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07 光を集めるもの

 ドルマ王国とインダスター帝国の国境にほど近い、小さな町の宿の一室では、夜遅くまで木を切って加工する音がなり続いていた。

 さいわい、他の宿泊客もおらず苦情を言うものも居ない。

 すでに2泊目に入っている若い男女の客は、ほぼ丸1日部屋から出ることなく、2人で一緒に作業をしている。

 

「まぁ、若い男女が二人きりだ、仲が良いんだろうけども……日がな1日ヤり続けてよくカラダが持つモンだ。若いってなァ羨ましいねぇ」

 

 宿の主人である老いた男は、閉じたままのドアを一瞥してから自室へと戻っていった。

 部屋の中では、エルフ族の女が机の上でガラスを加工している。

 昨日から作成を始めた特殊な形状のガラスは、若い男が言うには『レンズ』という魔道具になるとのことだった。

 

「今度はどう? 使えそう?」

 

 シェリーは明らかに疲労困憊であろう表情を隠そうともしない。

 作り直しは、今回で実に27回目だ。

 ケントにレンズを手渡したシェリーはテーブルに突っ伏して、声にならない唸り声のような声を上げる。

 レンズを受け取ったケントはあらかじめ作っておいた木枠にレンズをはめ込み、慎重に調整をしながら窓の外へと向ける。

 シェリーに特別に作らせた磨りガラスの位置を微妙な手つきで前後に動かしてから、ケントは満面の笑みを浮かべた。

 

「シェリーさん、成功です! 完璧ですよ!」

 

 がばっ、と顔を上げたシェリーは、ケントと頬をくっつけるくらいに顔を寄せて、眼の前の磨りガラスへと目を向けた。

 上下左右が反転した画像が、磨りガラスに映し出されている。

 

「…………すごい、なにコレ……」

「これが、レンズの力なんです。素晴らしいですよシェリーさん! やっぱりあなたは天才です! ガラスのシェリーの名前は伊達じゃありませんでした!」

「え? そ、そう? まぁほら、私も伊達に長生きしてないし? それにねぇ? 『ガラスの』なんて二つ名つけられるくらいだし?」

「完璧です……理論上完璧な、均一な密度のガラスに、完璧なカット、完璧な磨き……すごい、現実には存在しないと思ってた、完璧なテッサーのレンズが……」

 

 少し褒められただけでもすぐに調子に乗る、実にチョロいシェリーには目もくれず、ケントはじっとレンズに見入っていた。

 曇りも歪みも一切ない、「研磨をしないでも完璧なレンズの形に作り出されたガラス」などという、日本はおろか地球ではまず実現不可能なガラスレンズが、この『バルゴ』の世界では魔法を使えば生み出せる。

 4枚のガラスレンズを組み合わせて作る、比較的シンプルな構成のテッサーレンズは、非常に高い解像度を誇るレンズだ。

 

「焦点距離は……よし、設計通り大体250ミリといったところですね。そしたら、このケースに取り付けてやれば」

 

 ケントが亜空間収納から取り出したのは、金属の筒を加工して作った、レンズを組み立てて使うための外装部分、それに薄い金属版を精密に加工して作り出した『絞り』と呼ばれる機構だ。

 

「ねぇケント、あなたって絵描きな割に木工とか、そういう精密な金属加工も出来るのね? それも何か随分慣れてたじゃない?」

「えぇまぁ、こういうのは以前作った事がありますから。……よく覚えていますよ。何百回も失敗をして、何百回も作り直して……寸法も形も、全部覚えています。作り方も、材料の加工方法も、組み立てる順番も」

 

 もちろん、電動工具などの便利な道具はバルゴには存在しない。

 すべて手動での細かな、緻密な作業を経て作り出す必要がある。そして幸いなことに、ケントは実に我慢強く、さらに手先が器用な男だ。

 おまけに、ケントには「器用」のスキルも授けられている。さらにスキルレベルば最高位の10となっており、彼のフリーハンドでの木材加工は、粗末な道具を使ってなお誤差0.2ミリ以下、角度の誤差に至っては0.5度未満という、コンピュータ制御の工作機械以上の精密さを誇っている。

 作り出されたのはバレルレンズと呼ばれるもので、シャッター機構などは何もついていないレンズだった。が、シャッターについてもケントはすでに作り出していた。

 

「その、なんか変な箱を先につけて使うの?」

「はい。これはソルントンシャッターというものです。穴が空いた幕が高速で動くことで、一瞬だけレンズに光を通すことが出来るんです」

 

 ケントが取り出したのは、丸い穴が空いた小さな弁当箱のような木箱だ。

 いくつかの箱を取り出して、ひとつひとつバレルレンズの先端にはめ込んでみる。

 

「このダイヤルを回すと、金属を丸めて作ったゼンマイが巻かれてシャッターチャージ……その、幕を動かす力をためる事が出来ます。そしてここでストッパーがかかり、このレバーを押すと」

 

 ガシュッ、という音を立てて、勢いよくシャッター幕と呼ばれる黒い布が左右に動き、一瞬だけ中央に穴が空いた部分が現れるが、またすぐにレンズは幕の布に覆われる。

 

「こうやって、一瞬だけ光を通すことが出来るようになるんです。これが1秒、こっちが0.5秒、それは0.1秒。まぁどれも体感でしかありませんが、60分の1秒のシャッターまでがあれば、あとは絞りの調節で何とかなるでしょう」

「……ケントってさ、こういうモノ作りで食べていこうとは思わなかったの?」

「いえ、僕が作れるものは、こういう道具だけなんですよ。あとはまぁ、一人暮らしが長かったこともありますから料理は出来ますが」

「そっか、奥さん亡くなっちゃったんだっけ……」

「はい。まぁ妻も料理は苦手でしたので、結婚する前くらいから僕が作っていましたけどね」

 

 ケントは懐かしそうな、それでいて少しうれしそうな笑みを浮かべ、シャッターの箱を亜空間収納に丁寧に収めていく。

 

「さぁ、そんなことよりも。見て下さいシェリーさん、これが僕達の新しい商売道具ですよ」

 

 そう言ってケントが取り出したのは、シェリーが見たこともない木の箱のような物体だ。

 神から『器用』のスキルを授かっていたケントにとって、木材を加工してフィールドカメラの枠を作り、厚手の紙と薄い皮革を使って蛇腹を作る程度のことは造作もない作業だった。

 ただでさえ、日本で生きていた頃に何度も繰り返したカメラづくりの作業だ。必要な作業項目や手順、手の動かし方に至るまで、すべてケントの頭と指が覚えていた。

 

「昼食を食べたら、試し撮りに出かけましょう。昨日ここのご主人に聞いたら、少し歩いた先にある丘から見える景色がきれいなんだそうです。是非撮りに言ってみましょう」

「え、えぇ、そうね。ガラス板は補充しなくて大丈夫?」

「はい。昨日作って頂いたので、しばらくは持つでしょう。テスト撮影で今日何枚か使いますから、また今夜10枚程度補充をお願いします」

「わかったわ。じゃあ、とりあえず腹ごしらえでもしましょっか」

 

 シェリーとケントは荷物をすべて亜空間収納に詰め込み、宿に近い食堂で粗末な昼食を済ませて意気揚々と出かけていった。

 シェリーにとって、ケントの作業は初めて見るものばかりだった。

 三脚と呼ばれる木製の伸び縮みする脚の上に、ケントが『カメラ』とよぶ木の箱を乗せ、怪しげな布をかぶってあちこち弄り回している。

 しばらくして布の下から顔をのぞかせたケントが、シェリーに向かって笑顔で手招きをしてきた。

 

「ん? なになに、どしたの?」

「どうぞ、見てみてください。これがシェリーさんが作り出したレンズを通してみる世界です」

 

 シェリーが布の下に潜り込むように顔を突っ込んで、眼の前に据えられた磨りガラスに視線を向ける。

 

「…………うっ……わぁ……」

 

 磨りガラスに映し出された像を見て、思わずシェリーは言葉を失った。

 

 遠くに見えるはずの風景が、まるで眼の前に切り取られたかのように映し出されている。

 はるか彼方の山々、その手前にある湖と、湖畔の森。

 湖の手前側には草原が広がり、ところどころ古い神殿の遺跡であろうか、石造りの崩れかけた建物が見て取れる。

 自分の目で直接見たものとは明らかに異なる、まさしく『光景を写し撮った絵画』と言えるものだ。

 

「……だから、光画師なんだ……」

 

 ようやく出てきた言葉に、ケントは満足げに頷いた。

 そっと、恐る恐る布から顔を出したシェリーは、まるで酒にでも酔ったかのように潤んだ目に赤らんだ頬をしている。

 何度か眼の前に広がる光景と、布で覆われた磨りガラスに映し出された光景を見比べてから、ぺたんと草原の上にへたり込んだ。

 

「……すごい…………すごいわよケント! なにコレ何これナニこれ!? こんな事出来るの? えっ? なんで? どうなってるの? どういう理屈で?」

「その辺の原理を説明し始めるとすごく長くなりますが……要は、レンズを使って直進する光を屈折、収斂させて、この磨りガラスで像を結ぶようにしてあるんです。そこで、活躍するのが」

 

 ケントが亜空間収納を展開したバッグの中から、木の薄い箱のようなものを取り出した。

 

「この感光ガラスです」

 

 スライドできる薄い蓋が取り付けられており、その蓋の下には、そこにはシェリーがつくりだした『聖水』を薄く塗布した板ガラスがある。

 聖水の効果はどうやら乾燥してもガラス表面に均一に残るようで、何度かピンホールカメラでテストをしたところ湿板写真というよりは『乾板ガラスを使った大判カメラ』というような使い方が出来るようだった。

 これはケントにとっては非常に大きな発見だ。何しろ、湿板写真だと撮影場所についてから感光ガラスを作る必要があるが、この方法がとれれば、あらかじめ感光ガラスを何枚か作っておいて、撮影場所ではカメラを据えてピントを合わせるだけで良い。

 

「さぁ、撮影してみますね。この快晴な空だとサニーシックスティーンが使えるでしょうから……」

「ねぇケント、そのサニー何とかって何……?」

「あぁ、これは明るさの基準なんです。今日のように日中の屋外、快晴の状態であれば、絞り値……あの、このレンズの中の光の通り道の大きさなんですが、この狭さをF16という基準の狭さに合わせて、シャッターはフィルム……じゃないですね、感光ガラスの感度分の1秒に設定すれば、適正な明るさの写真が撮れる、という大雑把な目安なんです」

 

 残念なことに、このバルゴの世界には露出計などという便利なものは存在しない。ここで物を言うのは、長年の経験と勘だ。そしてケントには、90年分もの経験と勘があった。

「感光ガラスの感度がだいたいISO50相当だとしたら、F値16ならシャッタースピードは50分の1秒……4段分絞れば、シャッタースピードは2分の1秒で良さそうですね。そうしたら絞りは4段分で、22、32,45,64……F値64で行きましょうか……」

 

 何事か、呪文のような言葉をぶつぶつと呟きながら、ケントがカメラを細かく調整する。

 布を取り外して感光ガラスが入ったケースをカメラに差し込み、レンズ先端に取り付けたシャッターのゼンマイを回す。

 感光ガラスの蓋を抜き取り、シャッターのレバーを押すと『ガシュっ』という音を立てて一瞬だけ光が感光ガラスに当てられる。

 すぐに感光ガラスケースの蓋をしめてカメラから抜き取ると、ケントはシェリーを手招きした。

 

「ん? わたし? なになに? どしたの?」

「シェリーさん、ちょっとそこに立ってください。予行演習をしたいんです」

「……そこってこの辺? 立ってるだけでいいの?」

「はい。そこに立って、身体ごとこちらを向いてください。僕がシェリーさんの肖像画を描いていると思って立って居てくださいね」

「え? な、なに? ケントまさか私を描くの? え? ホントに?」

「いいえ、描きません。『撮る』んです」

 

 手際よくピントをシェリーに合わせると、まるで長年にわたって何百回何千回と繰り返した作業であるかのように、淀みない動きでケントが感光ガラスのケースをカメラに差し込んでシャッターを切る。

 

「さて、ちょっと休憩にしましょうか。うまく行けば良いんですが」

「え、えぇ……ねぇ、肖像画って貴族くらいしか描いてもらえないわよ? それに何ヶ月もかかるって聞くし、そもそもエルフ女の肖像がを描くって、そんなのって――」

 

 はっとシェリーがなにかを思い出す。

 懐から、ギルドの依頼票を取り出して読み返してみると、依頼票には、かなり短い納期で精密な肖像画を描いてほしい、と記されている。

 シェリーが少し慌ててケントへと視線を移すと、ケントはすでに写真の『現像』を行っている。

 スキル『増幅』『反転』『定着』を順に行うことで、ガラスに塗られた『感光する聖水』に焼きつけられた光の像を、人の目に見えるようにするのだ。

 現代日本では、現像液に停止液、定着液を使って処理を行った後に乾燥させる必要があるが、ケントのスキルを使えばほんの数秒で処理を終えることが出来る。

 

「ね、ねぇケント、この依頼だけど――」

「シェリーさん」

 

 シェリーの言葉を遮って、ケントがそっとガラスを差し出してきた。

 

「依頼は、うまくいきますよ」

 

 そのガラスには、陰影だけで描かれたモノクロームの絵ではあったが、まるで目の前の風景を切り取ったかのように精緻な『写真』が焼き付けられている。

 湖畔の森の木々、それも木の葉の一枚一枚に至るまで緻密に再現されたその『絵』は、ピンホールカメラで撮影したものとは比べ物にならないほどの解像度を実現していた。

 そして2枚目にケントが差し出したガラスには、神殿跡をバックに、少しはにかんでいる美しいエルフの女が映し出されている。

 

「……これ、私……?」

「はい、シェリーさんですよ。シェリーさんなくしてはこの写真……いえ、『光画』は実現できませんでした。だから、最初のポートレートはシェリーさんを撮りたかったんです」

 

 シェリーはガラスに映し出された自分の姿から目を話すことが出来ず、しばらく言葉を失っていた。

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