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06 追われた者の新たな活路

 朝早くの冒険者ギルド、痩せ気味の男がじっと依頼掲示板を眺めている。

 地味な服装を身にまとって、武器の類は何も身に着けていない。戦闘には不向きであろうということは誰の目にもわかる出で立ちだ。

 

「ケント、何かあった?」

 

 男の後ろからエルフ族の女が声をかけてきた。

 大きなリュックを背負った女は、いかにもこれから長期間の旅に出ると言わんばかりの重装備だ。

 

「あぁシェリーさん。この依頼なんですが、場所が」

 

 ケントが指さした先にある依頼票には『至急』と印が入れられている。

 

「場所? えーっと……インダスター帝国ね。冒険者ギルドって国をまたいだ組織だから、他国の依頼情報も張り出されたりするのよ。特にここはドルマ王国の王都だし、いろんな冒険者が集まるから。で? 依頼内容は……肖像画?」

「はい。他のが素材の採取や魔獣の討伐だとかが多いんですが、これは裕福な家のお嬢さんの肖像画を描いてくれ、というものみたいですね」

「へぇ、報酬は高くはないけど、肖像画の出来次第で追加報酬あり……」

「シェリーさん、ちょっとものは相談なんですが」

 

 ケントが少し声を落として顔を近づける。

 

「僕はどうやらこの国で安定した仕事を見つけるのは難しそうです。それにシェリーさんもドルマ王国の錬金術師協会を退職されたばっかり。どうでしょう? この依頼を受けるために、インダスター帝国へ移る、というのは」

「え? 帝国に? ……えっ、でもそんな事出来るの?」

「はい。冒険者の手引に記載がありました。本拠地移転の手続きをすれば、国境をまたぐ通行手形も無料で発行されます。冒険者ランクも維持されますし、ジョブランクも変わらないようですね」

「そ、そうなんだ……肖像画かぁ……私に出来ることは何もなさそう……」

「何を言ってるんですか。昨日お見せしたアレですよ。アレを使うんです」

 

 ケントがカバンの中から、丁寧に布に包んだガラス板をチラ、と見せると、シェリーは目を見開いて依頼票に視線を移し、凄まじい速度で依頼票をもぎ取った。

 

「追加報酬あり、しかも依頼作業中は住居と食事は保証……」

「どうでしょう? 僕らにうってつけの依頼だと思いませんか?」

「そ、そうね、何ていうか都合が良すぎると思えるような依頼ね」

「そこで、です」

 

 ケントが穏やかに笑みを浮かべ、そっとシェリーの手を握る。

 

「僕とパーティを組みませんか? 僕はシェリーさんの『聖水』とガラス板、それに今作っていただいている『レンズ』が必要です。そして僕の『光画師』のユニークジョブで使えるスキルがあれば、この依頼を完遂できます」

「……私も、錬金術師協会をクビになったばっかりだから、今後この国でパーティを組むのは難しい、となると依頼をこなすのも厳しい……」

「僕は戦闘は出来ないと思いますが、こういった依頼ならこなせると思います。それに、この『肖像画』が上手く行けば、冒険者ギルドの依頼をこなすだけじゃなくて、撮影の依頼を受けることで生計を立てることも出来るかもしれません。そうすれば、僕はジョブの『光画師』として生活出来ますし、シェリーさんは僕に聖水とガラスを卸す事で生計を立てられます」

「ケント、あなたって実は頭良いのね?」

「え? い、いえ、そういうわけでは」

 

 シェリーは力強くケントの手をぎゅっと握る。意外なくらいに強い握力で手を握られたためか、ケントの口から『あいたたた』と言葉が漏れる。

 

「よし! じゃあそうと決まれば早速動くわよ! まずはパーティ申請、それからこの依頼の受注処理ね! さ、こっちよ。一緒に来て!」

 

 シェリーはケントの手を握ったままグイグイと受付カウンターへ向かう。

 

「いらっしゃいませ。依頼の受注ですか?」

 

 先日の、ケントの冒険者登録のときよりは丁寧な対応の女がカウンター奥に立っている。

 女の前に依頼票を差し出して、なぜかドヤ顔のシェリーが胸を張る。

 

「受注と、あとパーティ申請よ。私は彼とパーティを組むことにしたの」

「パーティ申請で、パーティとしての依頼受注ですね。こちらは……インダスター帝国の商家からの依頼ですね? そしたら、拠点はどうなさいますか? ドルマ王国からインダスター帝国へ移しますか?」

「はい、拠点変更も一緒にお願いします」

「承知しました。では、一緒にパーティを組まれる方の冒険者証をお願いします。それから、こちらの拠点変更手続きの用紙への記入もお願いしますね」

「わかりました。ケント、ちょっと冒険者証良い?」

「あぁ、はい。これですね?」

「そうそう。それじゃあ……はいコレ、私の冒険者証もね」

「確かに、お預かりします」

 

 受付の女は冒険者証を2つ、丁寧にトレイに載せてカウンターの奥へと消えていく。

 シェリーはかなり流麗な文字で、いくつかの書類を書き込んでいく。

 

「ふっふっふっふ……良いわよ、出てってやるわよこんな国……なぁにが『ポーションも作れん錬金術師などいらん! お前はこの国で錬金術師として生きて行けなくしてやる!』よ。こっちから願い下げだってのよ」

 

 ぶつぶつと、いかにも怨念がこもっていそうな口調でつぶやきながら書類を書き記していくさまは、まるで呪いの呪符でも作っている魔女であるかのようだ。

 

「見てなさいよ、後になってから『帰ってきてくださいお願いします美しい天才錬金術師シェリー・ストライダー様ァ!』ってドリル土下座しても絶対許してやんないんだから」

「あ、あの、シェリーさん?」

 

 光のない目でぶつぶつと呟くシェリーのすぐ前に、受付の女が戻ってきた。

 

「ありがとうございました。冒険者証をお返しします。ではパーティリーダーは、Dランク冒険者のシェリー・ストライダーさんでよろしいですね? パーティメンバーはFランクのケント・マミヤさん」

「は、はい。ありがとうございます」

「では、パーティ名は何になさいますか?」

「パーティ名?」

 

 受付の女の言葉に、ケントがきょとんとした顔で相変わらず呪詛のような言葉をつぶやきながら、異様な筆圧で書類を書き込み続けるシェリーに視線を向ける。

 

「あの、シェリーさん? パーティ名だそうですが……」

「ふっふっふっふ……見える、見えるわよ。インダスター帝国で名を挙げてグランドマスター級錬金術師になって、新たに錬金術師を志す若者から『美しい頂点の錬金術師』として崇められて、黒い聖水のレシピも特許取ってケントの『光画』が流行ったら聖水の需要も増えて私のもとには特許料がガッポガッポでウハウハ……え? 何? どしたの?」

 

 不意にシェリーが我に返り顔を上げる。

 

「…………シェリーさん、言葉が漏れてましたよ」

「え、やだ」

 

 なぜかシェリーは顔を赤らめて、さも乙女であるかのように恥じらい始める。

 ケントと受付の女は顔を見合わせる。受付の女は少しばかり呆れ返った顔を、ケントはなぜか穏やかな『やんちゃな孫娘を見守る祖父』のような笑顔を浮かべる。

 

「シェリーさん、パーティ名というのを決めなければいけないようです。僕はこの辺りの風習には疎いので、出来ればシェリーさんにつけていただきたいんですが」

「あ、そっか……パーティ名かぁ、どうしよ……」

 

 しばらく手を止めて上を向いていたシェリーは、唐突に満面の笑みをケントに向けた。

 

「パーティ名、『宵闇の光明』はどうかな? 悪くないんじゃない? 協会クビになってお先真っ暗な夜だった私に、光明をくれたケントの組み合わせだからピッタリだと思うんだけど」

「宵闇の光明、ですか……うん、良いと思います。では、それでお願いします」

「よっし、じゃあパーティ名は『宵闇の光明』、リーダーは私で、メンバーはケントね」

「承知しました。ではパーティ『宵闇の光明』は本日を持って成立となります。こちらの依頼も受注成立のご連絡を冒険者ギルド各支部に通知されます。インダスター帝国までの入出国手形はこちらです。あと、拠点変更手続きを頂きましたので、特例措置として依頼地にてギルド提携の宿を格安で利用できます。現地までの交通費はご自身でご負担頂きますが、よろしいですか?」

「良いです! 確かここに来たときに使った乗合馬車のおっちゃん、そろそろまたドルマ王都に来るはずなのよね。何箇所か経由するだろうし、何泊かは野宿になるかもだから、旅支度をし直さないとね」

「分かりました。では、食べ物や水も必要ですね。買い出しを済ませておきましょうか」

「では、ギルド内の売店であれば外の店よりもお安く揃えられると思います。売店コーナーは2階にありますので、よろしければどうぞ」

「ご丁寧に、ありがとうございます。とても助かります。ではシェリーさん、行きましょうか」

 

 やたらと明るい表情になったシェリーは、危うくスキップでもしそうなくらい浮かれた様子でケントと並んで階段を上り、ギルド2階の売店コーナーへと向かう。

 冒険者たちが良く使うであろうテントや背嚢、ブーツに野営道具などが揃えられていた。

 この売店は、世間知らずなルーキー冒険者たちが海千山千の商人たちから『ぼったくり』に遭う事案が続いたため、『せめてギルドが、ある程度の品質のものを、ある程度の価格で』と始めた試みだ。

 

「ねぇ、そう言えばケント、あなた随分荷物少ないけど……昨日買ったっていうその、木工道具とかはどうしたの?」

「あぁ、あれはですね」

 

 ケントがシェリーの長い耳に顔を近づけ、小声でボソボソと呟く。

 

「亜空k」

「シェリーさん! 声が大きいです!」

「あ、ご、ごめ……いや、えっ? ホントに?」

 

 思わず絶叫しそうになったシェリーだったが、身をかがめて慌てて声を落とす。

 

「亜空間収納って、それすごいスキルよ? 商人にでもなったら一攫千金も夢じゃないわよ?」

「僕はきっと、商売には向いていませんよ。以前は小さな店をやっていましたが、繁盛とは程遠いものでしたから」

 

 ケントはやや自虐的な笑みを浮かべて、売店の棚に並べられた保存食をいくつも手に取る。

 

「さて、食料はだいぶ確保できそうですが、問題は水ですね。水をどうするか……」

「あぁ、それなら心配ないわよ。私水の魔石つきの水筒持ってるから。でもそうね、ケントも1つ持ってると良いかもしれないわね。大金貨3つって結構なお値段ではあるけど……ほらコレ。これがあれば、いつでもキレイな水が出せるの。飲水もそうだし、料理に使う水もコレでまかなえるから。1度買っておけばずっと使えるし、私はポーションの材料になる純水も出せる機能もついてるけど、コレは飲み水を出せるモデルだからコレでもお買い得よ。私のなんて大金貨5つだったのよ」

「そんな物があったんですか。ではコレも買っておきましょう。少々高いですが、一度買えば水に困らずに済むのはありがたいですね」

 

 ケントとシェリーが買い込んだのは大きめのテントも含め、かなりの容量となった。

 別室に運び込まれた品物は、ケントの感覚で言えば軽トラの荷台1台分といったところだ。

 店員やギルド職員がしばらく外で待機していたが、部屋から出た彼らはほぼ手ぶら。それにシェリーが背負っていた大きなリュックも消えており、職員らは唖然として『ひょっとしたらあの男は亜空間収納スキルを持っているのではないか』と噂になったが、個人のスキルに関する詮索や、情報をしつこく聞き出したりするのは冒険者界隈ではご法度である。

 

 亜空間収納スキルは、冒険者たちにとっても商人にとってもかなり重宝されるスキルだ。

 特にポーターと呼ばれる支援職は、大量の荷物を持って戦闘職にある者たちをサポートすることになる。さらに、商人に至ってはわざわざ大きな馬車を借りる必要もなく、何なら食料品を運べば鮮度を保った状態のまま長距離を移動することも可能になる。

 街にひとり、亜空間収納スキルを持った者が定住すれば、それだけで街が豊かになると言われるほど貴重なスキルだ。

 

 そんなスキルの持ち主がケントなのかシェリーなのかは、冒険者ギルドの職員たちにとっては謎のままだ。が、いずれにしても王都は貴重な人材をみすみす他国へ流出させてしまうことになる。

 ドルマ王国の冒険者ギルドマスターがその事を知るのは、シェリーとケントの二人パーティ、『宵闇の光明』が国境で出国手続きを終えたしばらく後のことである。

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