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03 出来ること、やりたいこと

 ドルマ王都にあるバルゴ神殿は、しばらく騒然としていた。

 最奥にある創世の大精霊の祭壇で、大神官ですら見たことがないというジョブ神託が下った、という話は、ごく一部の神官たちだけに伝えられたが、祭壇から放たれた光だけは秘匿できるものではなかった。

 神殿で祭壇が光る、というのはなにか重大な神託が下ったか、勇者などのユニークジョブの神託がもたらされるケースくらいだ。

 

 女神官は大慌てでケントとシェリーを神官用の執務室へと連れ込み、ドアの向こう側の喧騒が収まるのを待つように指示した。

 

「……私も神官をしてそこそこ長いのですが、ユニークジョブというものは初めてです。ケントさん、あなたは一体何者なんですか」

「はぁ、何者と問われましても……」

 

 困り果てたケントを見かねたのか、シェリーが身を乗り出して口を挟んできた。

 

「ケントはセプトパール大陸から来たの。このロディナル大陸で仕事を探して移住してきたのよ。別になにか悪さしに来たってワケじゃないんだし、ユニークジョブ自体別に悪いものじゃないんでしょ?」

「……言われてみれば、確かに仰るとおりです……ですが、ユニークジョブというものは、その内容がどういうものであれ、本人が好むと好まざるとにかかわらず注目を集めるものになります。冒険者ギルドに登録をする際にもジョブは必要になりますし……」

「あ、あの、1つ質問してもよろしいですか?」

 

 申し訳無さそうに手を挙げたのは、ケントである。

 

「その、冒険者ギルドというのは……? 世間知らずで申し訳ありません、何分この国の世情に疎いものでして」

「あ、あぁ、なるほど。セプトパール大陸にも一部にはギルドがあると聞いたことがあるのですが……冒険者ギルドというのは、様々な『依頼』を仲介する組織です。それこそ街のパン屋のお遣いから、国家が出す大規模なダンジョン探査依頼まで様々です。冒険者というのは、そういった依頼を受けて、成功報酬を依頼主から受け取ることで生計を立てる人々で、様々なジョブを持った方が自身のジョブに応じた依頼を受ける、というのが一般的です。例えば錬金術のジョブを持つ人はポーション生成の依頼を受けたり、といった具合ですね。逆に錬金術師から素材採取の依頼をギルドに出す、ということもあります」

「ほう、なるほど……シルバー人材センターのようなものですか……」

「シルバー……? それは、セプトパール大陸にあるギルドですか? ゴールドじゃなくて? シルバーなんですか?」

「え、えぇまぁ、僕が生まれた土地の組織ですね。それで、僕のその、光画師でしょうか? それはどのようなジョブなんでしょうか」

 

 女神官は眉間にシワを寄せ、かなり難しい表情を浮かべた。

 これまで多くの民のジョブ神託を見届けてきた彼女でも、光画師などというジョブは聞いたことがない。恐らくは光魔術関連の何者かであろうと推測することは出来る。

 

「……おそらく、ケント様の光画師というユニークジョブは、光魔術に関わるなにかではあろうと思います。が……戦闘に携わるジョブである可能性もありますが、ご自身のジョブがどのようなものか、はっきりするまでは補助職や後衛職として振る舞うのが無難かと思います。突然最前線に放り込まれるとなると、命が危険にさらされます」

「なるほど、それは確かに……そうですね、そのようにしようと思います」

 

 ケントには、心当たりがあった。

 光画という言葉は、古い言葉で写真を指すものだ。つまり光画師とは写真技師といった意味ともとれる。

 幸いなことに、麻宮健人であった頃から培った知識があり、さらに健人は昔から手先が非常に器用だった。加えて写真の勉強にと思い鉛筆画も長年描いてきた。

 戦闘などといった荒事に自分が向いていない事は、ケント自身誰よりも良く理解している。

 

「では、画家ということではどうでしょうか。幸い、多少ですが絵を描くことはできます。ジョブの名前も『光画師』とありますし」

「そうですね。それが良いと思います」

「じゃ、じゃあケント、どうする? 冒険者ギルド、登録する?」

「そうですね。シルバー人材センターでも、登録しないと仕事は来ませんでしたし、登録はしたいですね」

「わかったわ、それじゃ今日早速、登録行きましょ。私が付き添ってあげる。私も錬金術師としては最下位だけど、冒険者ランクは下から3番目なの」

「そうなのですか? 冒険者ランクというのがあるんですね……それはその、能力や実績に応じて、といったものでしょうか?」

「そうね。冒険者ランクは一番下がFランク、その上がEランクで、今のところ私はDランクなの。一番上のランクにはSSSランクなんていうのもあって、これはもう一国の王様と同じくらいの権限が認められたりしてるの。登録したばっかりの人は、とりあえずFランクからのスタートね」

 

 シェリーの説明に、女神官も言葉を続ける。

 

「ランクというものは、ギルドに対する貢献度合いで決められることが多いものです。たとえば、どのようなジョブであっても、冒険者ギルドに出された依頼を成功させて、貢献度を重ねていけばランクをあげることが出来ます。逆に、依頼を何度も繰り返し失敗したり、犯罪行為に手を染めたりするとランクが下がり、最悪の場合逮捕収監され、犯罪奴隷になることもあります」

「……奴隷、というものもあるんですね……シェリーさん、あなたは確か錬金術師では最下位と仰っていましたが、それは冒険者ランクではないのですか?」

「そうよ。ジョブには習熟度合いに応じてランクがあって、下からブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、マスター、ハイマスター、そして最上位がグランドマスターランク。ランクって言う人もいれば、『マスター級』っていう人もいるけど、一般的には『級』の方が使われやすいかな。私はブロンズ級の錬金術師で、Dランクの冒険者、って事になるの」

「なるほど。では私はブロンズ級の光画師で、Fランクの冒険者として登録することになる、ということですね」

「そんな感じね。じゃあどうする? 早速冒険者登録しとく?」

「はい。早めに登録しておこうと思います。それに、今日泊まる宿も必要ですし」

 

 シェリーはにっと笑顔を浮かべてケントの手を握り、ぐいっと引っ張る。

 

「じゃ行きましょ! 私、王都の冒険者ギルド事務所は何度か来たことあるの」

「えっ、あ、シェリーさん?」

 

 ぐいぐいと遠慮なしに手を引っ張るシェリーの力は意外に強く、しばらく歩いて冒険者ギルドの建物へ着いたときには、ケントの手は少し赤くなっていた。

 ギルドの受付と思しきカウンター付近は、甲冑を着込んだ大柄な男や、ほぼ半裸と言っていいほど露出の多い装束を身にまとった、耳の長い女など、実に様々な者たちで賑わっていた。

 シェリーがまたケントの手を引っ張り、賑わうカウンターの中で列が出来ていない窓口へとたどり着く。

 

「いらっしゃいませ、こちらは新規登録窓口ですが、ご登録ですか?」

 

 窓口の若い女は、特に愛想が良いというわけでもなく淡々と、決まり切ったマニュアル通りであろう口調で話を続ける。

 

「新規のご登録であれば大銅貨3枚、冒険者証の再発行は少銅貨5枚です」

「あの、新規の冒険者登録をお願いしたいのですが」

 

 窓口の女の淡々とした対応に全く動じること無く、ケントはいつもと変わらず柔らかい物腰で話し始める。

 

「では、こちらに必要事項の記載を。お名前と年齢、それとジョブにジョブランク、種族と性別と出身地ですね」

 

 ケントが差し出された書類に目を落とす。

 実にざっくりとした様式だ。差し出されたペンで必要事項とされた項目を書き込んでいく。

 ステータスで確認した内容と先ほどの神殿での話を合わせて、氏名はケント・マミヤ、年齢は19歳。ジョブは光画師のブロンズ級、種族はヒト族で、性別は男性。セプトパール大陸の出身、と記入しておいた。

 

「こちらでよろしいですか?」

「拝見します。…………光画師?」

「はい、どうやら絵を描くジョブなようで、私もまだよくはわかっていないのですが」

「絵描き、ですか……まぁ戦闘向きではないですよね。後衛、支援職の分類で登録します。では、本人照合を行いますので、こちらの水晶玉に手を当ててください」

 

 言われるがまま、ケントは差し出された水晶玉にそっと手のひらを載せる。

 水晶玉が緑色の光を放ち、差し出したはずの書類は軍の認識票のようなペンダントへと姿を変えていた。

 

「これは……すごいですね、さっきの紙がペンダントになるんですか」

「え? あぁ、えぇまぁ。これが冒険者証です。再発行にはお金がかかりますから、無くさないように気をつけてください。……そうか、セプトパール大陸からはるばる来られたんでしたっけ? あの大陸は後進国ばかりみたいですし、魔法も使う方がいないんでしょう。まぁこのドルマ王国では戦闘向きのジョブでなければ、冒険者としてのランクをあげる事も難しいでしょうけど、周囲に迷惑かけないように、あと死なないようにしてください。事務処理が結構面倒ですから。あと、後方支援職の方向けの冒険者の手引はこれと、あとこの冊子を呼んどいてください。依頼はあっちの掲示板に張り出されてます。Fランクの方は、1人だとFランク依頼だけ。上位ランクの冒険者とパーティを組んで入れば1ランク上の依頼まで受けられます。受けたい依頼の票を、あっちの受付窓口に出してください」

 

 まるで突き放すような言い方と、実際に突き放すように差し出された冒険者証を首から下げる。

 

「ありがとうございました。講習の類は無いんでしょうか?」

 

 はぁ、と実に面倒くさそうなため息をついた受付の女は、なぜかじろりとシェリーを睨みつけた。

 

「まぁ戦闘職の方向けの講習はありますけど、後方支援職の方にお伝えすることはただ1つですよ。戦闘職の冒険者の足を引っ張らない、邪魔をしない。はい以上です。他に質問は?」

 

 いかにも『これ以上なにも聞くな』と言わんばかりの表情で、今度はケントを睨みつける。

 が、ケントは全く動じる様子もなくにこやかに笑みを浮かべ、頭を下げた。

 

「いえ、こちらの冊子を拝見することにします。ありがとうございました。ではシェリーさん、行きましょうか」

 

 ケントの後ろで耳の先まで真っ赤にして、怒鳴り始めても不思議ではないほど怒りの表情を浮かべていたシェリーの肩をぽん、とたたき、ケントがギルドの壁に張り出された依頼票へと歩み寄った。

 鼻息が荒いままのシェリーは、精一杯興奮と声量をおさえながらも、まだ怒りを抑えられずにいた。

 

「何今の! 腹立つ! あんな無愛想で不親切なのってある!?」

「まぁまぁ、そんな怖い顔をしていたら、せっかくの整った顔立ちが台無しですよ。まぁ、あの窓口の方も色々あったんでしょう。それより、ギルドへの登録は無事できたことですし、宿を確保しないといけませんね」

 

 ケントはぱらぱらと『はじめての冒険者ガイド』と表示に書き込まれた冊子をめくる。

 冊子の中の1ページには、ドルマ王都内の宿屋ガイドのコーナーがあった。

 王都はさすが人が多いだけあって、素泊まり1泊小銀貨1枚の安宿から、1泊だけで大金貨が飛んでいくような高級ホテルまで揃っているようだった。

 

「シェリーさんはどちらにお泊りに?」

「え? 私はまぁ……王都に来たときには定宿にしてるとこがあるから。そこは夕食付き1泊で小銀貨3枚で、まぁ食事付きなら安い方かな。ケントも同じ宿にする?」

「そうですね。右も左もわからない土地ですし、経験がある方のお勧めに従うことにします」

「ん、了解。じゃ行きましょ。とりあえず今日は長旅で疲れてるし、依頼なんかはまた明日からでも――」

「よぉニイちゃん、新入りか?」

 

 突如、シェリーとケントの後ろから、大柄な傷だらけの顔の男が声をかけてきた。

 背中には斧を備え、革製の鎧を身に着けている。いかにも『戦闘職』という出で立ちだ。

 

「聞いてたぜぇ? 絵描きだってなぁ? そんなジョブで、このドルマ王国で生きて行けんのか? あ? 大人しく田舎に引っ込んでた方が身のためなんじゃねぇのか? あ? ビビってんな? あ?」

 

 思わずシェリーが握りこぶしを固めるが、ケントは全く動じる事も怯むこともなく、穏やかな表情のまま大男に向かい合う。

 

「これはご丁寧に、ご心配ありがとうございます。とりあえずは雑用のような依頼もあるようですし、危険の少ないものから経験してみようと思います。何分、冒険者という仕事も初めてで解らないことばかりですので、ベテランの皆さんの邪魔にならないよう気をつけようと思います」

 

 喧嘩腰であった大男も、まさかここまで柔和にかわされるとは思っていなかったのだろう、呆気にとられた顔で『あ? お、おう……』と何も言えなくなってしまった。

 

「ではお先に失礼します。さ、シェリーさん、行きましょうか」

「え? ……えっ、あ、うん……」

 

 しばらく無言で歩いていたシェリーとケントだったが、不意にシェリーが立ち止まる。気付いたケントが少し遅れて止まった。

 

「ケント、あなた頭に来ないの? さっきの」

「さっきの? あぁ、さっき声をかけて来られた方ですか? いやぁ、親切な方もいたものですね」

「へ? し、親切?」

「受付の方のお話からしても、きっとこのドルマ王国という場所では戦いに向いたジョブを持っていないと危険だ、ということを教えて下さったんでしょう。初心者の僕の安全を心配してくださったんですよ。窓口の方も、ベテランの方の足を引っ張らないようにというのは、あれはきっと『ベテランが立ち入る場所は危険が多いから、経験を積むまではあまり近づくな』ということでしょうか。見知らぬ僕に親切にして頂けるとは、幸先が良いですね」

 

 うんうんと頷きながらケントは相変わらず穏やかな笑みを浮かべている。

 一方のシェリーは、なかば青ざめた顔で呆然と目の前の若い男を眺めていた。

 

 あまりにも穏やか過ぎる。

 

 ここまで来ると、もはや度を越したお人好しであるか、そうでなければ極端に空気を読めない馬鹿か、あるいは老成した賢者なみの精神年齢であるかのどれかだろう。いずれにせよ、眼の前のケントという若者に対する見方を変えざるを得ない。

 

「やはり先達のアドバイスには耳を傾けるべきですね。とりあえず今日は宿で身体を休めて、明日から危険が少なそうな依頼を探すことにします」

「……ね、ねぇケント? あなた、本当にヒト族? 実はエルフ族で、本当は300歳くらいだったりしない?」

「いえ、そんなことはありませんよ」

 

 実に納得行かない、という表情のままのシェリーの案内で2人は宿屋へとたどり着いた。

 宿の女将とシェリーはすでに顔なじみなようで、ケントを手際よく紹介すると2部屋を無事に手配することが出来た。

 

「夕食までは少し時間があるけど、私は少し買い物があるから。ケントはどうする? 一緒に行く?」

「いえ、僕は少し休もうと思います。この冒険者の手引も読んでおきたいですから」

「それ、読むんだ……その手引って、まともに読む人見たこと無いのよね……ま、一応は役に立つことも書いてるみたいだし、読んでおいて損はないわね。じゃあ、また夕食のときにね」

「はい。お気をつけて」

 

 静かにドアを締めてシェリーはケントの部屋から出る。

 はぁ、と小さめのため息をついて振り返り、ドアの向こうにいるであろうケントの姿を思い出す。

 若い男であれば間違いなく腹を立てていたであろうギルド窓口の女の対応。

 そして、言いがかりをつけてきた男への柔和な答え。

 何よりも、光画師という聞いたこともないユニークジョブ。

 ひょっとしたら、自分はとんでもない人物と行動を共にしているのではないか。そんな考えが頭をよぎる。

 

「……なワケないわよね。どうせタダの絵描きだわ……」

 

 そう呟くと、シェリーは1人街へと歩き出した。

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