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19 二人の愛の巣?

 ケントとシェリーは数日間ブロニカ邸に滞在していたが、『流石にこれ以上世話になるわけには』と、居場所を移す準備をはじめていた。

 これに反対したのは、呪から解放されたばかりの令嬢マリアである。

 

「ケント様もシェリーお姉様も、いくらでもこの家に居て良いんですのよ!? どうしてそんな他人行儀なことを」

「え、えぇとですね、マリアお嬢様? 僕もシェリーさんも、本はと言えばお嬢様の肖像を作る目的でお邪魔していました。肖像画出来上がって納品も完了した今、僕らはこれ以上ご厄介になるわけには行きません」

「ですが!」

「マリア、無理を言ってはいけないわ」

 

 困り果てたケントに助け舟を出したのは、マリアの母ラウラだった。

 

「ケント様の仰る事の方が筋が通っています。私達はあくまで、ケント様の作業をやりやすいようにお助けしていたに過ぎないの」

「で、でもお母様……」

「それにマリア、あなたはこれから花嫁修業をするんでしょう? 良いこと? 私がケント様の妻としてふさわしい女になった、と認めるまで、一つ屋根の下で暮らすことは認めません」

「お、お母様ぁ……」

 

 泣き出しそうな顔のマリアを見て、彼女が実はマスター級の剣術士で、剣術試合の場で『ガラガラヘビ』の二つ名で知られる強者であることを想像できる者は居ないだろう。

 

「で、でしたら! でしたらせめて! お父様から送られた不動産へお移りになっては? 宿では宿賃もかかるでしょうけれど、お父様がわたくしの肖像画の代金にと譲渡された不動産なら、代金も必要ありませんわ!」

「……そっか……そうよね、そうよね? そうよね! それってアレですよね? あの、ディエゴさんから譲渡された不動産……って、どこにあるんですか? 私もケントもまだ見たこと無くって」

「場所なら心配には及びませんわ。ケント様とシェリーお姉様にお譲りするのは、もとが宿屋として賃貸していた物件ですの。宿を営んでいた老夫婦が高齢で、引退して故郷に戻られるということで空き家になったばかりですの。家具の類もおいていますし、今日からでも掃除をすれば住み始められますわ! それに厨房も広く作ってありますし、シェリーお姉様の錬金術の作業も捗るはずですわ」

「あ、あの、話の腰を折るようですみません。マリアお嬢様、ちょっと気になったんですが……シェリーさんの事を『お姉様』というのはいったい……?」

「あぁそっか、ゴメンねケント。マリアお嬢様、ケントはセプトパールの出身でエルフ族の習慣とかに疎いの。えっとね、エルフ族は一夫多妻が当たり前ってのは話したよね? つまり奥さんがいっぱいいるっていうことなんだけど、ノーム族もそうなの。まぁノーム族は一夫多妻と一妻多夫の両方があるんだけど、一夫多妻の家庭だとエルフもノームも『同じ男に嫁いだ女』は姉妹とみなされるのよ。結婚した順に、第一夫人が長女、第二夫人が次女、っていう感じね? 一応ほら、ケントに肖像画もらった順番で言ったら、私が不動の一位じゃない? ってことは、プロポーズ順で行けば私が第一夫人、つまり長女になるの」

「そういうコトですわ。私が2番目に肖像画を頂いていますから、私は第二夫人でシェリーお姉様の妹になる、ということですわね。ちなみにこの制度は『姉妹妻』と呼ばれておりますわ。姉妹妻は結婚前の婚約時点で成立しますの」

「ちなみに、エルフ族だと本物の姉妹が同じ男に嫁ぐことも珍しくない……っていうか、それが普通ね。私の父なんて、私のお母さんを含めて二十五人姉妹の内十五人を妻にしてるもの。姉妹妻っていう名前も、エルフ族のこの風習から来てる……んじゃなかったかな? 確か……たぶんね?」

「えぇ、そのとおりで間違いありませんわ。とにかく、ケント様とシェリーお姉様がその物件にお住まいになれば、わたくしも気軽に訪ねることが出来ますもの。もちろん、引っ越しが必要ならわたくしもお手伝いいたしますわ。妻として当然のことですもの」

 

 もうすっかり妻モード前回のシェリーとマリアの気迫に押され気味になっているケントは、どこからどうみても『姉さん女房の尻に敷かれる旦那』のようである。

 

「ケント様、申し訳ありません、こんな娘で。しっかり躾けておきますので」

 

 少しうんざりして疲れたような顔のラウラは、力なく笑みを浮かべてケントに向かって軽く頭を下げる。

 おもむろにがしっ、とマリアの手を握ると、『さぁ、戻りますよ。花嫁として学ぶべきことは山のようにあるんだから』と情け容赦無く言うと、引きずるように引っ張っていった。

 

「わ、私は必ず伺いますわ! お部屋に飾る美術品に、絨毯に、調度品に、揃えなければいけないものは、私も手伝いますわ!」

 

 と、徐々に遠ざかる声を聞きながら、しばし呆然としていたケントは、シェリーがくいくいとシャツの裾を引っ張る感覚で我に返った。

 

「ねぇケント、その物件見に行かない? ディエゴさんに話せば見せてくれると思う」

「え? あ、あぁ、そうですね。そうしましょうか」

 

 邸宅内で割り当てられた部屋の片付けを済ませてから、商会長のディエゴが普段執務をする部屋のドアをノックする。

 快く二人を迎えたディエゴはかなり上機嫌で、ケントとシェリーが話し始める前に商談を持ち出した。

 

「いやぁ、ユリア伯爵閣下があの風景画をいたくお気に入りで、閣下の上官にあたる陸軍元帥、クラウディア殿下にもお見せになったそうですぞ。その結果なんと」

 

 ディエゴはもう嬉しさを隠す事もできないし隠す気もさらさらない、と言わんばかりの満面の笑みのまま続ける。

 

「クラウディア殿下からも風景画の注文と、ユリア伯爵閣下からは追加でご自身の肖像画の注文を頂いております」

「え、そ、そんなに!?」

 

 思わず立ち上がったシェリーは凄まじい速度で計算を始めた。

 伯爵であるユリアに売った風景画が白金貨30枚という、庶民では想像すら難しい金額で売れた。

 一般に風景画と肖像画では、肖像画の方がはるかに高価だ。おまけに今回は皇族からの注文である。

 

「ど、どうしよう……ねぇケント! どうしよう、どうしよう! ねぇ、ど、どうする? どうしよ? 伯爵閣下と、皇族様からだよ!?」

「それは大変にありがたいお話ですが……ただ、僕もシェリーさんも高位貴族の方や皇族の方への接し方、マナーといったものを知りません。ディエゴさんに助けて頂けると大変ありがたいんですが……」

「そこはもちろん、ご心配には及びませんぞ! 商売の話はすべてこのディエゴにお任せを。面倒なことは我々に任せて、婿殿とシェリー殿は光画の制作に注力してください」

「む、婿殿……あの、ありがとうございます……何しろ我々はディエゴさん以外に親しくしてくださっている貴族の方はいません。ディエゴさんだけが頼りです」

「ご心配なく! ケント殿は我がブロニカ家の婿殿、そしてシェリー殿はケント殿の第一夫人。ともなればお二人ともに我が息子、我が娘と同じようなものですからな、このディエゴ・ブロニカ、家族に対しての助力は一切惜しみませんぞ!」

 

 実に頼りになる舅殿ではあるが、いささか熱量が高すぎるのがケントにとっては落ち着かないところだ。

 舅や姑との付き合いも、ケント自身経験がある。が沙織の両親は共に物静かで無口、おとなしく穏やかで、沙織と同じように静かに微笑んでいるタイプの義両親だった。

 

 ケントが健人であった頃も、義実家とのやり取りは実に静かで、何を話せば良いか話題に困ったものだ。

 だが、ディエゴを始めとしたブロニカ家の面々は大変熱量が高く、かなり情熱的である。ケントとしても何とかして穏便にブレーキをかけたいところだが、ケントのブレーキごときではディエゴを減速させることすら出来そうにない。

 

「して、お二人とも? このディエゴに何かご用があったのでは?」

「そ、そうでした。実は先日のマリアお嬢様の肖像画の代金としてお話いただいた不動産についてなんですが……僕もシェリーさんも、可能ならそちらに拠点を移そうかと思いまして」

「ほう……もしや、当家の使用人がなにか失礼なことでも仕出かしましたかな……?」

 

 不意にディエゴの声が低くなる。

 大柄なノーム族の成人男性の膂力は、怪力を持って知られるドワーフに次ぐ剛力である。握りしめたディエゴの手からも『めきぃ』という変な音が聞こえてきた。

 

「い、いえ、そういう事ではないんです。僕らもこれからディエゴさん仲介の依頼をこなすために、専用の工房と言いますか、アトリエがあった方が身動きが取りやすいという話になりまして。ね? そうですよね、シェリーさん?」

 

 ケントが咄嗟に思いついた言い訳に、敏感に察したシェリーはしきりに頷きを繰り返す。

 

「そっ、そ、そうなんです! だからその、あの、仕事、そう! 仕事のために、せっかく頂いた物件があるならそこを使おうって、そうケントと話してて! 決してあの、何ていうか、ここじゃケントと二人っきりになりにくくって、私がケントとイチャイチャしづらいのが嫌だとか、あわよくばケントの寝床に入ってあんなこととかこんなコトとかしたいとか、そういう不純な動機じゃなくて! ねっ? そうよね? ね? ケント?」

 

 いかにも取ってつけたような口裏合わせではあるが、ディエゴは満足げに頷いてやおらに立ち上がる。

 

「お二人とも仕事熱心ですな! 結構結構、勤勉は我がインダスター帝国において美徳とされるものですぞ! では早速、物件をご案内するとしましょう!」

 

 ディエゴは意気揚々とケントとシェリーを連れ、邸宅を出て馬車にも乗らず悠然と歩きだす。が、その足はすぐに止まってしまった。

 大柄なディエゴが立ち止まったのは、なんと商会長邸の真正面、通りを1本挟んだ斜向かいの三階建ての建物である。

 

「お二人にお譲りする物件はこちらです。つい先月まで老夫婦が宿を経営していたんですが、何分高齢でしてな。引退ということで賃借を終えて空き家になっていたものです。家具も調度品も、それにキッチン用品も揃っていますぞ。掃除さえすれば今日からでも住み始められます!」

 

 ほぼラウラやマリアからの説明と同じ内容だが、実際に物件を見ながら受ける説明は実感と説得力が段違い。

 新築ではなく、確かにある程度年季の入った建物ではあるが、修繕の必要も特に見受けられない。何よりも家具の類が全て揃っている、というのはありがたい話だった。

 

「いかがしますかな? 早速今日からこちらに?」

「えぇ、是非お願いします。では早速今日から」

 

 ディエゴの言葉に大きく頷いたケントの背後で、シェリーが『これでケントと毎日二人っきり、もうこれって新婚夫婦と一緒……子供は何人が良いかなぁ、やっぱり私は二人は産みたいなぁ』と呟いていた声は、残念ながらケントの耳には入っていなかった。

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