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43 懐かしの我が家

 インダスター帝都に滞在する事20日、クラウディア皇女やヴィクトリア皇女からは散々引き留められたものの、冬が本格化すると春までツァイス伯爵領に戻れない、ということもあり、ユリアを始めとした一行は帝都を後にすることにした。

 

 出発前、大神官ヴィクトリアはケントに、水晶にかける『増幅』の術を月に一度程度を目安にかけるよう指示し、その上で『必ず行く……大神官には……特別な方法があるから』と約束を交わしている。

 途中、往路とはまた別の街に立ち寄って買い物や補給を済ませ、無事に領都にたどり着いた頃には雪が振り始めていた。

 

「伯爵閣下、この辺りは雪が積もるんでしょうか」

「うむ? あぁ、そうだな。毎年領都の城壁外はかなり深い雪に閉ざされることになる。まぁ秋までに食料の備蓄も済ませているからな、冬は大人しく過ごすのが毎年の恒例といったところだ」

「そうでしたか……冬に遠出をするのは避けたほうがよさそうですね」

「そうしておけ。下手に城壁の外に出ると生きて還れんぞ。まぁどうしてもというときには私に言え。スレイプニルを貸してやる」

 

 伯爵がまたがった8脚の巨馬スレイプニルは、速度こそ4脚の馬に劣るものの、パワーと走破力に関しては走竜と呼ばれる騎獣を遥かにしのぎ、軍馬としてかなり珍重されている。

 大柄なノーム族を載せて3日走り続けても弱ることもなく、雪深い道であろうが凍てついた氷河であろうが、難なく走破出来ることから、特にノーム族の軍人にとってスレイプニルを駆る事は夢のひとつと言える。

 

「そうだ、貴様も準男爵になったのだから自前の馬車くらい持っておくと良いぞ。ブロニカ商会で馬車の取り扱いもあるだろう。身内割引で安くしてもらえ。……という必要もないか。貴様は今や私よりも金持ちだ。まぁ我が領内で買い物をすれば領内が潤うからな。せいぜい金を落として貰おうか」

 

 ニヤリと笑みを浮かべて馬上から馬車に乗るケントに顔を向ける伯爵は、帝都でかなり物資を買い込んで馬車を満杯にして帰路についている。

 

「貴族の責任というわけではないが、役目は他にもある。それはな、金を使って経済を回すことだ。金は国家の血液だからな、滞れば滞ったところから腐って落ちる。貴様も腐らぬよう気をつけておけ」

「そ、そう言われましても……僕はただの庶民です。経済を回すようなお金の使い方は到底思いつきません」

「そうだな、まぁ貴様とシェリーは難しかろう。そういう貴族に必要とされるところはマリアに任せるのがよかろう」

「えぇ、もちろんですわ旦那様、お姉様。そういう面倒なことはこのマリアにおまかせ下さいませ」

 

 馬車でケントの正面に座るマリアは自信に満ちた笑顔を見せた。

 

「私も貴族の娘として、必要な教育は受けておりますわ。今までに培ったものを家族のために使えるというのなら、これに優る喜びはございませんわ」

「ありがとうございます、マリアさん。本当に頼りにしています」

「よかったぁ……よかったよぉ、マリアがいてくれてホントに良かった……」

 

 心底ホッとした表情でシェリーが胸を撫で下ろす様子をみて、ますますマリアは嬉しそうな顔になる。

 

「大丈夫ですわお姉様。わたくし、家族のために力を振るえる日を楽しみにしておりましたの。剣術に語学、経営学に栄養学、教育学、政治学を学んだ日々を、決して無駄には致しませんわ」

 

 マリアは美しいだけでなく、強く、そして賢い令嬢である。

 同格の騎士爵の令息などは歯牙にもかけず、遥かに高位である公爵令息であっても自らの伴侶として勤勉さが足りないと縁談を断る事もあった。

 そのためか、マリアは数多くの求婚を受けながらも誰にもなびかない『難攻不落の赤毛姫』と社交界で評判になっていた。

 そんな彼女が自ら求婚したのが、平民の名もなき画家であるという噂は、最初は嘲笑とともに『どうせデマだ』と誰も信じていなかった。

 

「しかし……傑作だったな、謁見の間でのお披露目で皇后陛下が貴様らの婚約を認めたときの、前列にいた公爵や辺境伯の令息共の真っ青な顔。貴様らは前を向いていて見られなかったろうが、あれこそケント、貴様の『光画』で描いてほしかったぞ」

「閣下? それはさすがに意地悪というものです」

 

 馬の足を早めてユリアに追いついたエルマーは、言葉とは裏腹に実に嬉しそうな表情だ。

 

「エルマー、貴様も『いい気味だ』と言っていたではないか」

「さて、なんのことです?」

「まぁ私も『ざまぁ』とは思ったな。金目のもので女の気を引くことしか出来んような、そんな能無しの青二才共の眼の前で、才能と実力ある平民の若者が羨望の令嬢を妻に迎える……いやぁ、ここ50年は見なかったほどの痛快な光景だった」

 

 意気揚々と明るい会話を続けるなか、いつの間にか場所の傍からエルマーの姿が消える、ということが度々あった。

 しばらく姿を消した後、誰も気付かない内に『さっきからそこにいた』と言わんばかりのそっけない様子でまた戻って来る。

 ケントとシェリーが馬車のクッションを強いた座席で寝息を立て始めた頃、ユリアは場所のすぐ傍で馬上で言葉を交わしていた。

 

「何人いた」

「8人です。その前のは4人。まぁこの程度の人数で私達を襲撃するなど……世間知らずのどこぞのお坊ちゃんの差し金でしょう。さもなくば莫大な財産を持っている新たな準男爵を襲って奪おうと考えた、サル以下の脳しか持たないバカですね」

「で、そいつらはどうした?」

「とりあえず全員、骨の5本や10本ほどへし折ってますよ。仮にも憲兵に暴行を加えようとしましたからね。とりあえず適当な木に縛り付けました。後から憲兵隊に回収に行かせます」

「そうか。徹底的に可愛がってやれ。誰からの差し金か吐かせろ」

「は。了解です閣下」

 

 実に剣呑な報告を聞いていたマリアは、気丈にも表情を変えず場所の窓を少しだけ開ける。

 

「エルマー様? 今のお話は……その、わたくし達を襲った者がいると、そういうことですの?」

「えぇそうね。でも大丈夫。目当てはこの一行が運ぶ物資と、あとはあなたの旦那様のカネでしょうけど、全員ボコしておいたわ。マリア、あなたも何も心配しないで。領都に変えたらどのお店で何を食べるか、その事を考えてると良いわよ。それか」

 

 エルマーは馬車の外から窓の中を覗き込む。

 慣れない長旅で疲れたのか、相変わらず静かに寝息を立てているケントの顔を見て少し笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「どうやって旦那様とイチャイチャするか、考えておいたら?」

「も、もうっ! エルマー様、はしたないですわ!」

 

 ぱた、と馬車の窓が閉じられる。

 ユリアとエルマーは並んで豪快な軍人らしい笑い声を上げた。

 領都の城門を通り過ぎ、伯爵の要塞こと伯爵邸へと馬車が乗り付ける。

 

「旦那様、お姉様、着きましたわ。お目覚めになって」

 

 マリアがゆさゆさとケントの身体を揺すると、そこで初めてケントは自分が眠っていたことに気付いたようだ。

 キョロキョロと周囲を見回して、ようやく自分が馬車の中にいて、長旅の末に住み慣れた街にたどり着いた事を理解した。

 

「マリアさん……? え? ここはもう伯爵領都ですか?」

「えぇ、無事に到着しましたわ。お姉様もお目覚めになって?」

 

 シェリーはケントの身体にしがみつくように密着しているため、ケントも身体を起こすことが出来ない。

 

「ほらお姉様?」

「んー……やらぁ、もうちょっとぉ……」

「もう着きましたのよ? 馬車を降りませんと」

 

 しばらくむにゃむにゃと何事かを呟き続けてから、たっぷり10分ほど寝ぼけてようやく起き上がり、目をこすりながら馬車を降りる。

 

「寒っ!? え? えっ? え、何? 寒いっ!?」

 

 馬車の客車は暖房の魔道具が組み込まれていたため快適な室温が保たれていた。が、外気は雪が降るほどの冷え込みだ。

 すっかり油断して上着を脱いでいたシェリーは、慌てて馬車に飛び乗って上着を重ね着して戻ってきた。

 

「大丈夫ですか? シェリーさん」

「う、うん、大丈夫、ちょっとびっくりしただけ……」

 

 どうにか伯爵邸へと入った一行は、全員が同時に座れる食堂へと案内された。

 暖かいコーヒーに、疲れた身体に染み渡りそうな蜂蜜がかかったパンケーキが運ばれてくる。邸宅の主であるユリア伯爵の前には、ジョッキのような大きなグラスにたっぷりと注がれた蒸留酒が置かれた。

 

「よし、行き渡ったな。では、皆ご苦労だった。今回の帝都行きは実に実り多いものとなった」

 

 グラスを掲げてユリアが口上を始める。

 

「ディエゴ、貴様は今後騎士爵ではなく子爵だ。私の派閥に入っていること自体は変わらんし、貴様自身がやることも対して変わらんが、まぁコレまで通り励め」

「は。ブロニカ家一同、より一層伯爵領ひいては帝国に貢献できるよう、邁進する所存であります」

「うむ。 続いてケント・マミヤ準男爵」

 

 ケントは少し驚いた顔で女伯爵を見上げる。

 とびきり楽しそうな、真面目な弟をからかう姉のような顔でユリアはケントを見下ろしている。

 

「貴様は突然貴族の一員となったからな。わからんことばかりだろう。とりあえず困ったことがあったらディエゴに相談しろ。それにマリア、貴様がマミヤ準男爵家の中では貴族文化にもっとも詳しいはずだ。貴様も十分励むことだ」

「もちろんですわ。旦那様、何も心配はいりませんわ。私もお父様もお母様も、全力で旦那様をお支えいたします」

「は、はい……よろしくお願いします……」

 

 満足気に蒸留酒を半分ほど一気に飲み下してグラスをテーブルにおく。まったく酔った様子もないユリアはどかっと大きめの椅子に腰掛ける。

 

「準男爵は騎士爵のひとつ上の爵位になる。まぁ実際に色々動くのは来年の春以降になるだろう。それから念の為だが、貴様はいわば丸腰の状態だ。マリアは剣術の心得があるが、1人では心もとない。おいディエゴ、貴様のもつ私兵を1部隊、マミヤ準男爵家の護衛に配置してやれ。我々からはエルマーを出す。エルマー・イルフォード中佐、貴様にはマミヤ準男爵家の護衛を命ずる。給金は私から支払うが、基本的にはケントの指示に従え。特段指示がなければ私が指示を出す。どうするケント?」

「え? えっ? ……あの、エルマーさんが、僕の護衛についてくださる、という……そういう事でしょうか」

「あぁ、そういう事だ。何しろ国中に貴様が白金貨1万枚もの資産を持っていることが知られたからな。貴様の財産を狙う不逞の輩は必ず出る。家族を守りたければ、護衛は必要だ。しばらくはディエゴと私が護衛を出すが、ゆくゆくは貴様が自分で自分の防衛力を持つようにならねばならん。……が、まぁそうだな、この辺もマリアを頼ると良い」

「えぇ、おまかせ下さいませ旦那様。春までに準男爵家の防衛体制、整えてご覧に入れますわ」

 

 どこまでも頼りになる嫁、マリアは胸を張り、父とまったく同じ仕草でとんと自らの胸を叩いた。

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