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40 再びのお披露目

 大勢の貴族や文官、騎士が居並ぶ謁見の間は、いつにない熱気に包まれている。

 玉座が据えられている壇上には、四枚の大きな額がイーゼルに立てかけられ、布で覆い隠されている。

 

「静粛に」

 

 よく通る皇太子の声の直後、貴族たちの喧騒はぴたりと静まり返った。

 

「皇帝皇后両陛下のお成りです」

 

 軍人たちは敬礼し、多くの貴族たちは玉座に向けて跪く。

 壇上に向かって右側から、大柄な皇帝と、質素ながら品のいいドレスを身に着けた皇后が並んで謁見の間に入り、悠然と玉座に腰掛けた。

 

「では、ディエゴ・ブロニカ卿、ラウラ夫人。それにケント・マミヤ殿、シェリー・ストライダー殿、マリア・ブロニカ殿。前へおいで下さい」

 

 皇太子の言葉に従い、6人が玉座の正面に歩み出て、先頭のディエゴに習って全員が跪いた。

 

「ブロニカ卿、最初に確認します。卿は10日前、陛下の御前で写実画の制作を受注しましたね」

「は。間違いございません」

「卿から昨日、皇帝陛下が発注した風景画、それに皇后陛下が発注した帝室の肖像画、さらに陸軍元帥が発注したインダスター帝都の風景画、これらが全て完成したという話をいただきました」

「仰るとおりであります」

 

 低く、良く響くディエゴの声は謁見の間の隅まで届いた。

 

「実質的な作業時間は7日半ですね。そして卿は、完成が偽りであった場合、それに絵の出来に皇帝陛下が満足されなかった場合は、どうするとおっしゃいましたか」

「は、このディエゴ・ブロニカの首を差し上げる、と申し上げました」

 

 ざわざわと謁見の間に居合わせた貴族たちがどよめき出した。

 

「ディエゴ」

 

 玉座からも低い声が響く。全員の視線が向いた先にいるのは、皇帝アドル・ディ・インダスターである。

 

「面白ぇ。お前ェがそこまで言うってことは、よほどの出来なんだろうな?」

「御意。このディエゴは絵を見てはおりませんが、請け負いますぞ。両陛下も必ずご満足頂けるはずです」

「ほう、見てもいねェのに請け負うか。よほどケントを信頼してると見えるな?」

「ケント殿は我が婿。となれば我が息子も同然であります。父が子を命をかけて信じるのは、皇帝陛下が皇太子殿下を信頼されるのと同じ事であります」

「言うじゃねぇか」

 

 にや、と皇帝が歯を見せて笑う。

 最も大きな額は、皇帝が両手を広げた幅よりもさらに広い、謁見の間や回廊の広間の壁に掛けても良いようなサイズだ。

 

「どれ、見るぜ」

 

 アドル帝の手が覆い布にかかり、ばさ、という派手な音を立てて布が派手に翻る。

 

 静寂。

 

 しん、と静まり返り、誰かが呼吸する音すら聞こえない。

 

「……こいつァ……とンでも無ェなオイ」

 

 呟いた声は皇帝のものだ。

 次男ヴィクターは思わず立ち上がり、絵のすぐ前に回り込む。

 続いてクラウディア、ヴィクトリアも同様に絵の前に回り込んで、姉妹ともに目を見開いて息を呑んだ。

 

 描かれている風景は、クラウディアが白金貨500枚で買い求め、現在陸軍元帥執務室に飾っている風景画と同じものだ。

 だが、サイズが倍になったことでより細部の描きこみがわかりやすく、尋常でない高精細さが際立っている。

 

 黙ったままじっと立ちつくす皇帝に陸軍元帥、海軍提督、それに大神官を押しのけるように、絵の真正面に立ったのは皇后ケントメアだ。

 閉じた扇子を口元に当ててしばらく見入っていた皇后は、絵から視線を動かさぬまま口を開いた。

 

「素晴らしい」

 

 短く、何のためらいもなく言い切った声は、言わせた貴族全員の耳に届いた。

 

 続いて皇后は、イーゼルに掛けられた多い布をすべて取り払うと、誰もが目を疑うような絵が姿を表した。

 帝都を一望する丘から見たインダスター帝都の姿は、居並ぶ建物の窓のひとつひとつ、それに帝城を築き上げている石積までを精緻に映し出している。

 

 特筆すべきは、皇室の6人が勢揃いした姿を描いた肖像画である。

 まるでそこに本当に存在するかのような、生々しいとすら言えるほどの写実性。今にも目が動いて自分に視線を向けるのではないか、というほどの存在感。

 全員の髪の毛の一本一本まで克明に描き出した写実画は、同控えめに表現しても超絶技巧以下の言葉では表せないものだ。

 

 そして最後に覆いが盗られたのは、インダスター帝都の玄関口とも言える城門だ。

 開いた城門から帝城が見える絶妙な構図で、重厚な石組みの壁に護衛部隊の騎士の立ち姿、行き交う人々や馬車も全てが完璧に描き出されている。

 仮に、宮廷画家がこの4枚の絵をひとりで描き上げるとしたら、それこそ最低でも10年はかかったかもしれない。

 

 それが、ブロニカ士爵家とともにやってきた『宵闇の光明』の二人は、帝都へやってきてからたった10日で成し遂げたというのだ。

 これはインダスター帝国の芸術史において、長く奇跡として語り継がれる大事件である。

 

「……これは、考え直さなければいけないわね」

 

 そうきっぱりと言い切った皇后は優雅に振り返り、優雅な足取りで跪いたままのディエゴ・ブロニカに歩み寄った。

 

「大儀でありました、ブロニカ卿」

「は! お褒めに預かり恐悦至極であります!」

「それにケント・マミヤ、シェリーストライダー。宵闇の光明の手腕、確かに素晴らしいものです。感服しました」

「あ、ありがとうございます、あの……恐悦、しごく……? でございます」

 

 ふふ、と嬉しそうな笑い声を漏らし、ケントメアはシェリーとケントの前に歩み寄る。

 

「さ、お立ちなさい」

「え? あ、あの、陛下」

「さぁさぁ、シェリーさん、あなたも」

「は、はわ……はわわわわあああのあの、あのっ、皇后さま?」

 

 ケントとシェリーに手を伸ばし2人を立ち上がらせて振り返らせる。

 ケントたちの眼の前には数えるのも嫌になるほどの人数、着飾った貴族たち全員が視線を向けている。

 シェリーはケントにしがみついて、小さく『やだやだやだやだ、帰りたいよぅ』と呟いている。この日ばかりはケントもまったくの同感である。

 

「ディエゴ」

「は」

「彼ら宵闇の光明は、ブロニカ商会が支援すると言っていましたね?」

「御意に」

「皆、聞きなさい」

 

 ケントメアの声が、謁見の間に再び響く。

 

「この『宵闇の光明』への直接交渉は厳に禁じます。全てこのディエゴ・ブロニカ卿を通すように。良いですね」

 

 居並ぶ貴族が全員跪いた。明確な恭順の意思表示である。

 

「それとクラウド」

 

 皇后は機敏に皇太子に向き直り、つかつかと歩み寄ると扇子で口元を隠したまま何事かを囁く。

 皇太子は驚愕の表情を浮かべて『いやそんないきなり』『こちらにも都合が』『それはいくらなんでも』と何か抗議をしているようだったが、結局はいつも通り皇太子ががっくりと、文字通り『折れる』ことになった。

 

「ディエゴ・ブロニカ卿、この絵の価格は」

「は。風景画『雄大なるイーストマン大渓谷』は白金貨750枚、同じく風景画『壮麗なるインダスター帝都を望む』は白金貨300枚、風景画『帝都城門』は白金貨200枚。畏れ多くも皇室の皆様を描きました肖像画は、このディエゴと宵闇の光明の2人より、皇室に対する献上品とさせていただきたく」

 

 ディエゴの値付けは、あらかじめケントやシェリーと打ち合わせをしたものである。

 

 ド庶民である2人にとっては、そもそも『白金貨』などというものは通常目にすることが無いものだ。シェリーに至っては、ユリアから支払われたという白金貨350枚を目の当たりにして、『おえっ』と吐きそうになりトイレに駆け込んだこともある。

 当初ディエゴは、イーストマン大渓谷の大風景画は白金貨1000枚、帝都を見下ろす風景画に500枚、帝都城門は300枚にして、肖像は白金貨800枚にしてはどうか、と持ちかけていた。

 

『勘弁して下さいディエゴさん……そんな大金、持ってしまったら恐ろしくて生きていけません。マリアさんに生活の上での苦労をさせようとは思いませんが、あまりにも大き過ぎるお金は、かえって人を不幸にしてしまいます。マリアさんも浪費をされる方ではないでしょうし、もう少し安くなりませんか』

 

 と、何故か売主側が値切るという奇妙な減少が起きている。

 

 さらに、ケントが頑として譲らなかったのが、皇室の肖像画を『献上品』とすることだ。

 爵位も何も持たない平民のケントとシェリーにとって、そもそも皇帝など一生関わることのないほどの雲上人だ。馴れ馴れしく接してくるクラウディアも、国が違えば目線を合わせただけでも逮捕されてしまいかねないほど、身分の違いがある。

 そもそも皇帝一家を描いた絵に値段をつける事自体恐れ多い、というのがケントの談である。シェリーも青ざめた顔でしきりに頷いており、こればかりはディエゴ側が譲らざるを得なかった。

 練りに練った価格であったが、皇后ケントメアの返答は明確この上ないものであった。

 

「なりません」

「え」

「えっ?」

 

 その短い返事に、思わず声を上げたのはケントとシェリーである。

 

「何ですかその低すぎる値付けは。断じてなりません。イーストマン大渓谷の風景画は白金貨2000、帝都俯瞰図と帝都城門の図はそれぞれ白金貨1000、そして我が家の肖像画は白金貨3000」

 

 ケントの直ぐ側でシェリーが真っ青な顔でふら、と身体が大きく揺れる。

 慌ててケントが肩を抱きとめて、かろうじて謁見の間での嘔吐と失神という失態は免れた。が、シェリーの肩を抱くケントの手も震えている。

 

「合わせて白金貨7000で、すべて我がインダスター帝国皇室が買い受けましょう。よろしいですわね? 陛下?」

「おう、良い買いモンだ」

 

 皇后も皇后なら、皇帝も皇帝である。満足気に頷いて鷹揚な足取りでケントとシェリーの元へ歩み寄った。

 

「よくやったぜ、ケント・マミヤ、それにシェリー・ストライダー」

 

 にっ、と歯を見せて笑った皇帝は、改めて胸を傲然とそびやかし、戦場でも遠方まで届くという声で宣言した。

 

「俺ぁこの上なく満足だ、宵闇の光明の2人。それにディエゴ。購入代金とは別に手前ェらは褒美を取らせる」

 

 既に言葉も出ない平民2人は顔から血の気が失せ、立っているのがやっとの状態である。

 

「ちなみに、だ。皇帝からの褒美は辞退も値切りも効かねェからな。後日目録はよこすが、とりあえず……おいディエゴ」

「はっ」

「新たな芸術を見出し、保護し、そして帝国内に広く知らしめた功績はデカい。手前ェは爵位を二段階昇進、ただいまこの時よりブロニカ子爵を名乗れ」

「御意! ありがたき幸せであります!」

「それからケント・マミヤ」

「は、はい……」

「全く新しい芸術の創出ってなァ文化水準の向上、そして外需に国内での需要喚起という大きな貢献だ。おまけに人柄も誠実にして極めて有能。よって、俺様の裁量でケント・マミヤを準男爵に叙する」

 

 この日、皇帝と皇后の御前にあって、ケントとシェリーは同時に気を失った。

 

 2人にとって幸いだったのは、床に分厚い絨毯が敷かれていたこと、その直後に皇帝が言い放った『加えて褒章だ、白金貨3000枚を取らせる。……ってオイ、大丈夫か? オイ衛生兵!』という言葉を聞かずに済んだことだ。

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