第五話 追放された令嬢は、恩返しを決意する
「いやっ、ぼ、僕のことはいいからっ。それより、貴族のご令嬢がなんであんな雪山に? それもあんな格好でひとりで……」
「それは……。その、家を追い出されてしまいまして」
聞かれるだろうとは思っていたことだが、言葉に詰まる。全てを話すには、まだ気持ちの整理はついていないし、かといって罪を犯して国外追放されたと思われては、帝国からも追い出されてしまうかもしれない。
何と説明したものかと言いよどむフランチェスカに、アッシュは「まあ、いいけど」と溜息交じりにつぶやいた。
「言いたくないなら別にいいよ。にしても、調子が狂うなぁ。初めて会ったときの鬼気迫る勢いはどこ行ったのさ」
「え?」
「洞窟では問答無用で襲いかかってきたくせに、いちいち言葉遣いも丁寧だし……てっきりものすごいじゃじゃ馬娘かと思ってたのに」
「洞窟……」
洞窟、問答無用。
最初は何を言われているのか解らなかったが、ようやく気を失う前の最後の記憶と結びついた。
そうだ。あの時……。
洞窟に入り込んできた獣を、先手必勝で倒そうとしたではないか!
「もっ、申し訳ございませんっ! てっきり、吹雪で逃げ込んできた獣かとっ! 思って……っ!」
「け、獣!?」
「まっ、まさかあんな天候で、真夜中に、人が来るとは思いもせずっ」
「いやまぁ、分かるけど。だから僕も驚いたし」
フランチェスカがそう思ったように、アッシュだってまさかあの場に人間がいるとは思っていなかったのだろう。
それにしたって、何者かと確認すらしなかったのはフランチェスカの落ち度だ。完全に不意打ちを狙った一撃を凌いだのは、アッシュがそれだけ魔法に秀でていたからに違いない。
フランチェスカは治癒魔法などとても扱えない落ちこぼれだが、身体強化に関してだけは一流だ。自身を強化した上での体術は、王立学院でも指折りの実力だった。不意打ちを、さらに初見で防がれたのは初めてのことだったので、あの瞬間に、あ、これは死んだ、と思ったのである。
逆を言えば、アッシュでなければ、フランチェスカは罪のない人を勘違いで殺めてしまっていたかもしれないのだ。
危険人物扱いされても、まったく文句が言えない。それなのに、突然襲ってきた人間を家に連れて帰り、介抱してくれるだなんて。なんと心根の優しい少年だろうか。
(このご恩は、なんとしてもお返ししなくてはなりません……っ)
ぐっと膝の上で拳を握りしめ、フランチェスカは決意した。ほぼ身一つで追放されたため所持金すらもないが、なんとしてもアッシュに恩を返さねばなるまい。
「ご無礼をいたしましたのに、助けていただいて、本当にありがとうございます」
「別に……。流石に、目の前で死なれたら寝覚め悪いし……」
もごもごと語尾が弱くなっていって、最後はよく聞き取れなかった。アッシュは随分と照れ屋のようだ。ならばあまり言葉を重ねるよりも、行動で感謝を表していくべきだろう。
「それで、こちらは……。そのう、コンステラ帝国、でよろしいのでしょうか?」
「そうだよ。アミティア辺境伯領のラカン村。冬には雪に閉ざされる、辺境も辺境の小さな村さ」
ちらりとアッシュが目をやったのは、窓の外だった。相も変わらず吹雪いており、止む気配はない。なんでも、フランチェスカが追放されたあの晩から二日間、時折勢いが弱くなるくらいでずっとこの調子なのだという。
いくら王太子妃教育が広範に及んだとはいえ、隣国の辺境についてまで知識は及ばない。ただ、アミティア辺境伯については知っていた。コンステラ帝国の北東部に広大な領土を持っており、ライオネル王国とはアルブラン山脈を挟んで隣あっている。百年ほど前は何度も小競り合いが発生していた場所だ。もっとも、険しい山を避け、山脈を迂回する街道が戦場となることがほとんどであったはずである。
「君、ライオネルの貴族だよな? よくあの洞窟まで登ってこれたね」
「身体強化が扱えますので、それでなんとか……」
フランチェスカが逃げ込んだ洞窟は、尾根を越えた先であり、既にコンステラ帝国側であったはずだ。ライオネル王国の者がそこまで入り込むことは滅多にない。それはコンステラ帝国側も同様であろうが。
「そういえば、アッシュは何故あの場に?」
「あぁ……。あの洞窟の奥に、異常な魔力反応があったから原因を探りに行こうと思ったんだけど……」
「まあ、そんなものが?」
寒さで意識朦朧としていたフランチェスカは、まったくそんなことは気付かなかった。いや、意識がはっきりしていても、気付けるかどうかは解らないが。しかしその調査は、フランチェスカを発見したことにより中断することになったため、原因が何だったのかは不明のままだという。
ますます申し訳なくなってしまった。
「べ、別に、ちょっと気になって見に行っただけだからっ」
しゅんと落ち込むフランチェスカに、アッシュは気にしなくていいと言ってくれる。本当に優しい。フランチェスカはなんだか胸がほっこりとした。
ついにこにこしていたら、拗ねたような顔をされてしまう。
けたたましいノックの音が響いたのは、アッシュがその顔やめろ、と言いかけた時だった。




