第十話 フランチェスカは変な子だ。
本日もアッシュ視点。
フランチェスカは、変な女の子だった。
見た目は、文句なしの美少女だ。月のような青みがかった銀色の髪に、光の加減で金色にも見える琥珀色の瞳は、とても神秘的で、彼女の美貌を際立たせている。
正直、女の子どころか、人と話すことすら苦手なアッシュからしたら、近寄りがたいし声をかけるなんてとてもできやしないし、関わるなんてもっての他だろう、と思ってしまうような少女だ。
彼女が身につけていたドレスや装飾品は、どれも一流のものであったので、恐らくライオネル王国の、かなり高い身分の女性だろうと予想している。その割には態度に偉ぶったところがなく、見るからに平民出身のアッシュにも腰が低い。
世間知らずの箱入り娘なのだろうか、と思ってしまいそうなところだが、初めて会ったときの鬼気迫る勢いを思い出すとそうとも言えない。
あの時の、死んでたまるかという強い意思と、アッシュの防御障壁すら砕いてしまう身体強化術は実に見事だった。フランチェスカのそれは、女神の魔法によるものだろう。神聖力が強いのくらいは、見ればわかる。そのうち、女神の魔法も見せてもらいたいものだ。アッシュが扱う魔法とどう違って、どんなふうに発現し作用するのか研究したい。
女神の魔法なんて扱える人間が少なく、しかも帝国にはほぼいないので非常に興味深かった。
女の子となんて、ろくに話したことも接したこともないのに、しばらく家においてあげてもいいなんて言ってしまったのは、そんな好奇心故でもある。……この村に宿がないというのも事実ではあるが、村の外に連れ出してやれないというわけでもないので。
べべリーまで連れて行けると話したら、じゃあここを出ていって、宝石を売って宿を取るとでも言い出すかなと思ったけれど、そんなことはなかった。どうやら、フランチェスカは命を助けて貰ったのだから恩返しをしなくては、と思っているらしい。
助けたのは、流石に目の前で死なれるのは寝覚めが悪いからで、家に連れて帰って熱冷ましを飲ませただけなんだから、そんなに重くとらえないでほしいところなのだが。
身一つで山をさまよっていたあたり、訳ありなのは明らかだ。家名を名乗らず、家に帰りたいとも言わないあたり、実家絡みで面倒に巻き込まれたか、放逐されたかだろうか。行くところもなく、所持金もないから、余計に恩に感じているのかもしれない。
そんな義理堅い、真面目な娘がどうしてひとりで山をさまようことになったのだろうか。
確かに貴族の令嬢にしては、変だが。
あり合わせのものでさっさと料理を作ってしまう手際といい、掃除といい手慣れている。荒れたようすのない白い手から見るに、これまでメイドに傅かれてなんでもやって貰っていた身分であるはずなのに。
それだけでも変なのに、藁で自作したという道具だけで早朝から山に入り、野ウサギを十一羽も獲ってきた。捌くのだって見事な手際で、熟練の猟師ってこんな感じかも知れない、と思わせるほどだ。
アッシュは平民の出ではあるけれど、男爵位を貰った時に貴族後見人にいろいろ叩き込まれたし、貴族令嬢とも多少なり関わったことがある。帝国と王国では貴族にも違いがあるのかもしれないが、猟師みたいな貴族令嬢なんて流石にいないだろう。
とはいえ、そういうところが変だから、といって神聖力を持った年若い娘が家を追い出されるということもなかろう。何かのっぴきならない事情があるのは確実だ。本人に聞けばはやいのだが、言いにくそうにしていたし、言わなくていいと言った手前今更聞き出すのも躊躇われる。
べべリーで念のため、情報収集だけしておこうか。
頭の中で算段を付けながら、フランチェスカを伴って、村長の家に向かう。既に昼は大きく過ぎ、お茶の時間だ。
冬のこの時期、この村の男衆はほとんど出稼ぎに出ていて、村にいるのは女子どもと老人ばかり。村長の家もまた、村長と孫しか居ない。
そんな状態であるので、野ウサギの肉は思いの外喜ばれた。
「こ、こんなにたくさん……! どうしたべさ、アッシュ」
「フランチェスカが獲ってきたんだ。明日も獲ってきてくれるらしいから、乾し肉用の塩が余ってたら交換して欲しいんだけど」
村長の家に持ち込んだのは、十羽分の肉だった。一羽は今夜の夕食用にするらしい。フランチェスカが言うには、明日もたくさん獲れるだろうということなので、皮だけは売るために確保し、肉は全て村長に渡してしまうことにした。
「こりゃありがてぇが……。生憎量は残っとらんでよ」
「ないならないでいいよ」
「おめさは、またそういうこと言うて……。ちっと待ってろ」
そう言って、村長は地下の貯蔵庫へ向かい、戻ってきたときには塩一袋と野菜の酢漬けを二瓶持ってきた。
「冬だからなぁ、あんまし代えてやれるもんもなくてすまんだよ」
辺境の村では、冬支度はなかなか大変だ。どの家も自分たちの食糧を確保するので精一杯。特に肉類は、秋に家畜を潰して作った乾し肉やハム、ベーコンといった加工食品しか入手は難しい。
「おめさが夏に作ってくれた温室で野菜も育ててるけんど、まだ収穫できるほど育っとらんでな。あと十日もしたら採れるべ、まっとってな」
「わかった、楽しみにしてる。フランチェスカも、それでいい?」
「はい」
「ほんで、そんだらべっぴんさん、どっから拐かしてきたべさ」
「人聞きの悪い。この前の吹雪の時に、山で生き倒れてたから拾ったんだよ」
「ほーかほーか、そんだら災難じゃったのぉ」
けたけた笑う村長は、フランチェスカの出自やら何やらは、気にしていないようだった。村を預かる立場として、余所者には警戒心を持ってもよさそうなものだが、あるのは好奇心と打算のようだ。
「べっぴんさん、猟師かね?」
「えっ、あ……はい、マタギです」
「マタギ?」
初めて聞く単語だな、と思ったが、フランチェスカの故郷では猟師のことをそう言うらしい。貴族の令嬢が猟師なんてそんなわけはなかろうが、訳ありならば出自は明かしたくないだろう。
「ほんだらぁ、肉さまた持ってきてくれんかね。猟師のアブロー爺さんがくたばってから、猟ができるもんもおらんでの。冬場はろくに手には入らんのじゃ」
「はっ、はい! お任せください」
ぱあっと満面の笑顔を浮かべ、フランチェスカは頷いた。頼られた、任された、と嬉しそうだ。ちょっとドキッとしたのは、単に彼女が美人だからだろう。




