第七話 今世、初めての料理。
味付けは塩と削ったチーズがメインであったが、ミルクスープはなかなか美味くできていた。これにはアッシュも驚き、喜んでくれたので、フランチェスカとしても嬉しい。鍋にたっぷりと作ったため、夕食もスープとパンになってしまうのが、少し残念であったが。
「いつまでも寝間着じゃね……」
そう言って、アッシュは群青色のローブと、おろしたての革靴を貸してくれた。どちらも少し大きかったけれど、ローブは腰、靴は足首を革紐で縛れば問題なく動ける。
そうして午後は、物置となっていた部屋を二人で掃除することになった。今夜のフランチェスカの寝床を確保するためである。
「今夜も泊めていただけるのですね」
「だって君、どうせ行くところないんだろ? この村、冬は雪で街道が埋もれて、行商人さえろくに来ないし、宿屋もないよ」
「……もしよろしければ、しばらく滞在させていただけると嬉しく思います。もちろん、家事など、わたくしにできることはなんでもお手伝いいたしますので」
「うん、昼みたいなご飯作ってくれたらそれでいいよ。……その、どうも料理は苦手で」
そんなやりとりを経て、空き部屋の掃除を始めた。ベッドや机、チェストなどの家具には埃よけの布がかけられていたので、それを剥がして少し布で磨けば十分使えそうだ。問題は、床や本棚に大量に詰まれていた書籍だった。これらは全てアッシュのもので、自室に入りきらなかった分を置いていたそうだ。
「どうしよう。本棚は居間に移動させる? ……どっちにしろ収めきれてないけど。……でも本は処分できないしなぁ。上に移動させるか……でもなぁ」
居間の隅の螺旋階段で地下の貯蔵庫には降りたが、上には上がっていなかった。聞けば、あの階段を登ると屋根裏の物置に繋がっているそうだ。
しかし屋根裏には本棚もない。書籍の保管に向いているとも思えないし、読みたくなったときに不便だろう。
「本棚も本も、このままで構いませんよ。棚は増やした方がいいかもしれませんが」
「いいの?」
「ええ。寝床を貸してくださるだけで十分です。……その、もし良ければ、読んでもかまいませんか?」
「いいよ、ここにあるのは好きに読んで」
「ありがとうございます」
流石に乱雑に床に積まれていたものは、入る分は本棚に、入らなかった分は整理して壁際に積み上げた。木材があれば、棚を増やした方が良いだろう。
床も掃き清め、ぞうきんがけをして。リネン類はアッシュの洗い換えを拝借することになった。
全て終わる頃には陽が暮れていた。
夕食の前に風呂を借りることになったのだが、驚くべきことに、浴槽の縁にあるボタンを押せば、湯が湧き出てくるという魔法道具だった。こんなもの、ライオネル王国では見たこともない。
使い方を教えて貰う間も、フランチェスカは随分と狼狽えてしまっていたと思う。
鉄次の記憶の中の風呂場ほどの利便性はないが、汲んできた井戸水をせっせと湧かして浴槽に運ばなくてはいけなかったライオネル王国と比べたら、雲泥の差だ。
この魔道具は、アッシュの先輩が開発した魔法術式を組み込んでいるそうで、コンステラ帝国でも珍しいものではあるようだ。
「術式さえ理解できれば魔法使いなら誰でも作れるよ。宮廷にはもっと大がかりで複雑なやつがあるし」
「はあ……。さすがは魔法大国ですわね……」
コンステラ帝国の帝都では上下水道も整備されていると聞いたこともある。魔法だけでなくインフラ技術全般が進んでいるのだろう。
どのような仕組みになっているのか、フランチェスカにはまったくわからなかったが、使い方さえ解れば利用はできる。前世で鉄次が慣れ親しんでいた電話やテレビだってそういうものだった。
もしかすると、この国には、あれらと似たような魔法もあるのかもしれない。さすがは大国だ。
数日ぶりにゆっくりと湯船につかって風呂を満喫したあと、昼に作ったスープを温め直し、慎ましやかな晩餐となった。
夕食後、アッシュは今朝使った分の初級ポーションを補充するため薬の調合をすると部屋に籠もったので、フランチェスカは許可を得て地下貯蔵庫にしまわれていた藁で明日のために必要なものを作り始めた。きちんと記憶通りに作れるものか不安であったが、フランチェスカは鉄次と比べても器用さに差はないようだった。
ほどなく、必要な道具は一通り揃えることができた。あとは、できるだけ予備知識を入れたい。あてがわれた部屋の本棚から、植物図鑑を引っ張り出した。
公爵令嬢だった頃に培った植物の情報は、観賞用の園芸品種ばかりだ。今必要なのは、そういったものではない。山野に生えている野草や山菜、木の実やキノコ。そういった類いのことが知りたかった。
精密な絵がびっしりと描き込まれた植物図鑑には、植物の名前だけでなく、薬効や毒性、食用に適しているかどうか。そういった情報も細かく載っている。園芸品種や食用野菜などが前世に馴染んでいたものと変わりなかったため予測していたが、やはり見知った植物がこちらにも多く存在しているようだった。
希に見慣れないものもあったが、それはだいたいが植物自体が魔力を蓄える性質を持ったもので、この世界独特のものなのだろう。
(これなら……。動物の習性も、地球と変わりないはず)
そう確信を得たところで、フランチェスカは早めに就寝することにした。ベッドに潜り込み、目を閉じる。隣室からは、ときおり物音が聞こえたので、アッシュはまだ起きているのだろう。
吹雪はいつのまにか、すっかりと止んでいた。




