42 世話焼きなウザいお姉ちゃん
インダスター帝都にあるブローニー亭という新進気鋭のスイーツ店に皇女が度々お忍びで訪れるという噂は、帝都に住むスイーツ愛好家の中ではもはや常識となりつつある。
クラウディアは、少女時代からしょっちゅう帝城を抜け出して、街中で民衆に馴れ馴れしく話しかけていた。
そうやって市井の情報収集を行っていたためか、当時から『その辺によくいるただの皇女様』と呼ばれ、もはやお忍びの必要すらないくらい街中で姿を見る事は日常の光景となっている。
幼少期から軍略や策謀に天賦の才を見せていた皇女は、幼い頃は城の高い塔から街や城壁を眺め、馬に乗れるようになってからは護衛が止めるのも聞かずにあちこちを走り回るようになった。
まだ成人にも程遠い歳の長女から『帝都における防衛上の致命的な弱点』と『弱点の改修案とその予算、工事工程プラン』の提出を受けた皇帝と皇后は、すぐに当時の軍の参謀長を家庭教師につける事になる。
現在もヴィクトリアから『じい』と呼ばれる参謀長は、現在は皇太子クラウドの直下、国軍統合参謀本部長を務めている。
稀代の戦術家として大陸中にその名を知られた名参謀は、皇女に戦略や戦術、兵法、軍の運営についての講義をせよと皇帝に命じられたときには、訝しげに首を傾げながら、渋々その役目を受け入れた。
その彼が、家庭教師を任された翌週には『陛下、大変申し訳ございません。畏れながらヴィクトリア殿下には、小官よりお教えする事は何もございません』と辞職を願い出たことで、ヴィクトリアの並外れた天才っぷりは国中に知られることとなった。
現在も軍にあって陸海軍の戦略立案を担う参謀本部長、ガウス・トリプレット中将は、後に『天才というのは、ああいうお方を言うのだろう。殿下に比べれば小官は少々知恵の回る山猿のようなもの』と語っている。
その不世出の大天才にして『その辺によくいるただの皇女さま』ことヴィクトリア・インダスターは、やたら上機嫌で歩きながら、すぐ隣にいる小柄な少女に話しかけている。
「シュークリームだよね? いくつ食べる?」
「……とりあえず……4つ」
この日も、仲のいい姉妹は呑気に街中を並んで歩いている。
昼日中、冬の始まりのやや冷たい空気が、暑がりのクラウディアにとっては非常に心地良い。
一方次女ヴィクトリアは普段の漆黒の装束のイメージがあまりにも強いせいか、普段着として好んで身につける町娘の衣服を身に付け、変装用に長兄から譲り受けた伊達メガネをかけると、『ただの絶世の美少女』になる。
「トリアちゃんはあんまり出歩けないもんね?」
「……お姉様は…………気安く出歩き過ぎ……」
眼鏡の奥のジト目を、質素な服装の姉に向ける。
「お姉様は……変人」
「え、ヒドぉい」
ヒドいと言いながらもクラウディアは明るくけらけらと笑っている。
令和の日本であれば、ギャルのような服を着て手を叩きながら笑って『マジウケる』とでもいいそうな雰囲気だ。
ヴィクトリアは極端なくらいの寒がりなせいで、『もこもこ』としか擬音語を当てられないような着込み具合である。
「まぁ、温かいコーヒーが美味しいよねぇ。お姉ちゃん何食べよっかなぁ」
「シュークリーム……スイーツは、シュークリームさえあれば……それで良い……」
「トリアちゃん、相変わらずシュークリーム原理主義だよねぇ……ま、良っか。レアチーズタルトにするか、ベイクドチーズケーキにするか、着いてから決めよっと」
よく喋る姉に無口な妹という組合せは、いかにもどこにでもいる仲の良い姉妹の姿だ。
その二人がブローニー亭に入ると、店内にはつい最近知り合った面々がテーブルについているのが見えた。
「ひぇ、こ、皇女さま……? え、なんで」
裏返った声で悲鳴のような呟きを漏らしたのは、つややかな黒髪に小麦色の肌のダークエルフの娘。
その向かいには黒髪のノームの女と赤毛の美しい娘。そして、黒髪に痩せ気味な冴えない男の組合せだ。
「あれ、ケントさん? それにシェリーちゃん、マリアちゃんも? エルマーちゃんもいたんだ?」
マフラーをもぞもぞと脱ぎ、ウールの帽子を脱いだ時に乱れた髪を手ぐしで整えながら、ヴィクトリアは当然のように4人が使っているテーブルの隣の席に腰掛ける。
「シュークリーム。4つ……あと暖かいココア、おっきいので……」
「え、ちょっとトリアちゃん早い、待って待って?」
クラウディアも、さもそうするのが当然であるかのようにヴィクトリアの向かいに座り、メニューを一瞬ちらりと見てすぐに顔を上げる。
「チョコレートケーキとレアチーズタルト、あとバターワッフルとカフェラテください」
にこ、と愛想のいい笑みを給仕の娘に見せてから薄手の上着を椅子の背もたれにかける。
「すごーい、偶然ね? 皆でスイーツ会? エルマーちゃんはスイーツ好きって知ってるけど、みんなもそうなんだぁ」
相変わらず距離感がバグっているとしか思えない馴れ馴れしさだ。
「クラウディア殿下とヴィクトリア殿下は、その、こういう店によく来られるんですか?」
硬直しているシェリーをかばうかのように、ケントが精一杯の愛想の良い笑顔を浮かべて話し始める。
「そ。私はしょっちゅう。トリアちゃんはたまーに来てるよね? お兄様も他のお店だけど、ちょいちょい甘味食べに出かけてるよ」
「皇室の皆様は、よく街に出られるんですね」
「うん。だってほら、お城の中で見聞きすることなんて限られてるもの。街に出て色んな人と話したり、買い物したり、食べたり飲んだりしないとわからないことっていっぱいあるから」
「なるほど、確かに仰るとおりです」
「それにね? いろんなとこで、その土地の美味しいもの食べるのが好きなの。その土地で食べられてるものを、その土地に住んでる人と一緒に食べる、っていうのがね、私のお仕事でも結構大事なの」
陸軍元帥の業務とご当地グルメ食べ歩きがどう関係するのかは、軍務に疎いケントやシェリー、マリアには想像も出来ないことである。
「いろんな土地の人と仲良くなるとね? その土地の問題とか、どこかから変な人たちが来てないかとか、そういう情報が入りやすくなるの。私のお仕事は、そういう情報を集めて分析して、どこがどう危ないのか、どこにどう手を入れないといけないかを考えることなんだ。だからぁ」
皇女姉妹のテーブルに、シュークリームが4つも載っている皿と、小さめのテーブルを覆い尽くすほどの様々なスイーツが運ばれてきた。
「こういうのを食べるのもお仕事の内なの。頭使うと甘いもの欲しくなるしね? ねっ? トリアちゃん?」
突然話を振られたヴィクトリアは、両手で大切そうにシュークリームを持つと、小動物のような動作でもくもくと食べ始める。
ジト目でじろりと姉を見上げ、実に情け容赦のない妹ならではの一言。
「お姉様、うざい……」
「えー、トリアちゃん冷たぁい。エルマーちゃん慰めて」
既に一通り食べ終えてコーヒーを飲んでいたエルマーも苦笑するしかない。何しろ軍の将校とはいえ爵位を持たないエルマーは、本来なら元帥であり皇女でもあるクラウディアに直接話しかけられるような身分ではない。
が、肝心なそのクラウディアの方の距離感がトチ狂っているため、文字通りその辺を歩いている子供から『あ、お姫様だ』と話しかけられても『そうだよぉ、お姫様だよぉ?』と呑気に会話を楽しんでいるのだ。
あまりの距離感のバグり具合のせいか、シェリーの緊張も徐々に和らいで来ていた。
「シェリーちゃんも、色々大変だったね。でももう何も心配しないでいいよ」
「えっ? あ、あの、それはその、どうして……?」
「だってほら、ケントさんが準男爵になったじゃない? で、シェリーちゃんとマリアちゃんはケントさんのお嫁さんじゃない? ってことは、2人とも『準男爵夫人』になるわけじゃない? おまけにブロニカ子爵家、ツァイス伯爵家、おまけに皇室にもパイプがあるじゃない?」
「あ、あるんですか!? 皇室にってそんな、そんなパイプどこに? 私みたいなド平民のダークエルフにそんな……」
「ん? ほら、ここにいるじゃない、2人も」
ニコニコしながらクラウディアは自分自身と、2つ目のシュークリームを手に取っているヴィクトリアを指さした。
「だからね? もし何かヤな事してくる人がいたら、ソッコー私達に言っても良いの。私の名前出しても良いよ? そしたら大抵の事は引っ込んでくから」
いつの間にかチョコレートケーキの皿が空になり、レアチーズタルトが半分ほど消えているのに気付かれることもなく、クラウディアは優雅にコーヒーカップを持ち上げる。
「ですが殿下、皇室の方々の名前を軽々しく持ち出すなど、それこそ不敬という事になりませんか?」
「え? なんないよ? だって名前出しただけでトラブルを防げるなら、ソッチのほうが良いもん。ケントさんって真面目そうだし、すごく礼儀正しい人だと思うけど、私の名前ひとつで大事な奥様を守れるんだったら、ソッチのほうが良いでしょ?」
「……は、はい、それはその……確かに……」
「ね? だからね、良いの」
「ケント・マミヤさん……私の名前も、使って良い…………」
「ヴィクトリア殿下!?」
「大神官の名前を出しても……それでもゴネる人がいるなら…………潰す……」
表情に乏しいジト目の大神官が4つ目のシュークリームを頬張りながら語った言葉は、可愛らしい外見や所作に似合わない物騒なものだ。
「あなたは……光と闇の支配者…………暗黒の大神官であるこの私は……無条件であなたの味方……あなた達の盟友……」
「あ、ありがとうございます……」
何故かヴィクトリアはケントに向けてぐっと親指を立ててみせるが、相変わらずジト目の無表情のままである。
「ね? だからね、ケントさんもシェリーちゃんもマリアちゃんも、あとついでにエルマーちゃんも。困ったことあったらいつでも相談してね? ケントさん達はそうだなぁ……そっか、エルマーちゃんって形式的に私の部下だから、エルマーちゃんかユリアちゃん経由で相談してくれれば大丈夫よ」
喋りながらいつの間に食べ終わったかがまったくの謎であるが、クラウディアの前の皿はキレイに空になっている。
「さぁて、じゃあ次何食べよっかなぁ」
「……ま、まだ召し上がるんですのね……」
マリアはつい先程、大きめのアップルパイを一つ食べて大満足という状態だ。クラウディアの細身の体のどこに入っているのかが不思議になる。
「じゃ2周目ね。すみませーん、えっと、カスタードプリンとシュークリーム2つと、あとエクレアも2つくださーい」
「クラウディア殿下!? それは流石に食べ過ぎじゃありませんこと!?」
「大丈夫大丈夫、甘いものはほら、別のとこに入るから」
実に楽しそうなクラウディアはコーヒーも飲み干して、ついでとばかりにコーヒーのおかわりを追加注文。
「お姉様…………またヴィクターお兄様に……太ったって言われる……」
「ふ、太ってないもん! 頭使ってるから甘いものが居るのっ!」
この日、クラウディアの食べっぷりを目の当たりにしたツァイス伯爵領から来た4人は、しばらくスイーツを食べる気になれなかったという。




