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47 月夜の誓い

 雪がやみ、空に煌々と光を放つ月が浮かんでいる夜のこと。

 ツァイス伯爵領都にあるバルゴ神殿の通用口のドアを挟んで、若い娘が人目を忍ぶようにそっと小声で言葉をかわしていた。

 

「ごめんなさい、ムリを言って」

 

 マリアはそう言うと、ツァイス伯爵領のバルゴ神殿を管理する女神官に、謝礼の金貨を数枚手渡した。

 

「マリアお嬢様、これは受け取れません」

 

 だが、女神官は微笑んで革袋に入った金貨を突き返す。

 

「今夜、この神殿で、どこの誰が何を言おうと、何をしようと、それはすべて大精霊のお導き。私はただそれを見守るだけです」

 

 優しい笑みを浮かべたノーム族の神官はゆっくりとドアを開き三人の若者を礼拝堂へと招き入れた。

 広い礼拝堂は、吐く息が白くなるほどに冷え込んでおり、分厚く上着を着込んでいるシェリーも身震いするほどである。

 

「さ、こちらへ」

「……ありがとうございます。本当にすみません。本来ならこういう事はダメなんでしょうが……」

 

 若い男、ケントは申し訳なさそうに何度も女神官に頭を下げる。この腰の低さは、シェリーとマリアの2人にとってはもはや慣れたものだ。

 

「いいのですよ。ここだけの話ですが……マリアお嬢様、あなたのご両親もまったく同じ事をなさいましたから」

「えっ? お父様とお母様が、ですか?」

「えぇ」

 

 にこ、と嬉しそうな笑みを浮かべた女神官は、小声で昔話を始めた。

 

 まだそれほど繁盛していなかった商店を切り盛りする若いノーム族の男が、美しい赤毛のエルフ族の娘と恋に落ちた。

 二人は種族の壁を超えて結ばれる事を心から望んだが、残念なことに男には結婚式をあげるだけの資産がなかった。翌日のパンにも事欠くような日もあるほど、まだまだ店は『軌道に乗った』とは言えない状況だった。

 

 だが、エルフの娘は子を持つことを強く望んだ。愛情深い女だったのだ。

 二人は夜遅く、誰もいない神殿を訪れて、なけなしの小金貨を差し出して2人だけでも結婚式を挙げたいと言ってきた。

 本来ならば証人や介添人、両家の親族に職場の関係者などを招くのが通例であるが、彼らにはそんな式を挙げるだけの金銭的な余裕も、時間的な余裕もなかった。男は近く、酒保商人として戦地へ物資を運んで行くことが決まっていた。

 

 当時からこの神殿に勤めていた女神官は、困り果てて当時の司祭に相談すると、司祭の答えは単純明快であった。

 

『今日この神殿で、どこの誰が何を語ろうと、何をなそうと、それは大精霊のお導きにほかならぬ。我々はただ見守るのみ』

 

 そう答えて、司祭は快く、真夜中にも関わらず列席者が誰もいない静かな結婚式を執り行った。証人となったのはこの司祭と、補佐を務めたこの女神官である。

 

「知りませんでした……お父様とお母様が、そんな……」

 

 女神官はふふ、と笑い声を漏らし礼拝堂のろうそくに火をともした。

 

「流石、あのお二人のお嬢様です。それに」

 

 女神官は振り返り、暗い祭壇の奥へと視線を向ける。

 

「お考えのとおりでしたね? 殿下」

 

 祭壇にある礼拝台の奥で、帽子の先がぴょこ、と動く。

 ぺたぺたと緊張感のない足音を当てて姿を表したのは、暗闇に溶け込みそうな漆黒の装束を身にまとった大神官、ヴィクトリアだった。

 

「で、殿下? ヴィクトリア殿下が、どうしてここに?」

 

 マリアとシェリーは驚きのあまり声を上げられなかったが、ケントだけが辛うじて言葉を出すことが出来ている。

 

「……大精霊の…………お導きが、あった……」

 

 囁くような、可愛らしいソプラノの声が礼拝堂に心地よい残響を響かせる。

 (かん)、という硬い音を立てて、自称『暗黒の大神官』は祭壇の前に立つ。

 

「こっち……」

 

 小さな手で自らのすぐ前を指さしたヴィクトリアは、相変わらず乏しい表情のまま3人を真正面からじっと見つめている。

 いつの間にかケントらのすぐ後ろに回っていた女神官が、そっとマリアとシェリーの背中を押す。

 

「めったに無い事ですよ? 大神官様が結婚式を執り行うなんて」

「え、えっ? ま、まさかその、殿下がここにおられるのって……」

「はい。皆さんの、みなさんだけの結婚の誓いを見届けるためです」

「でも、この雪の中を殿下はどうやって?」

「私ども神官だけが使える、神殿同士をつなぐ『ポータル』というものがあるんです。神官は、このポータルを使って遠くの神殿まで一瞬で飛ぶことが出来るんです。殿下もつい先程こちらに」

「……そんなものがあるなんて……だ、だから殿下は、全国の神殿での礼拝が出来るんですか?」

「……ん」

 

 ヴィクトリアがこくりと頷くと、また帽子がずるりとズレる。いそいそと帽子の位置を正して、再びケント達に視線を向けて、自分の前の小さな敷物の布を指さした。

 

「さ、ここに膝をついて、大神官様の方を向いて下さい。大丈夫、本番の練習だと思って、気負わないで」

 

 女神官の優しい声は、シェリーとマリアの緊張をほぐすのにはやや力不足であった。が、すぐ目の前で微笑む少女、大神官の優しげな表情は、3人の心を少しだけ暖かくしてくれるものだった。

 ヴィクトリアは杖をゆっくりと掲げ、囁くような小声で何事かを唱え始める。

 

「創世の大精霊……バルゴ様の御まえにて……結婚の契を交わす者たち……ケント・マミヤ……シェリー・ストライダー……マリア・ブロニカ……バルゴ様に、大神官ヴィクトリア・インダスターが……伏して乞い願い奉る……」

 

 小柄なヴィクトリアの身体が優しく白い光りに包まれ始めると、その光はゆっくりと3人を包み込むように広がった。

 

「新たな家族に……大精霊の加護と祝福を……」

 

 白い光は不意に強くなり、ケント達は思わず目を閉じる。

 目を開けた3人は、驚きのあまり声が出なかった。

 

 暗い礼拝堂にいたはずの3人は、少なくともシェリーとマリアにとってまったく見覚えのない場所にいた。

 真っ白い光りに包まれた草原と、直ぐ側には美しく透き通った水をたたえる泉。

 見たことのない花を咲かせた樹の傍には、長身の美しい女と、ヴィクトリアよりも小柄な少女の姿。

 

「おめでとー! 麻宮さん! それにー……えっと、シェリーさんと、マリアさん?」

 

 少女は満面の笑みで、花束を持って駆け寄ってくる。

 見たこともない花を無造作に束ねた、まるで子供が摘んだ花で作ったブーケのようだ。

 

「よかったじゃん、ね? あの大神官の子、私も知ってる子だよ。ヴィクトリアちゃんでしょ? あの子良い子だよねぇ……歴代の大神官の中でもすごくデキる子。あの子が結婚式の司祭だったら、もう夫婦円満間違いなしだよ?」

 

 少女はかなり活発な話し方で、やたらと馴れ馴れしい。クラウディア並の距離感の近さだ。

 ゆっくりと歩み寄ってきた長身の女は、反対に極めて穏やかだった。

 

「おめでとうございます、麻宮健人さん。ようやく、決心がついたのですね」

「はい。お陰様で」

 

 穏やかに、嬉しそうな顔でケントが頭を下げる。ようやく我に返ったシェリーとマリアは、何度か咳き込んでからようやく声を出せた。

 

「ね、ねぇケント、あの、ここって」

「旦那様? そちらのお方はその、旦那様のお知り合いのお方で……?」

「あぁ、そうでした。すみません、まだご紹介していませんでしたね。こちらの方は」

 

 ケントが手で直ぐ側にたつ長身の女を指し示す。

 

「大精霊、バルゴ様です。そちらの小柄な方は女神エイル様ですね」

「…………ね、ねえお姉様……ちょっとわたくしの頬をつねって下さいません……?」

「むり……ムリ無理むり無理無理だよぉ……何? 何が起きてるの? これナニ? どゆこと?」

 

 混乱の極致にある2人にバルゴがゆっくりと歩み寄り、優しい笑みを浮かべてそっと2人を抱き寄せた。

 

「ごめんなさい、混乱させてしまいましたね。私は大精霊と呼ばれているもの。この世界のすべての精霊達の母です。あなた達の結婚を祝福に参りました」

 

 落ち着いた優しい声は、2人の女の混乱を少しずつ鎮めていく。

 

「あ、あの、あのっ……だ、大精霊バルゴ様といったら、その、この世界を作り出したあ、あのバルゴ様……?」

「はい」

 

 シェリーの問いに、バルゴはあっさりと答える。

 

「それに……女神エイル様と言えば、愛と運命の女神と言われる、あのエイル様ですの……?」

「うん。そだよ?」

 

 今度は、マリアの言葉にエイルもこともなげに答えた。

 

「私達ね、ケントのことをずっと見守って来てたんだよ。やっぱりさ、良いコトした人には幸せになってほしいから。ね? バルゴ様もそうでしょ?」

「えぇ、そうですね」

 

 優しく2人の花嫁を抱き寄せたまま、バルゴは言葉を続ける。

 

「新たな家族に、そして新しく生まれてくるであろう子らに祝福を授けます。あなた達家族が、末永く幸福でありますように」

「ば、バルゴ様が、私達に、祝福を……?」

「あ、そうそう! ずっといい忘れてたんだけど、ケントのスキル色々あるでしょ? レベル10になってるでしょ? 頑健とか長命とかも。特に長命レベル10だと、エルフと同じくらい生きるから。ゴメン、言わなきゃと思っててずっと忘れてた」

「えっ? ……エイル様、そんな大切なことを今更ですか?」

「あははは、ゴメンって」

 

 まったく申し訳ないと思っていないことが丸わかりな謝り方で、エイルはまったく悪びれずに笑ってみせた。

 ケントに授けられたスキル、エイルが『もう全部あげちゃおうかなって』と大雑把に授けたのは、祈祷、増幅、反転、亜空間収納、定着、器用、長命、頑健である。しかもそのいずれもが最大値となるレベル10である。

 

「祈祷レベル10なのはねー、ヴィクトリアちゃんもそうなんだけど、ここまでのレベルになれば、礼拝すれば必ず私達に会いに来れるから。またいつでもおいでよ。ね?」

 

 エイルはどこまでも軽やかだ。

 

「そ、そういう大事なことは出来れば最初に聞いておきたかったですね……」

「ケント・マミヤさん。色々と申し訳ありません。ですが」

 

 2人の花嫁から離れ、バルゴはケントへと優しく手を伸ばし、ぎゅっと抱きしめる。

 

「本当に良かった……今生でも前世と同じく存分に妻を愛し、力を合わせて幸せを育てていくのですよ」

「……はい、ありがとうございます、バルゴ様」

「それに、沙織さんの魂はだいぶ安定しています。大神官ヴィクトリアに、魂を移すための秘策は授けていますから、子供が出来たら早めに知らせてあげて下さいね。あの子はきっと、あなた達皆を助けてくれます」

 

 ケントは胸に下げている水晶に優しく手を当てる。

 シェリーとマリアの2人は、ケントの傍へ歩み寄り二人で挟み込むように寄り添った。

 

「よぉし、じゃあ愛と運命の女神、エイルちゃんも3人に加護を与えちゃおう! ご祝儀代わりだよ! 愛情に溢れた暖かい家庭になりますように!」

 

 エイルの可愛らしい、まるで子供のような声の直後、眼の前が真っ白になる。

 大精霊の姿も女神の姿も光に溶け込むように見えなくなるが、その直前、可愛らしい声が最後に耳に入ってきた。

 

「ケントさん! いつも通りポケット! また入れといたからね!」

 

 その声が光に消えた直後、眼の前は突如暗くなる。

 ケント達が目を開けると、眼の前には薄暗い祭壇の前に立つ黒装束の少女の姿が、窓から差し込む月明かりに照らされている。

 

「……おかえりなさい…………あなた達の結婚は、私が見届けたから……新しい家族に、祝福を……」

 

 いつものジト目の無表情でなく、このときのヴィクトリアは3人の目にも明らかに嬉しそうに微笑んでいる。

 

「……みんな、お幸せに……」

 

 そう小声で呟いた大神官の可愛らしい声は、女神官の耳にもはっきりと聞こえていた。 

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