終章 人類の未来⑩
自分のこめかみに向けたであろう銃口から、手品のステッキよろしく、赤と白の花が飛び出している。
志保は呆然として、その造花を見つめていた。
そんな志保を見て、カレンは笑いを噛み殺している。
悟はというと、やれやれという目で、笑うカレンを見ていた。
「これは… 一体、どうなっている?」
桜井は状況が呑み込めなくて唖然としているが、ターニャは、瞬時で察した。
「フン、やってくれるわね」
乾いた笑いを漏らした。
「こ、これは、どういうこと?」
一番驚いているのは、志保だ。
カレンに向かい、それだけ言うのがやっとだった。
「見ての通りよ」
まだ笑いを噛み殺しながら、カレンが答える。
答えた後、カレンの顔から笑みが消えた。
スッと細まった目に冷酷な光が宿り、志保をぞっとさせた。
「あなたが、その銃口をわたし達に向けていたら、即座に殺されていた。そして、ヒューストンに全弾撃ち尽くしていたら、それはそれで喜劇になった。あなたは、最善の選択をしたのよ」
確かに、カレンのいう通り、ヒューストンに最後に放った銃弾から花が飛び出してきたら、志保の復讐は喜劇であったろう。
憎しみに我を忘れた人間に、喜劇という不幸が訪れたのだ。
意図的ではないにせよ、志保は自分で復讐を愚弄したことになる。
ヒューストンを殺さなかったにせよ、復讐を果たし終えた志保は、自ら命を絶つつもりだった。
その結果が、こうなった。
ただの悪戯なのか、こうなることを見越してのことなのか、カレンがなぜこのようなことをしたのかは、本人以外には誰にもわからない。
ただ一人、悟を除いては。
悟には、カレンの心情が手に取るようにわかっていた。
困ったもんだという顔はしているが、カレンを見つめる目は、暖かい。
「生きなさい。お姉さんのためにも」
志保が息を呑んだ。
カレンと知り合ってから、どうも資料で知っていたカレンとは違うと思っていた桜井だったが、この言葉に、完全に今のカレンは別人だと思った。
カレンを見つめる桜井に、そんな感情が浮かんだのを、ターニャは見て取った。桜井はどう思っているかは知らないが、ターニャの見るところ、カレンは以前より恐ろしい存在になっている。
ターニャは、幾度となくカレンと闘ってきた。エンジェル・スマイルと呼ばれ、裏の世界で恐れられているターニャでさえ、カレンの冷酷さや非情さを知る度に、心底恐怖を抱いてきた。
生まれてこのかた、ターニャが恐怖を抱いたのは、カレンだけだった。
あの頃より明るくなってはいるが、今のカレンは、そんな恐怖さえ可愛いものと思わせるくらい、凄みを増している。
なせか?
愛というものを知ったからだ。
守るべき者、支えてくれる者がいれば、人はより一層強くなれる。
今のターニャには、それが痛いほどわかっている。
ターニャも、自分の心境に変化が生まれてきていることを自覚していた。
非情な世界で生き抜くには、冷静に自己を判断することが必須となる。
自分の実力を過信してもいけないし、過少評価するのも駄目だ。
どちらも、即、死に繋がるからだ。
ターニャほどになると、認めたくないといった、マイナスにしか働かない感情は持たない。
どんなことでもすべて認め、受け入れた上で、どうするかを考える。
だから、自分とカレンを変えたのは、悟だということを、ターニャは理解していた。
そんな悟に、ターニャは、カレン以上に恐怖を感じている。
同時に、感謝もしている。
悟のお蔭で、いい勉強ができたと思うからだ。
カレンもターニャも、一流になるだけあって、転んでもただでは起きない。
「あなたはそう言うけど、わたしは大勢の人々を殺したのよ。大人も子供も老人も、罪のない人を大勢ね。そんなわたしが、のうのうと生きていられる?」
志保が、悲痛な叫び声をあげた。
「それに、姉さんにも顔向けできない」
志保の頬を、止めどなく涙が伝ってゆく。
「自分の欲求を満たすために、姉さんの顔に泥を塗った。復讐なんて、姉さんが望まないことを知りながら、大勢の人を殺したのよ」
「それが、どうしたっていうの」
志保の絶叫を、カレンはあっさりと退けた。




