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35 家族の肖像

「では皇帝陛下、お身体を、上半身をもう少しだけ左へ、顔だけこちらに向けていただけますか。それからマリアさん、カーテンをもう少し開けて下さい。皇后陛下はほんの少しだけ顔を右へ傾げてください。それとエルマーさん、ヴィクトリア殿下の装束の袖が裏返っています。それにクラウド殿下の襟も歪んでいますから、お二人の装束を整えて差し上げて下さい。それからディエゴさんはレフ板を……あぁ、その白い板をもう少しだけ寝かせましょう。もう少し、あと指3本分……そこです! そこで止めて下さい。ラウラさん、部屋の奥のカーテンを1枚だけ開けてもらえますか? いえ、そこではなくもう1つ奥のカーテンです。ヴィクター殿下、動かないようにご注意を……あの、クラウディア殿下も、手を前の方へお願いします。シェリーさん、フルカラーのケースを用意しておいてもらえますか?」

 

 皇帝が私的に使用している部屋では、ケントが矢継ぎ早に指示を出し、全員がその指示に従って機敏に動いていた。

 中央に皇帝と皇后が豪奢な椅子に腰掛けて、その後ろに四人の皇室の子供たちが並ぶ、という構図である。

 ケントはカメラを覗き込んで最終調整をしながら、構図を何度も確認する。

 

「アレが、光画機ですか……確かケント殿は『カメラ』と呼んでいましたか」

「クラウド殿下、視線を動かさないようにお願いします」

「あ、あぁ、失礼しました……」

 

 思わず顔の角度を変えてしまったクラウドに、すかさずケントがツッコミを入れた。

 

 撮影のこの時ばかりは、たとえ大国の皇帝であってもケントの指示に従う、と全員で約束したのだ。

 インダスター帝国の皇族が『従う』と約束した以上、その約定は絶対である。誰一人文句を言わず、自由奔放、天衣無縫の化身のようなクラウディアでさえ、ケントの言葉にしっかりと耳を傾けていた。

 

「よし、では皆さん、お辛いかも知れませんがこれから僕が良い、というまでできるだけ動かないで下さい。瞬きも数秒間我慢して頂きます」

 

 ケントがシェリーからガラス板ケースを受け取り、カメラに差し込んだ。

 まるで儀式のようにケントがカメラの何箇所かを指さして『良し』と呟いたのち、改めて皇室の全員に視線を向けた。

 

「よろしいですか、3から数えて、ゼロで音がします。1からゼロの間は絶対に動かないように堪えて下さい。瞬きと呼吸も止めて下さい。よろしいですね? では行きます。3、2、1」

 

 ケントがゼロ、と宣言すると同時に『ガシュ』という音。

 この日並び方やポーズを何パターンか変え、8枚もの写真を撮影した後、休憩のために皇室のメンバーも交えてコーヒータイムとなった。

 

「なぁケントよ、コイツぁどういう代物だ? 今の機械のガシュってヤツは何がどうなってンだ?」

「申し訳ございません陛下。こればかりは、僕のユニークジョブに関わるものですので、陛下でもお答えは出来かねます」

「ほほぅ、面白ぇ……良いぜ、過程はどうだって良いやな。要は結果だ結果。しかしなぁ、コレで本当にあのイーストマン渓谷の光画みてぇな写実画が出来上がるとはなぁ……凄ぇジョブだな、光画師ってなァ」

「そのとおりです。もし本当に10日で風景画が、それに加えてさらに10日で家族の肖像画が出来たとしたら、これは絵画芸術の世界に大革命が起きてしまいますね。もっとも、ユニークジョブを持つケント殿の存在が大前提となりますが」

 

 皇帝と皇太子は、並んでカメラという見慣れない箱をまじまじと眺める。

 

「で? こっからどうすンだ? 何か作業すンだろ? ちょっと見せてくれや」

「畏まりました、陛下。それでは1枚分だけ、『現像』という処理を行います。これは光を使って描いた『光画』を、人の目に見える形にするのと、これから新たに光を当てても不変とするためにものです」

 

 静かにケントが立ち上がり、テーブルに並べられたガラス板ケースを持ち上げる。

 ふぅ、と小さく深呼吸をして目を閉じ、ケースに手の平をそっと添えた。

 

「まずは『増幅』……そして『反転』……最後に『定着』」

 

 突如がた、と音を立てて、勢いよく小柄な身体が立ち上がる。

 普段のジト目からは姉のクラウディアも想像が出来ないほど目を見開いた、第二皇女のヴィクトリアであった。

 

「今のは!?」

 

 先程までの無口さと、神殿での囁くような声とは打って変わったような張りのあるソプラノの美しい声だった。

 

「ケント・マミヤさん! 今のは、今の術は一体!?」

「え……? あ、あぁ、今のはですね、光画の第一段階で現れる変化は非常に微細なもので、人間の肉眼では見えないものなんです。この状態を『潜像』と言います。隠れた像、という意味です。ここから人が目で見て認識できる状態にまで微細な変化を増幅させます。この操作を『顕像』と呼んでいます。隠れた像を見えるようにする、顕すという意味ですね。これが『増幅』の術です」

 

 ヴィクトリアは目を見開いたままケントに歩み寄り、じっと真っ直ぐにケントの顔を見上げる。

 

「つ、続いて第二弾階です。第1段階で人の目に見える状態にまで増幅した変化ですが、実は目で見たときには陰陽や色調がすべて反転しています。僕はこの状態のことを『ネガ』、陰画と呼んでいます。このままですと鑑賞するのが難しくなりますので、人が目視して通常の像として見えるようにするのが『反転』の術です」

 

 いつの間にかヴィクトリアはケントにすがりつくような距離にまで近づき、ケントの服の裾をぎゅっと握りしめている。

 

「最後の処理がとても重要で、光画は光を使って描くものです。ですので、新たに光を当ててしまうとすべてが白く飛んでしまいます。そうならないように、『反転』または『増幅』が終わった状態から変化が起きないように、新たに光を当ててもその状態を保てるようにするのが、最後の『定着』の術です。この3つの術を組合せて作り上げるのが『光画』です」

 

 皇帝や皇后は感心した様子で何度も頷いていた。

 クラウディアは今の説明でもかなりの部分を理解できたのか、なるほどなるほど、と繰り返し、次男ヴィクターは理解するのを諦めたかのようにテーブルの上の焼き菓子をサクサクと音を立てて食べ続けている。

 

「ヴィクトリア……? どうしたんです?」

「これは……これはひょっとして、アレのアレがアレな具合にアレして、アレががアレしたらアレな結果に……」

 

 次第にヴィクトリアのつぶやきのスピードは早くなり、兄や姉、両親はもちろんのこと、ケントやシェリー、マリアやブロニカ夫妻の視線も集めるくらいの声量になりつつあった。

 

「弱った魂を神の力で水晶に留めはしたけれどそのままだとロストしかねない……ロストを防ぐためには魂の力すなわち『魂力』を強めなければいけない、でもそもそも弱い力を強くするなんて出来ないはず、でも増幅の術を使えば魂に含まれるエーテル振動の振幅を増大させてエネルギーを補充することが出来るはず、そしたら魂のロストの危険は格段に低くなる!」

「おいヴィッキー、どうした? お前がそんなハキハキ早口で喋るのなンざ久しぶりだな?」

「反転の術は状態を逆にする事、そしたら水晶に『定着』させた魂を分離するのには反転の術が最適解……? そうよ、定着の反対は離脱、そしたら水晶から魂を離脱させる事もできる、ロストしないくらいに力を増幅させた魂なら水晶という触媒から離れても安定を保てるはず。そしたら、ひょっとしたら今日の大精霊バルゴのお告げはこの事を? いいえきっとそうだわ、きっと愛のために彷徨える魂を救うために、大精霊が私に導きを――」

 

 父の言葉もまったく耳に入らない様子で、次第にケントのシャツを握る手がにぎにぎと動いてケントを引っ張るような姿勢になっていく。

 

「あ、あの、ヴィクトリア殿下……?」

「魂を最終的に循環に乗せるためには、肉体をもった魂として人生を全うする必要がある。魂だけではダメだけれど、生まれる前の、まだ魂が宿っていない胎児の身体に水晶から分離した魂を宿らせて、定着させることが出来たら、理論上は出来る! 出来る! 絶対そうだ、ケント・マミヤさん! 出来ます!」

「あの、殿下? 一体何が出来ると――」

「あなたを心から愛して! あなたが命を捨てても良いと思えるほど愛した方の魂を! 救うことが出来ます!」

 

 大神官ヴィクトリアは黒い大きな帽子をぽい、と投げ捨てる。神官長であり聖職者の頂点の権威を示す帽子を床に投げ捨てるなど、聖職者としては断じてあるまじき行為だが、投げ捨てたのがその聖職者の頂点なのだから誰も文句を言えなかった。

 ヴィクトリアは、ここ数年で誰も見たことが無いくらい、顔が上気するほどに興奮していた。

 

 大神官であり、聖女のジョブを授かったヴィクトリアは、度々神と対話していた

 この日の朝対話したのは、なんとこの世界の創世の大精霊、バルゴである。

 バルゴとの『対話』はヴィクトリアにとっても初めてのことである。先程のように、思わず早口になってしまったヴィクトリアに、バルゴは『あなたに一つ、お願いがあります』と告げた。

 

『あなたの家族の姿を描く者が現れます。彼に寄り添いたいという魂がいますが、極めて弱々しく、ロストの危機にあるのです。何とかして救う手立てを、彼と一緒に考えてあげて下さい。あなたが持つ『聖女』の力があれば、魂を導くことが出来るはずです』

 

 その言葉で、大精霊との対話は終わった。

 早朝に目が冷めたヴィクトリアは、祭壇の前で瞑想をし続けた。長兄のクラウドから、昼過ぎにはあつまれと言われていたことも頭から消え去るほどに深い瞑想を続けていた。

 

 そして、神殿のドアを開けて現れたのが、魂を定着させた水晶を首から下げている男、ケント・マミヤだった。

 幼い頃、聖女のジョブ神託を受けて以来、初めて『運命の導き』というものの存在を実感した瞬間である

 

「あなたのその『増幅』『反転』『定着』の力と私の聖女としての魂を導く力それにまだ魂の宿っていない胎児の身体があればその水晶に込められた魂を肉体を持った生命としてこのバルゴに生まれさせてその生命を全うして旅立つときには正常に魂の海に変えることができて魂の循環の大いなる輪に戻ることが出来て世界の壁を超えて再び彷徨ったり存在そのものが失われる『ロスト』の危険に怯える必要もなくてそれこそがその魂にとっての本当の救いに――」

「ヴィクトリア、落ち着きなさい。早口過ぎるわ、もう少しゆっくり話しなさい」

 

 興奮のあまりか、句読点のまったく入らない早口になった末娘を、母であるケントメアが優しくたしなめる。

 自身が極めて強い興奮状態になっていたことと、その状態を家族以外に見られた事を理解したヴィクトリアは、顔を真っ赤にして座り込み、俯いてしまった。

 

「ち……違うの……私は……私は、闇の聖女…………暗黒の大神官だから……でも魂を、彷徨える魂を救いたいだけで……その……これは、違うの……」

 

 神殿内での声のように消え入りそうなソプラノの囁き声で呟いて、長い耳の先まで真っ赤に染めてしまった。

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