終章 人類の未来⑨
「あんた達の会話は、ぎこちなかったわよ」
「……」
ヒューストンは、まだ茫然とした顔でカレンを見たまま、何も言わない。
「スコットとオガタの口を塞いだのも、あんたでしょ」
「……」
「わたしが遠隔操作だと言ったとき、あんたはあからさまにほっとした顔をしていた。まったく、演技が下手なんだから。少しは、わたしを見習いなさい。そんなことじゃ、アカデミー賞は取れないわよ」
「いや、こんなとこで、アカデミー賞なんて言っとる場合やないやろ」
という突っ込みを悟は入れず、黙ってカレンの話すがままにさせていた。
「なんとなくおかしいとは思っていたけど、そうだったの」
代わりに、口を挟んだのはターニャだ。
「ここに居る者の上司が、すべて赤い金貨だなんて、まったく、世の中どうなっちまうのかね」
続いて、桜井が嘆きの声を上げる。
「言ったでしょ。人間なんて、くだらない生き物だって。国を守るべき者が、お金に振り回されて、欲にまみれているくらいだからね。本当に人類の未来を考えている奴なんて、ごくわずかよ。そして、そんな人たちは、大抵は排除されるか抹殺される」
「今を生きる人間にとって、何の得にもならないからね」
カレンの後を、ターニャが引き取った。
「まあ、そんなことはどうでもいいわ。これで、仇を討ちなさい」
カレンが、マレーシア警察にも配備されている、ベレッタ92コンパクトモデルを、志保に差し出した。
志保が素直に、カレンの手から拳銃を受け取る。
「女性に扱い易いとは言えないけど、訓練を受けているあなただったら大丈夫でしょ」
志保が頷いて、ベレッタから弾倉を抜き取った。
ベレッタ92コンパクトモデルの装弾数は八発だ。弾がフルで装填されているのを確認すると、弾倉を押し込めスライドを引き、初弾を薬室に送り込んだ。それから、安全装置を解除する。
「結構、手慣れてるわね」
志保が、カレンに向かって微笑んでから、銃口をヒューストンに向けた。
額に狙いをつけた銃口は、ピクリとも動かない。
「よ、よせ、やめろ!」
ヒューストンが、外れた肩に手を当てたまま、恐怖に顔を引き攣らせ、喘ぐように言った。
「悪かった。この通りだ。謝る。俺も、組織に逆らえなかったんだ。逆らうと殺されるからな。な、だから、俺を殺さないでくれ。この償いはきっとする。どんな償いでもするから」
「みっともないわね」
情けない口調で憐みを乞うヒューストンに、カレンが顔をしかめた。
「諜報組織の上に立とうなんて人間は、所詮こんなものよ。汚い役回りや危険なことは平気で人に押し付けておいて、自分は世界を動かしている気になっている。気の小さな、薄汚い人間なの」
ターニャが、冷ややかな目でヒューストンを見下ろしながら、吐き捨てるように言った。
「君の言う通りだな」
高柳のことを思い出したのか、桜井もヒューストンの往生際の悪さに、胸がむかついていた。
悟は、無言を貫いている。
自分のような民間人が口を挟むことではないと思っているからだが、この場で、そう思って成り行きを見守っていること自体、民間人ではあり得ない。
「姉さん。やっと、仇が討てる」
志保が暫しの間目を瞑り、下を向いた。
目を開けたとき、ヒューストンに向けた拳銃の引金を、素早く引いた。
銃声は、七発聞こえた。
以外なことに、弾はすべてヒュスートンの足許に撃ち込まれていた。
ヒューストンの股間が、べっとりと濡れている。
「どうして、殺さなかったの?」
「バカらしくなったの」
カレンの問い掛けに、志保はさばさばとした口調で答えた。
どうやら、志保に憑りついていた悪魔は退散したようだ。
志保が,蔑みの目でヒューストンを一瞥してから続けた。
「こいつを殺したって、姉さんは生き返りはしない。本当に罰すべきは、こんな奴に乗せられて、大量殺戮を犯したわたしよ。今頃になって気付いても遅いけど、わたしは、姉さんに顔向けができないことをしてしまった」
瑞穂のことを思い出しているのか、志保の顔が歪んでいる。
「これまでの罪滅ぼしにはとてもならないけど、こいつは生かしておくわ。とことん尋問して、『赤い金貨』のことを少しでも聞き出して。それが、わたしにできる精一杯の罪滅ぼし」
そう言って志保は、疲れたように椅子に座った。
志保は改めて、カレン、ターニャ、桜井を見回した。
「誰でもいいから、わたしを殺して」
死を受け入れるように、志保が静かに目を閉じる。
「わたしは、降りる」
カレンが、悟に目を向けた。
「これで、わたしの任務は終了。サトル、行くわよ」
悟を促して、カレンが部屋から出ていった。
「こいつを、とことん絞ってやりましょ」
「そうだな」
桜井が頷いて、失禁してぐったりとしているヒューストンを肩に担いだ。
二人も、部屋を後にした。
みんなが退出した後、乾いた銃声が聞こえた。
「やったか」
「いい根性してるじゃない」
桜井もターニャも、志保が弾を一発残していたのを知っていた。
多分、こうするために取っておいたのだろうと、察してもいた。
だから、志保に花を持たせるために、大人しく退出したのだ。
「ちょっと忘れ物」
カレンが踵を返した。
当然の如く、悟も後に従う。
桜井が、ヒューストンに手錠を掛け、窓枠に固定し動けなくしてから、カレンの後を追った。
ターニャと桜井が部屋に戻ってみると、異様な光景が目に飛び込んできた。




