04 新しい道はどこに
宿屋の2階にある小さな部屋には、ベッドが1つと小さな机が1つ置かれているだけだった。都会のビジネスホテルよりも若干広い程度の部屋で、ほぼ『寝るだけ』のための部屋だ。
その部屋の中では、窓明かりを頼りにケントが冒険者の手引とされる冊子をじっくりと読み込んでいた。
「ふぅむ……なるほど、駆除依頼、討伐依頼、採集依頼、それに雑用依頼ですか……駆除と討伐は避けたほうが良さそうですね」
ひとりそう呟いてページをめくる。
文字だけで実に簡素にまとめられた資料は、本当に必要最小限の事項しか記されていないようだ。
曰く、ギルド内での乱闘や抜剣は問答無用で処罰の対象となること。
他の冒険者の妨害行為や、パーティーメンバーの置き去りも処罰対象であり、場合によっては治安を護る騎士団へ突き出され犯罪奴隷となるケースもある。
また、依頼の中には子守や、農作業の繁忙期の手伝い、それに森の中で取れる素材の採取や調査といった、戦闘行為とは遠いものも数多くある。が、それらの依頼は総じて報酬も安く、1件あたり小銀貨1枚から、高くて大銀貨1枚程度だ。
一方、巨大な魔獣の討伐やダンジョンの調査依頼などは、物によっては大金貨10枚といった報酬が提示されているものもあった。
「いずれにせよ、絵描きに出来ることは少なそうですね……」
最後のページまでたどり着いて、静かに冊子を閉じる。
窓の外へ目をやると、外はすでに少し陽が傾きかけていた。
前日に宿屋に入ってから夜は早々に床につき、朝食を済ませて冊子を読み込むこと4周、ケントはこの時点で、大多数の冒険者よりもギルドのルールに詳しい冒険者となっていた。
「シェリーさんは無事に用事を済ませられたでしょうか」
窓の外に見る多くの建物の中の1つに、ドルマ王国錬金術協会があるという。
シェリーは普段、別の街を拠点に錬金術ジョブの冒険者として活動している。
だが、彼女はある事情で、今回王都の協会本部に呼び出しをくらっていた。朝から協会本部へ出かけたシェリーは、昼を過ぎてもまだ宿に戻ってきていない。
「迎えに行って迷子になっていては本末転倒、ここは大人しく待つとしましょうか」
そう呟いて、ケントはドアを開いて宿の1階にある食堂へと移っていった。
中年の女将はケントの姿を認めると、にっと歯を見せる笑顔を浮かべた。
「ようニイさん、あんた今日は1日部屋にいたのかい?」
「えぇ、何ぶんこの街のことは何もわかりませんし、冒険者の事もわからないことだらけですので。とりあえずは冊子を読んでおこうと思いまして」
「そうかい、まぁそれが良いかもしれないね。若い奴らは、ろくに知ろうともしないで突っ走って、それであっけなく死んでいくんだよ。アタシもそういう若いバカを何人も見てきたからさ。大きな戦争はないし、魔王ってのも随分昔にいなくなったらしいんだけどね。国同士の小競り合いはあるし、魔獣だのダンジョンだのってのはやっぱり危険だからね。こないだなんかも15のガキが魔獣に喰われて死んだ、なんて話も聞かされたよ。アンタは19だっけ? 歳の割に落ち着いてるじゃないか」
「えぇ、よく言われます」
ケントがカウンターに座り、『黒豆茶』を注文する。この食堂で最もやすいメニューだ。
「シェリーさんはまだ戻りませんね」
「あぁ、まぁアレだよ、あの子はまぁ色々とね……」
女将が複雑そうな顔を宿の入口へ目を向けると同時、静かにドアが開いて、まるで幽鬼のようにふらふらと力のない様子のシェリーが戻ってきた。
「お帰りなさいシェリーさん、お疲れ様でした。ご用事はもう済みましたか?」
「…………ケント……」
ケントの声に顔をあげたシェリーの目は真っ赤に腫れており、今も涙がぼろぼろと溢れ出ている。
「シェリーさん……?」
ぺたん、とシェリーは床に座り込み、ぐすぐすと啜り上げながら泣き始め、次第に嗚咽が大きくなる。
「シェリーさん? どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
「うっ……わ、わたし……わたし……ぐすっ……」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をケントに向けて、まるで小さい子供のように両手で顔を多い、大声で泣き始めてしまった。
「わたし、クビになっちゃったああああ!」
たっぷり30分ほど泣いて、ようやく落ち着いたシェリーは4杯目のエールのジョッキをぐびぐびと豪快にあおる。
だん、と豪快な音を立ててカウンターにジョッキを叩きつけて、耳まで真っ赤になり目も座ったシェリーは管を巻いている。
「何なのよぉ……私だって、私だってさぁ! 私だって頑張ってんのよ! 頑張ってても出来ないことってあるじゃない!? ねぇケント、そう思わない!?」
「そうですね、思います。それよりシェリーさん、飲み過ぎですよ。少しペースを落としましょう。食事も摂りながらにしましょうか。ね? 女将さん、なにか適当に、小銀貨1枚分程度でおつまみをお願いできますか?」
「はいはい、待ってな。なぁシェリー、アンタ確かにペース早すぎだよ。何があったっていうのさ、いきなり錬金術師協会をクビなんて、やっぱりアレかい? アレが原因かい?」
じろ、と睨めつけるような目で女将を見下ろすと、シェリーは涙を浮かべた目をゴシゴシと手の甲でこすり、小さく頷いた。
「あ、あの、シェリーさん? その『アレ』というのは……?」
ケントが心配そうな顔で、へべれけになったシェリーの顔を覗き込む。
エルフ族である彼女は、酔っ払っていてもその顔立ちは整っていて美しい。
「なんだいシェリー、このニイさんに言ってなかったのかい? ……なぁニイさん、今から言う事聞いても、シェリーのこと軽蔑したりしてくれるなよ? シェリーはね、錬金術師なんだけど……ポーションを作れないんだよ」
「ポーションを作れない、ですか?」
「そう。錬金術師の基礎中の基礎、回復薬を作れないってんでねぇ。この子なりに色々頑張ってたみたいなんだけど、なかなかキビしい状況でさ……そうかい、とうとうクビになったかい」
「私だって! 私だってね? 頑張ってたの! 何度も何度も失敗して、それでも何とか作ろうとしてて!」
「まぁ落ち着きな。そうは言っても錬金術師はポーション作ってナンボの商売だろ、あんたこれからどうするんだい? ドルマ王国の協会を首になったってことは、国内じゃ錬金術師として食ってけないだろ? どっかよその国の協会で認定試験受けるかい?」
「ぐすっ……やだ、もうやだ……なんで私ばっかりこんな目に……」
不意に食堂のドアが開き、身なりの良い女たちが数名食堂へと入ってきた。
新しく入ってきた客の顔を見て、シェリーは慌てて顔を伏せた。が、女たちはシェリーに気付いたのかニヤニヤと笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。
「あれぇ、シェリーじゃない? 何してんのこんなとこで? ヤケ酒ぇ?」
くすくすと、実にいやらしい笑みを浮かべて女の1人が声をかけてくる。
「そうだよねぇ? 呑まなきゃやってらんないよねぇ? 錬金術師協会クビになっちゃってさぁ? あーぁ、かわいそ」
あははは、と楽しげに笑う若い女達は、哀れみではなく、蔑みの視線をシェリーに投げつけて回れ右をする。
「あんなポーションも作れない錬金術師くずれと一緒じゃ、酒が不味くなっちゃうわ。よそ行こよそ」
「そうよねー」
再び楽しげな笑い声。
結局女たちは、席につくこともなく食堂を出ていった。
「……シェリー、あいつら知り合いかい?」
「…………協会の……錬金術師……」
俯いたような姿勢で呟いたシェリーに、女将はジョッキを新しく差し出した。
「まぁ飲みな、アタシのおごりだよ」
差し出されたエールを受け取ると、ぐいっと一気にあおる。
ジョッキを再びカウンターにたたきつけて、『ぶはぁ』と豪快に息を吐く。
「なぁシェリー、アンタも色々あるんだろうけどさ、錬金術師のジョブ神託を貰ったからって、無理に錬金術やる必要ないんじゃないのかい? アンタ土魔法だって使えるんだろ? そっちで喰ってきゃ良いじゃないか」
「……ムリよそんなの……錬金術師のジョブ神託で、それで魔法使いなんて、ドルマ王国じゃ魔術師協会でも門前払い確定よ」
「とは言ってもねぇ。回復薬も作れない錬金術師でいるよりは果てしなくマシじゃないのかい? ほら、アンタ『ガラスのシェリー』なんていう二つ名まで着けられるくらいなんだしさ?」
「ガラスのシェリー、ですか?」
「あぁそうだよ。この子はね、土魔法の中でもガラスを操る魔法に関しちゃ超一流って言われるくらいの腕前なんだよ。まぁ錬金術師のジョブのせいで魔術師協会に入るのは難しいんだけどさ」
「そういうものなんですか……その、ガラスを操る魔法というのはどのようなものなんです?」
「つまんないものよ。石礫も飛ばせない、石壁も出せない、ただただガラスをほら、こんな感じで」
シェリーが宙で円を描くように指をくる、と回すと、空になったジョッキが形を変え、真四角のキューブ状のガラスの塊に変わる。
再び指を動かすと、キューブ上のガラスは円盤になり、筒になり、そしてもとのジョッキの形へと戻る。
「こんな感じ。……私ね、本当は魔法使いとしても錬金術師としても落ちこぼれなのよ……まともに使える魔法はガラスを操れるだけ。錬金術は回復薬もロクなの作れなくて、一番マシな聖水だって変色しちゃうし……それも光に当たるとすぐ色が変わっちゃうから使い物にならないし……」
はぁ、と大きくため息をはいたシェリーがカウンターに突っ伏したが、それと対照的に顔をあげたのはケントだった。
「光に当たると色が変わる? それは、具体的にどのような変わり方なんですか?」
「え? ……うーん、まぁただの失敗作っていうか……暗いところなら透明なんだけど、明るいとこに持ってくと黒くなっちゃうの。光を当てるのが色が変わる理由みたいなのよね。聖水の失敗作なんだけど、黒くなっても一応聖水としての効果はあるのよ。でもね……真っ黒な聖水なんて、誰も信じてくれなくって、それでーー」
「シェリーさん、その色が変わる聖水、1本譲って頂けませんか? 出来れば、まだ色が変わっていないものを」
「あー、良いわよぉ。タダであげる……回復薬つくっても解毒薬つくっても麻酔薬作っても聖水作っても、なーんか色変わっちゃうし……もうホントやだ……なんで私ってこう、ダメなんだろ……」
「シェリーさん、あともう一つ」
「……何? どしたのケント?」
「こういう形のガラスを作れませんか? 円形で、横から見るとこんな形状で、この曲率は一定で、密度も一定で、直径もこういうサイズのものを、それぞれ1枚ずつ。合計4枚なんですが」
ケントはポケットから取り出した紙とペンで、組み合わせて使うタイプのレンズの図が描かれている。
4枚組の、テッサーと呼ばれるタイプのレンズの組み合わせだった。
「えー? ……何コレ? うん、まぁ材料さえあればどうとでも出来ると思うけど……」
「女将さん、このジョッキ、1つ買い取らせてください。おいくらですか?」
突如表情が変わったケントに驚いたのか、女将もシェリーもきょとんとした表情を浮かべる。
「ま、まぁジョッキ1つなら小銀貨1つで良いよ。一応洗ったやつ持ってきてやるから、ちょっと待ってな」
女将が1度キッチンの奥に戻り、手にきれいに洗われたばかりのジョッキをもって戻って来る。
結構分厚いガラスで作られており、容量はエールが500ミリリットル程度入るだろうか、という程の大きさだ。
「それじゃあ、行っきまぁーす」
「ちょっと待ってくださいシェリーさん! 精密な加工が必要ですので、出来ればシラフの時にお願いします。あと女将さん、このあたりで箱を売っているところはありませんか? それか木の板でも良いんですが」
「木の板? あぁ、まぁそれなら仕入れの時に野菜が入ってた箱ならあるけど、それで良ければタダで持っていきな。どうせ捨てるんだし」
「ありがとうございます。あと、出来れば木工の道具を売っている店を教えて下さい」
「木工道具か……そうだね、ノコギリとかノミとか、その辺のだろ? じゃあアレだ、ここの斜向かいに武器屋があるんだけど、そこで一通り扱ってたんじゃないか? あんた絵描きだって話だったけど、木工も出来るのかい?」
「まぁ、少々嗜む程度です。すみません、シェリーさんの分のお代もコレでお願いします! あと、出来ればその箱は僕の部屋に置いておいてもらえますか?」
「あぁ、良いよ。……シェリー、あんたこんなとこで寝るんじゃないよ。ほら部屋に戻んな」
ケントは慌てた様子で食堂を出ていき、女将はキッチンに声をかけてからやや大柄なシェリーを抱えるようにして、2階の客室へと挙がっていく。
しばらくして両手に工具の類を抱えたケントが戻って来たが、女将には『少し音がするかもしれませんが、部屋と家具は壊しませんので』とだけ告げると、部屋にこもってしまった。
「……やれやれ、まぁ壊さなきゃ別になにやっても良いんだけど……あいつ、女に興味ないのかねぇ。ツレのエルフ女が酔いつぶれてるってのに、手を出さないつもりかい」
そう呟いて女将はキッチンへと戻っていった。
その日、夜遅くまでケントが泊まる部屋からは木を切る音に金槌の音が漏れ聞こえていた。




