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38 納期はちゃんと守ります

 皇太子クラウドのもとに、ディエゴ・ブロニカ士爵が訪れたのは、謁見の間でのクラウディアの風景画お披露目からきっちり10日後のこと。

 書類をまとめて脇に置いたクラウドは、てっきり『やっぱり10日はあまりにも非現実的だから、後少し待って欲しい』という相談かと考えていた。

 

「ブロニカ卿、今なんとおっしゃいました?」

「は。クラウディア殿下からご注文を頂いておりましたインダスター帝都の風景画に、畏れ多くもアドル皇帝陛下より直々にご注文を頂きましたイーストマン大渓谷を望む風景画、それに皇后陛下よりお求め頂きました帝室の皆様方の肖像画、加えまして我が婿殿より、この度貴重な機会を頂いたことへの感謝の印としまして、この壮麗なるインダスター帝城の風景画を献上申し上げる準備が整ったとのことであります」

「…………すみません、誰か。誰かいませんか」

 

 皇太子の執務室は、国軍総司令官の部屋でもある。

 ドアが静かに開いて、ノーム族の女騎士が入ってきた。

 

「お呼びでありますか、殿下」

「あぁ、すみません。どうやら僕も疲れているようです。できるだけ濃いめのコーヒーと、あと甘いものを持って来てもらえませんか?」

「はっ、直ちにお持ちします」

 

 機敏な敬礼をクラウドに見せて、ついでにディエゴとも敬礼を交わして女騎士は足早に廊下を歩いていく。

 

「ブロニカ卿、ちょっと整理しましょうか。とりあえず、そちらの椅子におかけ下さい」

「はい殿下」


 皇太子クラウドに促されるまま、ディエゴは質実剛健な造りの椅子に腰掛ける。

 

「絵の枚数は何枚になりますか」

「は、合計で4枚であります。風景画が3枚に、帝室の皆様の肖像画が1枚であります」

「クラウディアの発注した絵はともかくとして、父上が……陛下が発注をしたのはつい10日ほど前でしたね」

「仰るとおりです殿下」

「それから? 確か次の日はエルマー中佐と視察をしていたと報告を受けています」

「このディエゴも、婿殿よりそのように聞いておりますな」

「しかも1日は、ご令嬢のマリア嬢にシェリー嬢のお二人と、ケント・マミヤ殿の婚約祝賀の宴になりました。陛下のノリと勢いと思いつきの産物ではありましたが」

「いやぁ、久々に楽しい酒でございましたな。ついこのディエゴも二日酔いになるまで飲んでしまいました」

「つまり……実質作業が出来たのは、今日を含めて8日もない、ということです」

「そのような計算になりますな」

 

 こんこん、とドアが静かにノックされて、先程の大柄な女騎士が盆にコーヒーカップと菓子を載せて戻ってきた。

 メガネを丁寧に拭く皇太子の前に、そして大柄なディエゴの前にコーヒーと菓子が置かれ、女騎士は一礼する。

 

「そちらのモンブランは、クラウディア殿下が絶賛しておりましたものになります。先日、クラウディア殿下とヴィクトリア殿下、それに光画師様も含めたブロニカ卿の御一行様がお店に半日滞在されて、店のメニューを制覇されたともっぱらの評判です。では、何かございましたらお申し付け下さい」

 

 皇太子は苦みの強いコーヒーを一口含んで、少し眉間を揉みほぐしてからじろりと目の前の大男を睨みつける。

 

「ブロニカ卿? あなたもご一緒でしたか? 甘味が好きなようですね」

「いや、このディエゴは聞いておりませんでしたな……おそらくは妻のラウラに娘のマリアが、両殿下に同行させて頂いたものでありましょう。やれやれ、娘を持つ父というものは、妻と娘に煙たがられるものですな。寂しいものであります」

「……ケント・マミヤ殿も半日店に滞在された、ということは……作業時間は7日半もなかった、ということになりましたね」

「ふむ、左様ですな」

 

 かちゃ、と静かにコーヒーカップを置いて、美味と評判のモンブランを口に含む。

 しっとりとしたクッキー生地に、栗の芳醇な香りが楽しめるマロンクリーム、それに実に濃厚な生クリームの舌触りを存分に楽しんだ皇太子クラウドはふむふむと満足気に頷いて、丁寧にフォークを置く

 口の中を満たしたミルクの風味を洗い流すためにコーヒーを一口。優雅に皿の上にカップを置いてから大きく息を吸い込んだ。

 にこ、と満足そうな笑みを浮かべた皇太子は、目を閉じて大きく息を吐くと、改めて慌てた様子を見せた。

 

「どこの世界に! 一体どこの世界に4枚もの写実画を! たった7日半で描く画家がいるというのですか!」

「ふむ、婿殿がそうですな」

 

 ディエゴも評判のモンブランを美味そうに食べながら、あっさりと答える。

 

「ありえません! 絶対にありえませんそんな事! 細密画ですよ!? それもクラウディアのあのサイズの絵の、倍の大きさですよ!? どう考えても1年、いや短くても2年はかかるはずです! まさか、陛下にお出しする品で万が一にも手抜きなど――」

「殿下、婿殿に限って手抜きはありませんぞ」

 

 大きな手で器用にコーヒーカップを持ち上げて、カップの半分ほどを一息に飲み込むと、少しだけディエゴの表情が鋭くなる。

 

「婿殿は芸術家というよりも、職人に近い気質をもっております。手抜きやいい加減な仕事を何よりも嫌うようです。人柄も温厚篤実にして誠実、我がブロニカ家が全力で支援することを即決したほどの人物であります。そのような婿殿が、畏れ多くも陛下にお納めする品で手抜きをするなど、このディエゴの首を賭けて『無い』と断言できます。万が一、婿殿が嘘偽りを申し上げた場合……いや、陛下が婿殿の『光画』に満足されない時は、このディエゴの首を刎ねていただいても文句はございませんぞ」

「……そ、それほど……人物を見る目は帝国一、と評判のブロニカ卿がそこまで言うほどの人物ですか……」

「はははは、いやぁ、恥ずかしながら人を見る目に関してはこのディエゴよりも、妻ラウラのほうがはるかに優れておりますぞ。なにせラウラはブロニカ商会の人事を一手に担っておりますからな。このディエゴも、妻には逆らえません」

「そのラウラ夫人が、一人娘の婿にと認めた人物……ですか……すみませんブロニカ卿、失礼なことを言ってしまいました。この通り、撤回して謝罪します」

「いやいや、なんの。お気になさることはございません殿下。正直なところ、このディエゴも娘の肖像が1日で出来上がったと知った時は、娘ではなく自分が魂の海に還るのでは、と思ったほどですからな」

 

 おまけに、この時ケントは1枚ではなく3枚もの肖像画を1日で仕上げている。

 このときに仕上げたマリアの肖像画は、今も商会長夫妻の寝室に大切に飾ってある。

 

「して、婿殿からはどのような形で両陛下、それにクラウディア殿下にお納めすべきかと相談をうけましてな。それで皇太子殿下にご相談申し上げておる次第です」

「なるほど、わかりました……いや、納得は出来ませんが、理解はしました……。ひとまず、注文していた絵ができあがった旨、陛下には私から伝えるとします。それに納品の場所や形式についても、陛下に希望が無いか確認しておきましょう。結果がわかり次第お伝えしますので、ブロニカ卿ご自身からラウラ夫人、お二人ともに連絡がつかなければ、今日中にユリア准将にお伝えします」

「畏まりました。ご理解に感謝いたします、殿下」

 

 大柄なノーム族の士爵を送り出したあと、しばらく背もたれに身体を預けて呆然としていた皇太子は、大急ぎで残りのモンブランとコーヒーを飲み込み、足早に階段を登っていく。

 帝城最上階の6階にある皇帝の執務室をノックして返事を聞く間もなくドアを開ける。

 

「失礼します父上」

「……おいコラ手前ェ、ノックの返事くらい待ちやがれ」

 

 皇太子の視線の先では、少し乱れた衣服を正している母ケントメアに、同じく急いで服を整えている父アドルがわざとらしい距離をおいていた。

 

「ったく、手前ぇも普段澄ましてるクセしやがって、親子の間とは言え遠慮と距離感ってなァ大事だぞ」

「はいはい、御夫婦仲睦まじくお盛んであられるのは大変結構なこと。家庭円満は国の平安の基本です。が、執務中はお控えになって下さい。ヴィクトリアは弟か妹が出来るのは喜ぶかも知れませんが。……そんなことより、母上もいらっしゃるのであれば都合が良いですね。良い知らせがあります」

「何ですかクラウド、その良い知らせというのは」

 

 早速平常心に戻った皇后ケントメアは、いつもとまったく変わらない表情と口調で頼りになる長男をじっと見つめる。

 

「驚きますよ、母上」

 

 眼鏡の位置を直してから、ようやく衣服を整え終えた父に視線を向ける。

 

「父上が発注していたイーストマン大渓谷の風景画に、母上が発注した帝室の肖像画が出来上がったとのことです」

「……あ? おいクラウド、お前ェ何言ってやがる」

 

 父は即座にガラの悪い事を言い始め、母は『ちょっと何言ってるか分からない』という顔を息子に向ける。

 

「注文したのが10日前だろ? ンなモン10日で出来上がるワケ無ェだろが」

「そ、そうよ? 風景画も抽象的な早描きの画家だって、何ヶ月もかかるはず……下書きだってまだ出来ていない時期ではないの?」

「私もそう思いました。先ほどブロニカ卿が私のもとにやってきて、納品の準備が出来たので、どのような形で、どこで納品すべきかと相談してきました」

 

 ふぅ、と自らを落ち着かせるように深呼吸をする。

 

「私も、まだ時間がかかるはずだと伝えました。ですが、ブロニカ卿は『出来たということが嘘であれば、自らの首を刎ねても構わない』と、そこまで話していました」

「マジか……おいマジか、本当に出来たってのか?」

「はい、そのようです」

 

 皇太子は真面目な顔で頷いた。

 しばし考え込んだ皇帝は、意を決したように顔をあげ、またしても皇太子の頭痛がひどくなるようなことを口走る。

 

「よし、じゃあ貴族共を集めな。謁見の間だ。クラウディアの絵のお披露目の時と同じだ。あらかじめ絵を運び込ませとけ。本当に出来てるってんならこの上ない晴れ舞台だし、嘘なら面目丸つぶれになる。ディエゴの野郎がそこまで言うなら、俺達も乗っかってやろうじゃねェか」

「そうね……そうしましょう。クラウド、手配なさい」

「やはり、私がやるんですね」

 

 もはやすべてを諦めたかのような顔の皇太子は力なく頷いて首を振る。

 

「あと、もう一つ」

 

 頭痛がひどくなってきた息子に、母である皇后ケントメアは追い打ちをかける。

 

「本当に絵をすべて仕上げた場合の報奨も考えねばなりませんね。芸術を作り出したケント・マミヤには報奨金と爵位を。そして光画師を見出して保護したブロニカ家も、最低でも昇爵させると良いでしょう。クラウド、手配なさい」

「だな。それくらいは最低でも必要だろうぜ。明日だ」

「あ、明日……ですか、父上……」

 

 あまりの無茶振りに言葉を失いかけた皇太子は、皇帝の『どうせお前なら何とか出来るだろ。まぁ頑張れ』ととんでもない勅命を受けて、疲れ切った顔で自らの執務室へ戻って行った。 

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