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27 美しきインダスター帝都

 ツァイス伯爵領都を出発した馬車の一団は、整備された街道を順調に進んでいた。

 目指す先は歴史あるインダスター帝国の帝都であり、客車が2台に荷車が3台、さらに随伴護衛の騎士も含め総勢60名での大移動となっている。街道沿いには見物の市民や農民が顔を出し、あちこちでインダスター帝国陸軍の英雄、ユリア・ツァイス准将を出迎えていた。

 

「伯爵閣下は凄い人気なんですね」

 

 2台目の客車で、窓の外を眺めるケントが感嘆の声を漏らした。

 

 一行の中で最上位者であるユリア・ツァイス准将は、ひときわ巨大な八脚の馬にまたがり、悠然と民衆に手を振っている。

 自らの五体を武器として最前線で戦い、さらに負傷者達を癒やす役目も持った『戦う回復職』モンクであるユリアに命を救われたというものは軍民問わずかなりの人数に及ぶ。

 民衆の中には、先のドルマ王国との紛争においてユリアに直接治療してもらった、という初老の男もおり、感激のあまり涙を流して握手を求めてきた。

 ユリアは馬を降りて男と握手を交わし『その後大事ないか』『貴様は確か右足を矢で射られたのではなかったか、歩くのに、働くのに不便はないか』と声をかけた。

 男はますます感激し、大声で伯爵閣下万歳とまで叫びだした。

 さすがのユリアも苦笑を浮かべて男をなだめ、再び馬にまたがって移動を解するまで30分ほどを要したものだ。

 

「そうね。閣下は何度も戦場に出ては多くの負傷兵を救ってきたの。それに自ら先人を切って突撃する方だったし、軍人の中にもファンが多いのよ」

「率先して危険な場所に向かう上官であれば、人気も高そうですね」

「まぁ、側近の身としては正直複雑ではあるわね。指揮官が敵中突撃なんて、考えただけで胃が痛くなるわ」

 

 あははは、と明るい笑い声は、幸いユリアの耳には届かなかった。

 

「それでエルマーさん、帝都まではあとどれくらいですか? 領都を出てもう3日になりますが」

「そうね、今日はもう夕方だから今日中は難しいけれど、明日の昼には着くと思うわ。ケントさんは帝都は初めて?」

「はい。シェリーさんはどうですか?」

「え、えと、私も初めて……あの、ホントに私も行くんですか? 私そんな、帝都とか帝城とか、そんなとこ入れるような立場じゃないと思いますけど……」

「クラウディア殿下のご招待なんだもの、仕方ないわ。ほら、マリアさんみたいに落ち着いて、悠然と構えてていいのよ」

「そうですわ、シェリーお姉様。わたくし達は招待を受けた立場ですもの。堂々としていていいのですわよ」

「む、ムリだよぉ……何かちょっとでもやらかしちゃったら、処刑とかされちゃいそう……」

「大丈夫よ。私は冒険者時代にお会いしたことがあるけど、皇帝陛下も皇后陛下も気さくな方よ。それにクラウディア殿下はすごくざっくばらんな方だし、あなた達が貴族じゃないということはちゃんと理解されてるから」

 

 客車の中で、しかも帝都到着前ということもあり、エルマーも珍しく軍服ではなく普段着である。

 ゆったりとしたサイズの上着に、厚手の生地のロングスカートは実に温かそうだ。

 

「今からそんなに緊張してたら身が持たないわよ? ほら、気晴らしにコレでも食べる?」

 

 エルマーが取り出したのは、領都から帝都へ向かう途中で立ち寄った小さな街で買い求めた焼き菓子だ。

 マリアと共に大の甘党でスイーツ好きというエルマーが試食して気に入った、ということもあり、店にあった在庫をすべて買い占めて来ている。

 バターをたっぷりと混ぜたクッキー生地を、ドーナツによく似た形になるよう丁寧に焼いており、サクサクとした食感が癖になる逸品だ。領都では名前も知られていない小さな店であったが、元SS級冒険者の龍殺し、英雄エルマー・イルフォードが『やだ、これすごく美味しい! お姉さん? これあるだけちょうだい! 追加で焼ける? 焼き立ては? すぐ焼けるかしら?』と、在庫の生地まですべて焼かせて買い求めた、という逸話は既に噂になりつつある。

 

「ディエゴ士爵も一緒に来られるんだし、商談はマリアさんとブロニカ卿に任せれば大丈夫よ。インダスター皇室の皆さんは芸術への造詣が深いの。買い叩くような真似は絶対になさらないから、楽しみにしてていいと思うわ」

 

 マリアとシェリーは二人並んでサクサクと美味しそうに焼き菓子を頬張っている。ツァイス伯爵領都においてスイーツの店をすべて知っていると豪語するエルマーだけあって、彼女が選んだスイーツは『間違いない』というのがマリアの評価である。

 

「楽しみといえば、思い出したわ。マリアさんもシェリーさんも婚約おめでとう。マリアさんの婚約は、帝国内の貴族令息が嘆く姿が目に浮かぶわね」

「そんなことございませんわ。わたくし、金目のものを送って女を振り向かせることが出来ると思うような、そんな浅はかな殿方には興味はございませんの。そもそも、殿方から送られた呪いの指輪で苦しんだわたくしに、また宝石を送るような無神経な殿方なんて、こちらから願い下げですわ」

 

 マリアは、ケントの光画で描いた『見返り美人図』の肖像画の噂が貴族の間で急速に広まり、贈り物や求婚の申込みが殺到していた。

 が、そのすべてを開封すらせずに送り主に送り返している。中には送り返された指輪を持って『なぜだ』とディエゴに詰め寄って来た高位貴族の令息もいたが、大柄なディエゴにあっさりと撃退されている。

 

「娘には既に心に決めた相手がおりますからな。父としては娘の幸せを最優先に考える次第」

 

 と情け容赦無く言い切って、呆然と立ち尽くす令息を置き去りにした、という逸話は社交界でも話題になっている。

 今回のブロニカ家の上京は、ケントの光画の納品を兼ねたお披露目の席で、愛娘マリアの婚約の報告も併せて行うことになっている。

 本来、騎士爵であるブロニカ家の娘の婚約となれば、特に皇室の許可などは必要ない。だが、美貌の令嬢マリアへの求婚があまりにも殺到しているため、国内外の貴族令息達を諦めさせるためと、ユリアがディエゴに提案したのだった。

 

「貴族の男の中には諦めが悪い者もいるし、『夫がいても構わない』とかふざけたことを言うヤツもいるわ。陛下の前で婚約を報告すれば、今後マリアさんに下手に声をかけたら陛下を軽んじている、と見做されてもおかしくないの。そうしたら、うるさいゴミムシが黙るでしょ?」

「なるほど、貴族の社会というのはこう、なかなか難しいものですね。僕には縁遠い世界です」

「ホントそうよね。私やっぱり貴族って怖い……」

「わたくし、一向に構いませんわ。しつこく言い寄る殿方がいたら、『わたくしが欲しいのなら、剣で語り合いましょう』とでも言ってやりますわ。貴族のお坊ちゃまの剣など、わたくしにはカスりもしませんもの」

 

 マリアの言葉は、決して自信過剰ではなかった。

 現に、帝国内で開催される武術試合の大会でも、多くの若手騎士や冒険者達をなぎ倒して、実力で準優勝をもぎ取っている。

 

「そもそも、殿方の魅力は腕っぷしの強さなどではございません。殿方は誠実さですわ。そこを考えれば、妻として嫁ぐにあたって旦那様以上の殿方はいらっしゃいませんわ」

「そう! 激しく同意よマリア!」

 

 このところ、シェリーは『妹妻』となるマリアのことは『さん』もつけずに本当に妹のように呼んでいる。

 

 二人は髪や肌、それに瞳の色もまったく異なるが、本物の姉妹よりも仲が良い。

 一人っ子であったマリアは、両親からの愛情を存分に受けて育ちはしたが、望んでも叶わなかった夢が『姉か兄が欲しい』というものだった。

 今となっては、そそっかしく頼りない姉ではあるが、シェリーは時折お姉さん風をぴゅーぴゅー吹かせようとする。もっとも妹分のマリアのほうがはるかにしっかり者で教養も豊かであるため、『危なっかしいお姉ちゃんと、しっかりもので頼りになる妹』の組合せだ。

 

「ケントは裏切らないし、嘘もつかない。出来ないことは出来ないって言ってくれるし、何より真面目に仕事してるときの引き締まった顔なんて、いつまででも覗き見出来るし、どうしたって見惚れちゃうもの」

「シェリーさんっ? 覗き見ってどういうことですか」

「あ」

 

 思わず『しまった』と言わんばかりの表情を浮かべたシェリーは、あからさまにケントから視線を外した。

 

「お姉様? 覗き見なんてレディとしてはしたないですわ。それに、一人で旦那様の凛々しい姿を覗くなんてズルいですわ。わたくしにも覗かせてくださいませ」

「……マリアさん?」

「はいはい、あんまり見せつけないでちょうだい。羨ましくなっちゃうわ」

 

 エルマーは苦笑しながら焼き菓子を口へ運ぶ。

 窓の外には、遥か遠くに壮麗なインダスター帝都の街が見え始めている。

 エルマー曰く、綿密な都市計画に基づいた先進的なインフラを持つ都市で、文化水準、治安の良さ、特に重犯罪の発生率の低さは世界でもズバ抜けている。

 皇帝を筆頭とする皇室の面々はいずれも傑物として国外にもその名を知られ、特に次期皇帝となる皇太子は国軍総司令官であると同時に武芸にも芸術にも優れ、5ヶ国語を自由自在に操る外交のスペシャリストでもある。

 周辺国の指導者達は、『インダスター帝国は今後千年は揺るがないだろう』と、もはや競うことすら諦めてしまっている有り様だ。

 

「そうだわマリアさん、帝都には世界で一番美味しいシュークリームの店があるの。一度宿に荷物を置いたらどうかしら? 一緒に買いに行かない?」

「行きます! 世界一のシュークリームなんて、そんなの買わずに死んだら魂の海に還れないじゃありませんの! シェリーお姉様も旦那様も行きますわよね? ね!?」

「え、えぇ、そうですね。……マリアさんは本当に甘いものがお好きなんですね。やっぱり女性は皆さんそうなんでしょうか」

「何を仰ってるんですの旦那様! スイーツが嫌いなレディなんてこの世に存在しませんわ! 旦那様も是非行きましょう! エルマー様のスイーツの見立ては間違いありませんのよ! シェリーお姉様も!」

「ふっふふふふ……スイーツと聞いちゃあ私も黙ってらんないわね。当然行くわよ! ね? ケントも一緒に。ねっ?」

「は、はい、あの、わかりました。わかりましたからお二人とも、ちょっとくっつきすぎです。行きますから、シェリーさんもマリアさんも、色々押し付けないでください……」

「……あらあら。3人とも、馬車の中ではそこまでに抑えておいてね? あんまり見せつけないでくれる?」

 

 本当に困り果てているケントを眺めながら、エルマーは頬杖をついて嬉しそうな笑みを浮かべていた。

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