第九話 魔法オタクにも意地がある。
今回はアッシュ視点
目が覚めたら、既に昼過ぎだった――というのは、アッシュにとって珍しいことではない。もともと夜型で、魔法の研究や実験にのめり込むと、寝るのも食べるのも忘れて没頭してしまう、というのも良くあることだった。
それなので、消費した分の初級ポーションや熱冷ましを補充したあとも、あれもこれもと材料の許す限り作り続けてしまったのもいつものことではある。無意識にもベッドに潜りこんでいただけ、まだマシな方だ。場合によっては床や机で寝てしまうなんてこともザラだったので。
昼を過ぎたところでようやく起き出して、顔を洗いに部屋をでたのだが――そこでアッシュは仰天した。
何故といって、居間のテーブルの上に、ウサギがこんもり山になっていたからだ。
「はっ!? え、何!?」
「アッシュ、もしかして今まで寝ていたのですか?」
「えっ、うん、朝方まで作業してたから。って、このウサギの山どうしたの」
たまにアッシュが調合にも使うため、居間のテーブルは作業台として十分なほど大きい。しかしそこに野ウサギが十羽ほど山と積み上がっている、なんてのは初めて見る光景だ。当たり前である。独り暮らしで一度に十羽も野ウサギを調理することなんてない。
というかそもそも、料理などろくにしない都会育ちには、捌かれていない肉など縁のないものだ。
「山から授かってきました」
「さず……えっ?」
フランチェスカはちょうど、野ウサギの解体を始めようとしていたところらしい。この家にもともとあった調理器具の他に、解体用のナイフもどこかから見つけてきたようだ。
しかし授かった、というのはどういうことだろう。怪訝に思っていたら、食い違いに気付いたように、フランチェスカは「山で狩ってきました」と言いなおした。
「……狩って? これ、全部?」
ひい、ふう、みい、ときちんと数えてみたら、野ウサギは十一羽だった。血抜きはされているらしいが、それにしても大猟だ。
帝国の貴族も、良く冬は狐狩りをしているのは知っているが、女性はお茶をしながら待っているものなのではなかったか。ライオネル王国では違うのだろうか。
「はい。この山は獲物が豊富ですね。今日食べきれない分は乾し肉にしようと思うのですが、塩はこちらにある分だけでしょうか」
こともなげに言うご令嬢に、アッシュは正直戸惑った。これまでも貴族令嬢という生き物には何人か会ったことがあるが、朝からひとりで野ウサギを十一羽も狩ってきて、自分で解体しようとするような子は初めてだ。少なくとも、アッシュの知るご令嬢たちは、野ウサギの解体なんてしたこともないだろう。もちろん、乾し肉だって作ったことなんかないに決まっている。
「……保存食も分けて貰ってるから、この家には塩の備蓄はそんなにないよ」
「ああ、そうでしたか……。どうしましょう……。相談してから狩ってくるべきでしたわ……」
冬とはいえ、この量を腐る前に二人で食べきれるかというと、少々微妙なところだ。いや、魔法で冷凍せずとも、この気温ならば野外に放置すれば凍らせられそうだ。それで保存ができるのか、味がどうなのかまではアッシュには解らないが。
「……村長のところに持ち込めば、塩と肉を交換してもらえるかもしれないな」
「そうですか。……あの、もしやこの村には、宝石や毛皮などを買い取ってくださるような店はないのでしょうか」
「そういうのは、べべリーまでいかないとないね。冬は行商人も来ないし」
「……そう、ですか」
見るからにしゅんとしおれたフランチェスカの様子に、アッシュは内心焦った。滅多にみることがないような美少女が落ち込んでいるのだ。自分が何かしたわけでもないのに、悪いことをしたような気持ちになってしまう。
「べべリーというのは、遠いのでしょうか」
「この村からだと、馬車で二日かかるよ。この時期はすぐ街道が雪で埋まるから、馬車なんて走らせられないし、歩いて行くのも危険だと思う」
冬の間は雪で閉ざされる僻地なので、村人はみんな冬支度をしっかりとする。それでも食糧が足りなくなることもあるが、その場合は村長の家に転送陣があるので、付き合いのある街の商人に物資を送って貰うのだ。
それは本当に緊急時の、どうしようもない時のみの措置で、この数年の間に帝国内で普及しはじめた制度である。
ライオネル王国にはやはりこの手の魔法を使った物資の配給はないそうで、フランチェスカは随分と驚いていた。
「……では、そのぅ、服屋さんなどもないのでしょうか?」
「……あっ。うん、ないね……」
そうか、と。
ようやく、アッシュは理解した。着の身着のまま行き倒れていたフランチェスカには、必要なものがたくさんあって、しかしこの村はいま、それが気軽に入手できない状況であることに。
我ながら、ここまで気が回らないとは……と、少しばかり情けなくなってくる。研究者集団である魔塔の中ですら、社交的とは言い難い自覚はあったけれど。
「えっと……、明日、行こうか?」
「え?」
「ぼ、僕も売りたいものあるしっ! ついでにっ」
「ですが、遠いのでは?」
「僕、魔法使いだから大丈夫」
歩くか馬車か馬か、という移動手段しかない村人とは違うのだ。アッシュには街道が雪で閉ざされていようと、べべリーどころか帝都まで行く手段はある。ただ単に、人混みは苦手だから極力行きたくない、というだけで。
「まあ……。それじゃあ、よろしくお願いいたします」
「ん。それ、手伝おうか」
十一羽もひとりで捌くのは大変だろうと思っての言葉だったが、こればっかりは、言わなければよかったとすぐに後悔した。
皮を剥がれたウサギの姿の時点でウエってなったし、内蔵とか見てられない。いっそ、一瞬で動物を解体する魔法でもあみだしてやろうか。本気で思ったが、なんだか、なんとなく、怖いから見たくないとは言いたくない。
魔法オタクにも、男の子の意地があったようである。




