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28 山賊の親分?

 着慣れない、誂えたばかりの正装を身に着けたシェリーとケントは、ともすれば『右手と右足が同時に出る』といった具合で緊張していた。

 

「ひぇ……ど、どうしよケント、私帰りたい……」

「……奇遇ですね、僕もです…………何ですかこの大きなお城は……」

 

 ケントは、生前何度か日本の城郭を撮影した事がある。

 松山城や五稜郭、それに満月を背景に撮影した思い出の岐阜城から、日本最強の軍事要塞とも言える熊本城を訪れたこともある。

 

 だが、そのいずれの城も、壮麗さと規模、さらに防衛力いずれの要素でもインダスター帝城に及ばないであろう。疑いなくそう考えてしまうほどに、帝城は美しく、大きく、実用的で、かつ難攻不落をもって知られている。

 もし許されるものなら、皇族との謁見などすっぽかして、この帝城を日がな一日いろいろな角度から撮影してみたい、そんな不敬極まることを考えてしまうほど、帝城はケントの目に美しく映った。

 

「貴様らが帰ったら指名手配をせねばならんぞ。さぁ、そろそろ腹を決めろ。謁見の時間だ」

「あの、閣下? ……今日はクラウディア殿下への納品と、それにご注文を頂いていた帝都撮影の許可を頂くためと聞いていたんですが、謁見というのは一体」

「ケント、やはり貴様は随分と騙されやすいな? そのようなザマでは海千山千の貴族共に食い物にされかねんぞ。おいディエゴ、マリア、やはり貴族共をケントとシェリーに直接接触させるのは危険だ。貴様らが窓口になるよう徹底せねばならん」

「まったくもって仰るとおりですな。婿殿、今回の『上京』は、もちろん納品と許可を得ることが第一目的。ですが、我々もそう滅多なことでは帝城を訪れることなどできませんからな。この機会に、我が娘マリアと婿殿、それにシェリー殿の婚約を陛下の御前でご報告することになっております」

「……へ、陛下? 陛下というのはまさか、その」

「我が麗しきインダスター帝国の太陽、皇帝アドル・ディ・インダスター陛下ですな」

 

 あんぐりと口を開け、『聞いてない』という言葉すら出ない状態のケントがエルマーへ視線を向けると、エルマーは肩をすくめて可愛らしくぺろ、と舌を出す。

 

「旦那様、ご心配には及びませんわ。お父様も、わたくしもお傍におりますから。それにわたくしはお会いしたことはありませんけれど、皇帝陛下は寛大で慈悲深いお方と聞いています。礼儀作法などはさほどこだわらない方とも。旦那様は大船に乗ったつもりで、どっしりと構えていてくださいませ」

「で、ですがマリアさん、皇帝陛下というのは……皇帝陛下ですよ?」

「えぇ。もちろん皇后陛下も皇太子殿下もいらっしゃいますわ。クラウディア殿下も」

 

 血の気が引いて一歩よろめいたケントと、そのケントにしがみついていないと立っていられないほど足が震えているシェリーは、放っておいたら本当に逃げ出してしまいそうである。

 すぐ後ろに立つディエゴがケントの肩にぽんと手を置くと、なぜか自信に満ちた笑みを浮かべる。

 

「マリアの言う通り、心配はありませんぞ婿殿。このディエゴは皇帝陛下にも皇后陛下にも拝謁の機会を頂いたことがありますが、たいそうざっくばらんとしたお方。時折お忍びで街に繰り出しては、酒場で民衆と肩を組んで歌うこともあるとか。恐れることはありません、何しろ婿殿もシェリー殿も、我らが帝国の国民ですからな」

「そういう事だ。さぁ行くぞ。納品する絵はマリアとディエゴで持てるな? 先頭は私が行く。続いてケントとシェリー、続いてディエゴ、マリア、ラウラ。最後尾はエルマーだ。さぁ行くぞ」

「え、ちょ、ちょっと待ってください閣下、まだ心の準備が」

「ふえええ、ケント、私怖いよぉ……」

「二人とも甘ったれるな。ガタガタぬかすようなら引きずっていくぞ」

 

 情け容赦ない言葉を投げかけた女伯爵は、情け容赦など一切感じられないスピードで帝城内の廊下を歩いていく。

 そこかしこに立っている護衛の兵士は直立不動の姿勢を崩さない。非常に行動に訓練の行き届いた軍人であることが見て取れる。

 いくつかの角を曲がり、幅のやたら広い通路の突き当りには、身長2メートルをゆうに超えるディエゴやユリアがはるかに見上げる大きさのドアがあった。

 

「ユリア・ツァイス准将伯爵閣下、ならびにディエゴ・ブロニカ士爵御一行、ご到着になりました」

 

 ドアの前の門番が高らかにそう告げると、見るからに重そうなドアは音も立てずに静かに開いた。

 

「ひぃ……」

 

 思わず悲鳴をあげそうになったシェリーの手を、ケントが優しく握る。が、ケントの手も小さく震えていた。

 

「だ、大丈夫ですシェリーさん。大丈夫」

「う、うん。だだだ大丈夫、大丈夫……よね?」

 

 強引な深呼吸を数回繰り返してから、ユリアに続いて謁見の間へと歩みいる。

 

 中央には赤い毛足の長い絨毯が敷かれ、その両脇にはあきらかに貴族であろうことが分かる装束の大勢の男女が居並んでいる。

 静寂の中で一行はしずしずと歩み出て、階段のように高くなったステージの前でユリアが立ち止まると、それに合わせてぴたりと足を止める。

 ちら、とユリアが後ろを振り返り、小声で『所作については私の真似をしろ。指示があるまで話すな』と告げると、機敏な動作で巨躯をかがめて跪いた。

 

 ケントとシェリーも慣れない様子で膝をつき頭を下げた。

 ディエゴとマリアは一礼して、覆いが被せられたままの巨大な額を玉座の前に据えられたイーゼルに載せて、ケントらの後ろへ戻ってひざまずく。

 

「本日はご尊顔を拝す貴重な機会を賜り、恐悦至極にございます。両陛下並びに皇太子殿下、クラウディア元帥閣下におかれましてはご機嫌麗しゅう」

 

 非常によく通るアルトの声が、石造りの壁と高い天井に反響する。

 

「遠路ご苦労でした、ユリア・ツァイス准将」

 

 穏やかな声で答えたのは、俊英として知られる皇太子、国軍総司令官クラウドであった。

 大変に優しい声と丁寧な口調は、ケントと通じるものがある。そのためかシェリーとマリアの緊張は少しばかり和らいだようだ。

 

「両陛下も、それに妹クラウディアも心待ちにしていました。さ、どうぞ。赦します、お顔をあげてください」

 

 ユリアが小声で『顔をあげて構わんぞ』とケントとシェリーに呟いてから、凛々しい顔を玉座の主に向けた。

 

 インダスター帝国の皇室は、エルフ族が主体となっている。

 皇帝アドルは壮年のエルフ族の男で、永く善政を敷いている。

 凛々しい顔はいまだ若々しく、皇太子の兄であると言われても疑うものはいないほど精悍だ。

 また皇后ケントメアは別大陸の女王が収める国の王女であったが、皇帝アドルが熱心に口説き落として妻に迎えたことは有名である。

 

「准将、後ろにおられるのは騎士爵ディエゴ・ブロニカ卿とそのご家族ですね? それにすぐ後ろにおられるのが――」

「は。私の後ろにおります黒髪の男がケント・マミヤ。ユニークジョブ光画師の神託を受けた男であります。隣のダークエルフの娘は錬金術師シェリー・ストライダー。この二人は冒険者『宵闇の光明』として活動する、新進気鋭の芸術家であります」

「ほう」

 

 周囲の貴族がざわついた。が、皇太子クラウドが片手を静かにあげると、ぴたりと声が止まる。

 

「聞けばケント・マミヤ殿とシェリー・ストライダー殿は平民であるとか」

「御意に」

 

 シェリーの顔から血の気が引く。

 過去貴族に弄ばれ、虐げられ、嬲りものにされた記憶が蘇る。

 あぁ、またバカにされるんだ。罵倒されて、石を投げられるか、おもちゃのように弄ばれるか、難癖をつけられて無理難題を押し付けられるんだ、やっぱり来なければ良かった。そう考えたシェリーは思わず涙ぐむ。

 が、皇太子クラウドの次の台詞は、ケントもまったく想像していないものであった。

 

「このような場は慣れないでしょう。大丈夫です、この帝城内において、誰に対して、どのような言葉使いで何を言おうと、明らかな攻撃的意図がない限り、一切無礼とはしません。私はもちろん、皇帝陛下、皇后陛下に対しても同様です。列席の皆もよろしいですね? 彼らの言葉、立ち居振る舞い、話した内容のいずれに対しても、無礼の咎めは一切赦しません。皇太子クラウドの名において命じます。反対意見のあるものは名乗り出なさい」

 

 しん、と静まり返った謁見の間で、手を挙げて名乗り出るものは誰一人いなかった。

 誰一人言葉を出さない広い空間で、ゆっくりと玉座の主が立ち上がる。

 

「ま、そういうこった、楽にしな。そう緊張すンじゃねぇよ。俺まで緊張しちまうだろうが。なぁユリア?」

 

 低いバリトンの声で語られたのは、シェリーとケントが思わず驚いて直視してしまうようなセリフだった。

 

「大体お前がそんな堅苦しい言葉で挨拶の口上なんてすッから。ほれみろ、後ろの二人なんて緊張して青ざめてンじゃねぇか。安心しな、ケントにシェリー? だったか? 俺が許す。この国で一番偉ぇこの俺が許すっつってンだ。普段通りの口調で喋ると良いぜ。な?」

 

 にか、と歯を見せて笑う豪快な笑顔。

 皇帝とは思えない、まるで侠気あふれる山賊の親分のような言葉使い。

 だが、驚いていたのはケントとシェリーの二人だけだった。

 

「陛下、謁見が始まって5分も持ちませんでしたな」

 

 苦笑交じりにユリアがそう話すと、周囲の貴族たちは楽しげな笑い声をあげる。

 

「父上、あれほど練習したではありませんか。もう少し皇帝の威厳というものを保つ練習をしてください。次の目標は10分ですね」

「あ? ンだとこのバカ息子、俺ぁもう何百年もコレなンだよ。今更お行儀よく座ってられっか。外交だってンなら話は別だがよ、国民に会うのにそんな肩肘はってられっかってンだよ。そんなモンはお前に任せ――」

「あなた」

 

 皇帝が途中まで言いかけたところで、玉座の隣の装飾が控えめながら立派な椅子に腰掛けていたエルフの美女が口を開いた。

 

「客人の前ですよ? お控えなさいな」

 

 山賊のような口ぶりの皇帝を眉ひとつ動かさずにたしなめたのは、『実質的にこの人がいなければ国が回らない』とまで言われる皇后である。

 

「ごめんなさいね? ユリアもディエゴも、遠路はるばるやってきてくれたというのに。この人にはあとでたっぷり言って聞かせます。それより本題に入りましょうか。さ、クラウディア? あなたが発注したんでしょう。口上はあなたが話しなさい」

「はぁい、お母様」

 

 皇室の主要メンバーとは思えない、あまりにも『緩い』雰囲気に、ケントとシェリーの頭は早くも処理能力の限界を迎えつつあった。

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