破壊や動物の絶滅に加担しているの。自然保護を訴えている奴らも、動物を絶滅から救う活動をしている奴らも、車に乗りもすれば電車や飛行機にも乗る。家にも住めば、テレビも見る。スマホやパソコンも使うし、料理だってする。すべて、資源と自然と生き物の犠牲に成り立っているのよ。そんな奴らが、声高に自然保護や動物絶滅を訴えたって、偽善にしか過ぎない。本当にそう思うのなら、無人島で自給自足の生活をすればいい。それか、人間の数を減らすとかね。そんな人間共を何人殺したところで、罪の意識を感じることなんて、微塵も必要ない」

 言っていることは過激だが、誰も反論はしない。

 カレンの言うことが、正論だからだ。

 人類の歩みは、争いの歴史でもある。科学のない時代は、たとえ戦争をしても、傷つくのは人間だけで、自然は傷つかなかった。せいぜい、畑や田んぼ、それに人々の住処が荒らされるだけであった。

 それに、戦争をしてきたとはいえ、昔の人々は自然を敬い、自然と共存して生きていた。

 それが、今はどうだ。

 核兵器を使おうものなら、自然の形態を悉く破壊してしまう。

 そうでなくても、快適な生活を確保するために、オゾン層を破壊したり、石油を掘り尽くしたり、森林を伐採したりして、ありとあらゆる自然を破壊し尽くしている。

 それがため、動物の居場所をなくし、人間にとって都合の悪い生き物は、害虫・害獣として駆除する。

 人類自らが、行き場所をなくしておいてだ。

 また、毛皮や象牙など、金になると思えば、絶滅も構わず乱獲する。

 金や銀や銅や宝石類など、ところ構わず掘り尽くす。

 わずかここ百年足らずの間に、人類は道を踏み外してしまった。

 ごくわずかな天才が切り拓いた科学の進歩を、我が事のように謳歌し、平和のために作り出されたものを戦争に利用し、便利なように作り出されたものに振り回される。

 暫くして、桜井が唸り声を漏らしながらも、カレンに一言ぶつけてみた。

「それは、テロを容認してるってことか」

「テロ?」

「自然保護や動物の絶滅を訴えるくらいなら、人間の数を減らせってのは、そういうことだろう」

「フン」

 カレンが、鼻で笑った。

「テロなんて、所詮、欲望や利権が絡んだ中での活動よ。シーシェパードにしたってそう。あいつらは、本当にはクジラのことなんか考えていない。ただ、お金と名声がほしいだけ。わたしが言っているのは、そういうことじゃない」

 わかるかという目で、カレンが桜井を見る。

 カレンの言わんとすることは、桜井にもよくわかった。

 世間からは狂信者と言われるだろうが、本当に自然や動物を守ろうとするなら、欲得なしで人間の数を減らせと、カレンは言っているのだ。

 桜井は、それ以上何も言うことはなく、口を噤んだ。

 カレンが、再び志保に目を転じる。

「あんたが殺さなくたって、近いうちに人間は滅ぶ。愚かさの故にね。それにね、ここまで人が死んだのは、あんたのせいじゃない。あんたはきっかけを作っただけ。最初の飛び込み騒ぎの時に、政府やマスコミやスマホ関連の会社なんかが毅然とした対応をしていれば、ここまでにはならなかった。あんたの言う罪もない人達が、自分の欲求を抑えつけ、スマホをいじるのをやめておけば、こんなことにはならなかった。すべては、人間の愚かさが招いた結果よ」

 志保は真剣な眼差しでカレンを見つめながら、カレンの言葉を黙って聞いている。

「わたしの言いたいことは、それだけ。これからあんたがどうしようと勝手だけど、最後に、これだけは言っておくわ。生きていれば、必ず良いことがある。わたしのようにね。わたしは、どんなに人生に絶望しても、生きることを止めなかった。人を殺してでも、生きることを恥と思わなかった。そして、サトルに出会えた。生きていて良かったと、今、心底思っているわ」

 言いたいことを言い終えると、カレンはもう志保に興味を無くしたように、悟の手を引いてあっさりと去っていった。

 カレンにとってはすべてが終わったことで、これから志保がどうしようが、知ったことではないのだ。

「まいったな」

 そう呟いて、桜井が志保に近づいた。

「本当は、俺の立場なら、あんたを捕まえなきゃいけないんだが、ま、知らなかったということにしておくよ。カレンの言葉を聞いて、あんたがどう思ったかしらないが、これから好きにすればいいさ」

 そう言い置いて、桜井もカレンの後を追った。

「この世には、あなた以上の人殺しが大勢いる」

 ターニャは、冷ややかに言葉を投げかけて去っていった。

 ひとり部屋に取り残された志保は、呆然とした眼差しを宙に向けていた。

「姉さん」

 ぽつりと呟いた後、志保の両目から滴が流れ落ちる。

 外は、もう真っ暗になっていた。

 珍しく、満天に星が瞬いている。

「これをきっかけに、各国は躍起になって、結城の造ったソフトの解析に掛かるだろうな」

 桜井の言葉に、カレンが頷く。

「そうでしょうね。馬鹿な人間共は、少しでも自分が優位に立とうと、自滅プログラムを次々に開発するでしょうね」

「これからどうなるにせよ、すべては自分達が選択したことよ」

 ターニャが、無造作に言ってのける。

「さあ、明日は東京見物よ」

 カレンが明るい声で悟に言う。

「楽しみやな」

 悟が笑顔で応えた。

「せいぜい、楽しむことね。あなたとの決着は、今度会った時に着けてあげるから」

「オッケー」

 親友と明日の待ち合わせを約束するような軽いノリで、カレンが返す。

「まずは、わたしは、ニコルとケリをつける。わたしを裏切った代償を、きっちりと払わせてやるわ」

 ターニャが、エンジェル・スマイルを浮かべた。

「杉村、カレンが暴走しないように頼むぞ」

 カレンを国外追放するのは無理だと悟った桜井が、悟の耳元で囁いた。

「まかしとき」

 満天の星空に、悟の明るい声が響き渡った。


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