表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
34/48

34 厨二皇女、ヴィクトリア

 皇帝の執務室には、アドル帝と皇后ケントメア、そして皇太子クラウドと陸軍元帥クラウディアが揃っていた。

 

「ンだよ、ヴィクターとヴィクトリアはどうした? 来ねェのか?」

「時刻は伝えていたんですが……海軍はこのところ忙しいですからね。仕方ありません、呼びに行ってきましょう。ケントさん、シェリーさん、それにマリアさんも、ご紹介も一緒に済ませようと思います。良ければ一緒に来ていただけますか?」

 

 クラウドが申し訳無さそうな顔をケントたちに向けると、三人は迷うこと無く頷いた。

 既に執務室には三脚とカメラも設置されており、ピント調節や露出設定も済ませている。あとは被写体が揃えばいつでも撮れる、という状態になっていたが、肝心要の被写体がまだ揃っていなかった。

 

「あ、お兄様、私も行く。ちょっと行って来まぁす」

「クラウディア、お願いですからちょっと大人しくしていてください……」

「大人しくするからぁ。ね? 良いでしょ? ちょっとだけ?」

 

 はぁぁ、とこの日何度目かわからない特大のため息を吐いて、しぶしぶクラウドは首を縦に振る。

 

 王宮内は中庭を囲むように大きな大回廊のような廊下が設けられている。

 地上6階、地下2階の広大な帝城において、普段クラウディアが執務している陸軍元帥執務室は地上2階の東側、そして第二皇子のヴィクターが執務する海軍提督執務室は同じく2階の西側である。

 1階の応接室から階段を上がって、2階西側の回廊へと移ると、ちょうど数人の部下と話をしながら階段へと向かってきている若者の姿が目に入った。

 

 皇太子クラウドがメガネをかけて、どちらかというと細身な身体つきであるのに対して、若男は父親である皇帝に似たのか頑健で大柄だ。この偉丈夫こそが現在インダスター帝国海軍において『海の守護神』と称えられる名提督、ヴィクター・インダスターである。

 

「兄上! 悪い、遅れちまったか?」

「遅刻です。まったく、客人を待たせてはいけませんよ」

 

 長男であるクラウドが丁寧で優美な言葉使いであるのに対して、次男ヴィクターは父親譲りなのか、少々荒っぽい言葉使いだ。

 

「悪ぃ……このところ海で色々と厄介な案件が起きててさ」

「その話はまた後で聞きましょう。それよりヴィクトリアは? 見ませんでしたか?」

 

 仲が良さそうな兄弟の間では、皇位継承権争いなどはまったくおきていない。次期皇帝はクラウドで内定しているし、ヴィクター自身も『自分は兄上に万が一があったときの保険だ。何事もなければ皇族として海を守ることでその義務を果たす』と強く自覚している。

 クラウディアは最初から皇位に興味などカケラもなく、威厳や皇女らしさなども同じくカケラほども無いが、陸軍元帥として陸の上の安全を守るために、軍に骨を埋める覚悟である。

 

「ヴィクトリアなら最上階の神殿じゃねェか?」

 

 先日ケントが礼拝をしたのは、皇族以外が使用する神殿であり、第二皇女であるヴィクトリアは、帝城最上階の神殿で大神官として神との対話を行っていた。

 

「仕方ないですね。迎えに行くとしましょうか」

 

 クラウドが『まったく』『やれやれ』『あの子はいつも』『本っ当に仕方のない』などと愚痴をこぼしながら階段をのぼり、荘厳な装飾の施されたドアの前で立ち止まった。

 

「皇太子クラウドです。ヴィクトリアはいませんか」

 

 クラウドの声に反応するように、静かにメイプル製の扉が開いた。

 扉の奥には、薄暗い中に小さなトーチライトの魔道具の明かりが灯った空間が広がっていた。

 

 (かん)、という固い音が石造りの冷たい壁や天井、床に複雑に反射して長い残響を残す。

 

 ケントとシェリー、それにマリアの三人が視線を向けたのは、神殿の奥にある祭壇だ。

 祭壇の向こう側には帽子の先と長い杖が見え隠れしている。

 再び(かん)という音。神殿内に控える多くの神官達が杖を掲げ、やたらと仰々しい所作で礼をする。

 

「大精霊の声が……」

 

 可愛らしいソプラノの声は、美しいエコーがかかりまるで天上から降ってくる天使の声のようだ。

 

「私に、語りかけました……遥か遠く、遠く……果てしなく遠いところからの……流浪の旅人が、私達のもとへ降り立つと……」

 

 ぴょこ、と帽子が動いたかと思うと、やたら小柄な子供のような人物が、漆黒のローブをまとってゆっくりと祭壇の前に歩み出た。

 表情に乏しい少女は、自らの身長よりも遥かに長い錫杖のような杖を持ち、祭壇の前で立ち止まる。

 

 腰まで届く長い銀髪に、透けるほどに白い肌。緑色の瞳は皇后ケントメアと同じ色である。

 他の聖職者達は白いローブに白い杖を身に着けているのだが、何故か聖職者の頂点に立つという大神官ヴィクトリアは、全身上から下までが漆黒の装束である。

 

 歴代の大神官が皆黒い装束だったのかというとそうではなく、これは『聖女』の神託をうけたヴィクトリアが、何故か自らを『暗黒の大神官』や『闇の聖女』と呼んでおり、理由は不明だがとにかく黒を好むことから、特別に誂えさせたものである。

 

「待っていた……ケント・マミヤさん……あなたもきっと……はるか遠い世界からの旅人……光をもって破邪の力を顕現させる、光と闇の支配者……」

「あぁんトリアちゃん可愛い!」

 

 ミステリアスな雰囲気と緊張感を根こそぎ台無しにする声は、第一皇女のクラウディアのものである。

 到底陸軍元帥を務める天才軍略家であるなどとは信じがたい物言いと立ち居振る舞いだが、黒い法衣で身を包んだ小柄な少女はまったく動じない。

 無表情のままジト目を姉に向けると、ふい、と冷たく視線を外す。

 

「……お姉様、邪魔」

「えー? ねぇ聞いてヴィクター、トリアちゃんが冷たい」

「いや、今のは姉上が悪いだろ、空気読めて無いし」

「そうですね。クラウディアが全面的に悪いです」

 

 即座にバッサリと切り捨てたのは、クラウディアの弟にして第二皇子のヴィクター、そして弟に迷うこと無く同調したのは皇太子のクラウドだ。

 

「ケント・マミヤさん、私は……私は大精霊の声を聞いた……大精霊はその水晶を……水晶に込められた、愛のために果てない旅をした魂を……救いたいと思っている……」

 

 ヴィクトリアは無表情のまま、重たそうな杖を直ぐ側の神官に手渡すと、ぺたぺたとやたら可愛らしい足音を立ててケントに歩み寄る。

 

「私も……あなたにとって大切なその魂を……救いたい……そのためには、あなたの……あなたが神から授かった秘術が必要……」

 

 ヴィクトリアの、囁くようなソプラノの声は少女のものとは思えないほど落ち着いていて、不可思議な色気すら感じられるものだった。

 

「なぁトリア、その話、今じゃなきゃダメか? 色々待たせてんだぜ、ほら早く降りるぞ」

「ケント……マミヤさん…………私の力と……あなたの力があれば……あなたの大切な、その魂を……救えるかもしれない……」

 

 囁くような声がよく聞こえるように、ケントはヴィクトリアと視線を合わせるために膝をついた。

 

「ヴィクトリア殿下。是非その話、詳しくお聞かせいただけますか? 皆さんの肖像画を作り出した後で」

「…………ん……」

 

 こく、と小さく頷くと、大神官の大きな帽子がズル、とずれた。

 まったく動じる様子もなくもぞもぞと帽子を整えると、無表情でややジト目な大神官は長身の長兄を見上げる。

 

「お兄様……参りましょう」

「あぁ、早く行きますよ。まったく、ヴィクターもヴィクトリアも、立場に見合った責任感というものをですね――」

 

 歩きながら滔々と皇族の責任について語る長兄の声は、残念ながら三人の弟妹の耳には届いていないようだった。

 

「ねぇトリアちゃん、エルマーちゃんから聞いたんだけど、今度帝都に新しいスイーツのお店出来たんだって。行かない?」

「姉上、そんな甘いモンばっか食ってたら太るぜ?」

「……私は……シュークリームさえあれば……シュークリームこそが、スイーツの……原点にして頂点……」

 

 などと、哀れな長兄の説教など届いていないことが丸わかりな会話を交わしながら、賑やかに帝城内を歩いている。

 

 王族や皇族の兄弟姉妹と言えば、やれ継承権争いだやれ主導権争いだ、第一皇子派と第二皇子派の対立だといった話題に事欠かないのが世の常というものだが、インダスター帝国に関してはそのような話題などカケラほどもなかった。

 幼い頃から四人の兄弟姉妹は仲が良く、さらにお互いがお互いにとっての苦手分野をカバーし合う、というある意味理想の家族となっている。

 

 コミュニケーション力が皆無で重度の厨二病だが、癒やしや解呪、結界の術の超エキスパート、護りのスペシャリストである末っ子大神官のヴィクトリア。

 武力と行動力、突破力はピカ一で、四人の中で唯一、父譲りの剛毅な武人としての一面を持つ皇室の武の象徴、海軍提督にして海の守護神、次男ヴィクター。

 コミュ力オバケと言えるほど人の懐に入るのが上手く、民衆との距離は皇帝以上に近い『その辺によくいる皇女様』こと、無限の軍略と知略を持つという陸軍元帥、長女クラウディア。

 そして冷静沈着、眉目秀麗、品行方正、文武両道にして誰もが次期皇帝と認める俊英、5ヶ国語を自在に操り外交の天才との呼び声高い皇太子、弟妹に振り回される苦労人な長男クラウド。

 知勇攻守を兼ね備えた四人に加え、内政を取り仕切るケントメア皇后がいれば、帝国は盤石と言える。

 

 時折アドル帝は『なぁ……ひょっとしてだけど、俺って要らねェンじゃねェか?』と語ってはユリアら軍の高官や大臣たちを苦笑させている。ここで誰も『何をおっしゃいます、陛下あっての帝国でございます』などと見え透いたおべっかを言わないところも、帝国らしいところだ。

 

「ねぇマリアちゃん、シェリーちゃん? こんどエルマーちゃんとスイーツ食べに行くんでしょ? 私達も行って良い? 奢ったげるから」

 

 不意にクラウディアが、シェリーの気が遠くなるようなことをあっけらかんと言ってのける。

 あわあわとシェリーが返答に困っていると、マリアが助け船を出してきた。

 

「光栄でございますわ、クラウディア殿下。是非ご一緒させて下さいませ。その時にはわたくし達の旦那様もご一緒でよろしいですか?」

「もちろん! あぁん楽しみ! ねぇねぇトリアちゃん、何食べる? やっぱシュークリーム? お姉ちゃんは今ならモンブランかなぁ」

「……シュークリームは……神が人類に与え給うた至宝……」

「わたくしは断然、レアチーズタルトですわ。シェリーお姉様は何を?」

「へ? あ、いや、あの、私はその……」

「やっぱお店行ってメニューみてから決める感じ? だよね? そうよね? それが楽しいよねぇ? 何にしよっかなぁ。もちろんエルマーちゃんも来るよね? うふふふ、お店予約してもらっちゃおうかなぁ」

 

 クラウド、ヴィクター、そしてケントの男性陣は女性陣のおしゃべりについていけず、顔を見合わせて何かを理解し合ったかのように無言で頷くばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ