08 インダスター帝国の辺境の街
インダスター帝国の東の端、国境を接する街は貿易で栄えた街だ。
数多くの商人や冒険者が行き交い、領主を務める女伯爵は文武両道で有名な人物で、不正を一切許さないという謹厳実直な人柄で知られている。
「とりあえず、ギルド窓口で依頼主が住んでるところを確認しよっか。あと、ギルド提携の宿もとらなきゃ」
「そうですね。ちょうどあそこにいる四人組の方、多分冒険者でしょう。ちょっと聞いてきます」
「えっ? ちょ、ちょっとケント?」
かなり大きな街で、そこかしこに冒険者と思しき者が行き交っている。
ケントが向かっていた先にいるのは、よりによって大柄でひどく人相の悪い男たちだった。
「すみません、ちょっとお話を伺いたいのですが」
「……あ? 誰だテメェ」
案の定、最も大柄な、大剣を背中に備えた男が鋭い目つきでケントを睨みつけた。
が、意外なくらいケントは落ち着いて、全く怯む様子がない。
「この街に来たばかりで道がわからないのですが、冒険者ギルドの事務所はどちらでしょうか?」
「あ? なんだ手前ぇそんなナリで冒険者かぁ? おいおい、そんなヒョロい身体で戦えんのかよ?」
「僕は絵描きでして、戦いは門外漢なんです。依頼をいただいてこの街に来たんですが」
「……なるほどな、お前絵描きか。ギルドだったらこの道真っすぐ行ったら噴水広場があるからよ、その広場の奥、領主の館の側にあるぜ」
「噴水広場の近くですね、ご丁寧にありがとうございました。助かりました」
「お、おう……」
ぺこ、と軽く頭をさげてケントはシェリーのもとにのんびりと戻ってきた。
「親切な方でした。道を教えてくれましたよ」
「……だ、大丈夫だったの? ケント、あなた意外と度胸があるわね」
「いえ、そういうわけではないですよ。ほら、あそこ」
ケントが指さした先には、ハルバードで武装した騎士たちが立って警備をしている。
一箇所ではない。目に入るだけでも複数の箇所で、治安維持を役割としているであろう騎士たちが立っていた。
「ちょっと柄の悪い方たちでしたが、揉め事を起こすことはなさそうですね。それだけ騎士が治安維持に熱心だということです。つまり、統治機構がちゃんと機能しています。領主の方の統治が上手く行っているという証拠です」
「ケント、あなた実はすごい人なんじゃないの?」
「いえ、僕はただのしがない絵描き、ということになってますよ。実際、僕は争うことと目立つことが苦手ですから、その方が都合がいいんです」
「そ、そうなんだ……じゃあ、とりあえずギルドに行って宿の確保と、あと依頼者の家の確認ね」
「そうしましょう」
石畳で舗装された道をまっすぐ歩くと、確かに広い広場があり、その中央には美しい噴水がある。
噴水の周囲には大勢の住民と思しき人々が集まっており、広場の周囲には多くの商店が軒を連ねている。
その中の一際大きな建物が、インダスター帝国ツァイス伯爵領の冒険者ギルドだ。
「ここね。入りましょ」
冒険者としては先輩、という自覚があるのか、シェリーが事務所へと入りケントがその少し後ろから続く。
ギルドの建物内は大勢の冒険者で賑っており、併設されている酒場からは賑やかな笑い声が聞こえてくる。が、ここでも治安は護られているようで、ドルマ王都のギルドのように絡んでくるものは誰もいなかった。
「同じ冒険者ギルドといっても、違うものですね」
「そうね、ここはよほど治安が良い……っていうか、文化的な水準っていうの? そういうのがドルマ王国とはちょっと違う感じがするわね」
「隣国とはいえ、教育や文化の水準が違うんでしょうか。僕にとってはこちらのほうが居心地が良さそうではありますね」
「同感。私もドルマ王国のあの『強いものだけが正義!』って感じがヤだったのよね。あと私、インダスター帝国の錬金術師協会にも登録しなきゃ。ドルマ王国は協会の登録抹消されちゃったし」
話しながら新参パーティ『宵闇の光明』は受付カウンターへと向かう。
「あの、すみません。依頼についてちょっと確認したいことがあって」
「はい、何でしょう?」
受付の女は愛想のよい笑顔を浮かべてシェリーへと向き直る。
「ドルマ王都のギルドでこの依頼を受けたの。依頼人の家を探してるんだけど、地図とかないかしら」
「えっと、ちょっと依頼票を確認しますね」
受付の若い女も、シェリーと同じく長い耳を持つエルフ族だ。
ひと目依頼票を見て、すぐにカウンター下から地図を取り出すと、カウンターの上に広げる。
「この依頼主はブロニカ商会の会長ですね。会長宅はここ、ギルド事務所からは少し離れてますけど、提携の宿からは近いですね。ドルマ王国から来られたみたいですけど、宿はもう取られました?」
「いえ、これからなんです」
「分かりました。そしたら依頼主の家から近い宿の仲介票をお出ししますね。……えっと、念の為確認ですけど、ご夫婦ですか?」
「いえ、ちがいます」
身を乗り出したシェリーに代わって、ケントが穏やかに即答する。
不満げなシェリーがじろりとケントを睨みつけるが、当のケントは穏やかな笑みを浮かべたまま動じない。
「そしたら2部屋分ですね。宿は『フクロウの巣』亭です。肖像画の依頼ですけど、絵の道具なんかは……?」
「ちょっと別の場所に保管していまして。商売道具ですからね。それにかさばりますから、あまり手に持って歩くわけにも行かないんです」
「あぁ、なるほど。たしかにですね。じゃあ、ブロニカ商会長にはギルドから使いを出しておきます。訪問は明日にしますか? 明後日にしますか?」
「できるだけ早くが良いですね。もし商会長のご都合が良ければ、明日伺いたいのですが」
「分かりました。そしたら今日の内に都合を確認しておきます。明日面会ご希望の旨も伝えておきますね。明日は一度こちらの窓口で確認してから、商会長の邸宅を訪ねてください。もし調整が必要なときには商会長の侍従か秘書さんから話があると思います」
「分かりました、ありがとうございます。助かります」
ドルマ王都のギルドでの対応とは全く正反対と言っていいほどに親切で丁寧、そして便利なサービスが提供されている。
同じギルドとはいえ、ここまで違うものかとケントもシェリーも驚きのあまり顔を見合わせた。
「ね、ねぇ? ちょっと確認なんだけど……その、色々やってくれるのはありがたいんだけど、追加料金とか発生したりしない?」
「いえ? 冒険者ギルドは依頼の仲介役ですから、仲介した依頼が達成されやすくなるよう動くのは当然です。その方が依頼者のためにもなりますし、依頼を受ける側のためにもなりますから」
「確かに、仰ることごもっともですね……ドルマ王都のギルドとはあまりにも対応が違いましたので、少々驚いてしまいました。すみません、失礼なことを申し上げてしまいましたね」
「あぁ、ドルマ王都ですか……あそこ、確かに評判悪いですね。すごくこう、不親切というか……討伐とかダンジョン探索系の依頼には協力的なんですけど、それ以外の依頼は結構扱いが雑というか、後回しというか……すみません、他所の国の組織のことで愚痴ったりするのは良くなかったですね」
「いえ、とんでもないことです。何はともあれ、本当に助かりました。ありがとうございます。まずは宿に向かうことにします」
「はい。依頼がんばってくださいね。あぁそれから」
受付のエルフの娘はにっこりと笑顔を浮かべる。美しい容貌のものが多い事で知られるエルフ族の娘なだけに、その笑顔はとびきり美しい。
「インダスター帝国へようこそ。拠点変更も承りました。お住まいを宿から賃貸とか、持ち家に変えられる時もご相談くださいね」
「重ね重ね、ありがとうございます。ではまた」
ギルドの建物を後にしたシェリーとケントは、ほぼ宝の地図状態にメモ書きされた地図を見ながら、騎士たちが護る街をゆっくりと歩いていく。
スリや浮浪者なども見当たらず、通りにはゴミもほとんど落ちていない。
ドルマ王都とは衛生水準も治安の水準もまるで別世界だ。
噴水広場から歩くこと20分程度、冒険者ギルド提携の宿で宿泊の手続きを済ませると、シェリーとケントは隣り合った部屋に入り、しばらくの休息となった。
シェリーは窓を開け、宿の2階にある部屋から外を眺める。
レンガ造りの建物が整然と並び、道は石畳で美しく舗装されているだけではなく、2頭引きの馬車が余裕を持ってすれ違えるほどの道幅が確保されている。
建築のレベルや工事技術の水準といった話ではない。もはや文化水準そのものが別次元と言って良いほどの差だった。
「こりゃ帰りたく無くなるわ……」
そう呟いて、窓を開けたままシェリーは肩掛けカバンを漁る。
まるで宝物でも扱うようにそっと取り出したのは、この日ケントが撮った『世界初のポートレート』、シェリーが写った写真である。
乾式ガラス写真であれば、本来は陰陽反転した絵になるはずだが、ケントの持つ『反転』のスキルにより、ネガではなくそのままで視ることが出来る状態になっていた。
「えへ……えへへへへへぇ、やっば……これってアレよね、絶対そういう事よね……?」
ケントは知らないことであったが、エルフ族において『似顔絵を描いて贈る』のは、特別な親愛の情を示すものだ。
端的に言えば、女の絵を描いてプレゼントすることは、エルフ族においてプロポーズを意味する。
「亡くなった奥さんが忘れられないとか言って、やっぱりケントもしっかりオトコじゃない……昔からヒト族のオトコにとってエルフ女って間違いないのよね。ってことはケントも、そういう目で私を見てたってことよね? 何よ、思わせぶりなこと言っといて、しっかり見るとこ見てたんじゃないの。……っていけない! お風呂! 今日プロポーズしてきたってことは、絶対返事聞きに来るわ! その後はもう食事をして、お酒も飲んで、いい雰囲気になったら当然ウヘヘな事もするわよね? どうしよ、私もう3日お風呂入ってないからニオイとかしないかな……あ、下着もちゃんと可愛いのに替え――」
「シェリーさん、入ってもいいですか?」
「はひぃ!?」
シェリーがスカートの中に手を突っ込んで下着を脱ぎかけたところで、ドアが静かにノックされる。
「あ、ちょ、ちょっと! ちょっと待って!」
「あ、はい、すみません」
大慌てで下着を履き直して、ぱたぱたと服の埃を払い、長い髪を手ぐしで整えてから静かにドアを開けたシェリーは、なぜか頰を赤らめて潤んだ目でケントをじっと見つめている。
なにかを期待しているような、嬉しそうな笑みを浮かべてソワソワしながら、部屋の入口で立っていた。
「……あの、シェリーさん?」
「なぁに? ……ね、ねぇケント? あの、私、心の準備は出来てるから」
「シェリーさん……? あの、入ってもいいですか?」
「えっ? も、もう? あの、で、出来ればお風呂をすませてからのほうが……」
「いえ、すぐ済みますから。明日の予定の確認なんですが、朝から依頼主の方の邸宅にお邪魔して、明日撮影ができるかどうかを確認しようと思います。念の為に何枚か感光ガラスを作っておきたいんです」
「…………は?」
至って真面目な表情のケントに、シェリーは少し低い声で聞き返す。
「いえ、ですから予備の感光ガラスを」
「ねぇケント? 念の為に聞くけど、用事はそれだけ?」
「……それだけ、とは……? あぁ、今日の夕食ですか?」
「ち……」
「ち?」
「ちっがぁう! そうじゃない! もっとこう、ほら、あるでしょ!? ねぇ!? 新しい土地に来て! パーティも組んで! 正式にパートナーになって! 一緒に活動しましょうっていうこの時に! 私の光画をプレゼントするって、『そういうこと』なんでしょ!?」
シェリーは思わずぐい、とケントの服の襟首を掴んでガクガクと前後に揺さぶってきた。
「ちょ、ちょっとシェリーさん、落ち着いてください! どどどどうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもあるかぁ! ケント! あんたあの光画はどういうつもりで私にプレゼントしたのよ! 言ってみなさいよ!」
「ど、どういうつもりも何も、初めて撮ったポートレートですし、シェリーさんなくしてはなし得なかったことですし、シェリーさんを撮って差し上げたいと思いまして、それで」
「…………ねぇケント、あなたエルフ族には詳しい?」
「い、いえ、申し訳ありません。僕はその、エルフ族については何も……皆さん美人ばかりだなとは思いますが」
はぁ、と特大のクソデカため息を吐いて、ぎゅっと握ったままの襟首を思い切り引き寄せ、ケントの顔をぐいっと近づける。
「この鈍感」
そう呟くと、シェリーはなかば強引にケントにキスをしてきた。
「エルフ女に肖像画を贈るのはプロポーズなの! ケントは、私にプロポーズしたの!」
「え」
流石に、妻にすら「朴念仁」「唐変木」「鈍感」「女心が分からない」と苦笑交じりに言われていたケントでも、ここまでどストレートに言われたら理解できてしまう。
「いえ、あ、あの、シェリーさん、僕はあの」
「わかってるわよ! ケントはセプトパール大陸の出身だし? エルフ族のことも知らないだろうし? 当然プロポーズの自覚なんて無いだろうなーって思ってはいたし? まぁわかってたわよ? 何よ、泣いてなんかないわよ?」
「す、すみませんシェリーさん……あの、僕はその、そういうつもりでは」
シェリーは再びケントの服を引っ張って、今度は豪快にベッドに押し倒した。
「そんなつもりもこんなつもりも無いわよ。エルフ女をその気にさせた以上、責任は取ってもらうからね」
「え、い、いや、あの」
無言でケントに覆いかぶさったシェリーは、いかにも逃さんと言わんばかりにケントに正面から抱きついて、貪るようにキスを始めた。
ケントが無事に開放されたのは、たっぷり30分はキスを浴びせられたあとのことである。




