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18 公平公正、公明正大

 ツァイス伯爵邸の一室、ユリアが普段執務している部屋では、部屋の主であるユリアが腕を組んで眉間にシワを寄せている。

 向かい合うように座るケントとディエゴは緊張の面持ちで、シェリーに至ってはガタガタと震えて奥歯がカチカチと音を立てている。

 

「気に入らん」

 

 ユリアはそう呟くと、じろりと鋭い目をシェリーに向ける。

 

「ひぃっ……」

 

 裏返った声で悲鳴のような声を漏らして、シェリはぎゅっと自分のスカートの布地をぎゅっと握りしめた。

 

「シェリー・ストライダー、貴様を陥れた貴族の三男坊の名は、マルコ・フォン・ハイで間違いないのだな?」

「は、あ、あの、す、すみません、ごめんなさい、あの、私」

「間違いないのだな?」

 

 ユリアの問に、シェリーは震えて答えることが出来ない。

 

「閣下、シェリー殿が怯えておりますぞ。少しその眼光を優しいものになさっては」

「うむ? そうか? ……そのようだな。いや、すまん」

 

 ユリアは改めてシェリーに視線を向ける。

 シェリーは異常なほど怯えており、もはや足の震えを抑えることができなくなり、ケントにすがりついていないと座っていられないほどである。

 

「すまん、つい気が立ってしまった。シェリー、貴様に対して気が昂った訳では無い。マルコ・フォン・ハイは現在、我がインダスター帝国の帝都で子爵家の当主だ。フォン・ハイ家はもともとエルフ族の伯爵家だったが、マルコは三男坊で分家を作ったのが50年ほど前だ。なるほどな、アイツは女遊びが激しいともっぱらの噂だったが、そんな事をしていたのだな……」

 

 みし、とユリアの軍服のような衣服の布地が悲鳴をあげ、縫製している糸が切れる音がする。

 

「シェリー、約束しよう。貴様の告白は無駄にはしない。私は陸軍准将であると同時に貴族審問官でもある。貴族の不正に対して強制捜査権を持っている。しばらく裏付け捜査をする必要はあるが、冒険者ギルドの記録にいくつかの取り調べで、逮捕と立件に必要な証拠は集まるだろう。インダスター帝国では娼館自体は違法ではないが人身売買は重罪だ。時効も存在しないからな。マルコ子爵だけではない、フォン・ハイ伯爵家にも罪を追求してやる」

「そ、そうなんですか? その、貴族審問官というのは」

「我が国でも貴族が従わねばならん法というものがある。だが高位貴族の中には特権意識が強いあまりに法をないがしろにする者もいてな。私はそういった遵法意識の低い貴族を『矯正』か『改易』する権限を持っている。それに、人身売買は殺人に次ぐ重罪だ。人の安全や生命だけでなく、尊厳をも蔑ろにする忌むべき罪だからな。当然時効などという甘ったれたものも許さない。シェリー、安心しろ。私は貴様の見方だ。貴様の告白と、ここで私の前で自らの過去を語るという勇気を絶対に無駄にはしない」

 

 ようやく眉間のシワが消えたユリアが、シェリーに微笑みを見せた。

 ユリアは敵に回すと厄介この上ない存在だが、味方となると頼りになることこの上ない。

 彼女は常に『正しき者』であり続け、それが故に常に正しき者の味方である。

 

「この世に普遍の正義など存在しない。立場や状況に応じて正義の定義など簡単に換わる。だが、絶対に不変の正義は存在する。それは己の心が決める正義だ。私は、私の正義に従って行動する。私の正義は、マルコ・フォン・ハイ子爵を許されざる邪悪だと断じた」

 

 威厳ある声でそう言い切ると、大柄な女伯爵はゆっくりと立ち上がる。

 

「エルマー! エルマーはいるか!」

 

 ユリアのよく通る声がドアに向けて放たれると、数十秒後にドアが開き、ユリア同様大柄なノーム族の女騎士が現れる。

 

「シェリー、それにケント、紹介しよう。我が部下のエルマー・イルフォード中佐だ。陸軍憲兵隊の大隊長も務めている。エルマー、このダークエルフ族の娘、シェリー・ストライダーは人身売買未遂及び詐欺の被害者だ。容疑者は帝都の子爵マルコ・フォン・ハイ。シェリーに事情聴取を行うので準備しろ。それからケント、貴様も立ち会え。どうやらシェリーは貴様がいないと怖くて仕方ないようだ。ディエゴ、貴様にも手伝ってもらうぞ。貴様は帝都の貴族にも顔が広かろう。フォン・ハイ伯爵家と子爵マルコの、商会との取引に関する情報をできるだけ詳細に集めろ。ここ200年分だ」

「はっ、承知しました。早速戻って帳簿を調べさせましょう」

 

 ディエゴは敬礼をすると、ケントとシェリーに歩み寄り『これでもう大丈夫ですぞ。婿殿もシェリー殿も、大船に乗ったつもりでどんと構えていてください』と言い残し、伯爵邸を後にする。

 

「さてシェリー、私のことも怖かろう。気持ちはわからんでもないが、もう少しだけ堪えてくれ。女を騙して金を巻き上げた挙げ句娼館に売り飛ばすなど、明確に女の敵だ。私も断じて許せん。死刑になったほうがマシだと思えるほどの地獄を見せてくれる。今日これからシェリーとケントには事情聴取を受けてもらう。イルフォード中佐も強制捜査権をもつ捜査官でもある。悪いようにはせん」

「ありがとうございます、閣下。シェリーさん、もう少しだけです。もう少しだけ、僕と一緒に頑張りましょう。大丈夫ですか?」

「う、うん……でもお願いケント、私を1人にしないで、おいてかないで……」

「大丈夫ですよ。約束したじゃないですか、僕は必ずシェリーさんと一緒にいます。だから、一緒にもう少しだけ頑張りましょう」

 

 シェリーは涙ぐみながら何度も頷く。

 エルマー・イルフォード中佐はそっとシェリーのすぐ横にひざまずいて、シェリーの震える背中を優しく撫でる。

 

「よく頑張ったわね。大丈夫よ、私もそんな女の敵は許せないわ。徹底的に追い詰めてやりましょう。心の底から後悔させてやりましょう。償うことすら許されない、自分の罪の深さを嘆いて悔いながら地獄の底の泥沼に沈む、そんな報いを受けさせてやりましょう」

 

 優しい声と口調とは裏腹に、話す内容は剣呑そのものだ。

 イルフォード中佐に伴われ、ケントとシェリーは執務室とは別の応接室に通された。

 立派なテーブルには緑色に淡い光を放つ推奨が置かれており、分厚く重ねられた紙と、その脇に地味だが高級そうなペンも置かれている。

 

「では、これから事情聴取をはじめさせて頂きます。まず始めに、この事情聴取はすべて記録させていただきますが、よろしいですか? 冒険者パーティ『宵闇の光明』所属のD級冒険者、シェリー・ストライダーさん?」

「は、はい。大丈夫です」

「記録にご同意いただきありがとうございます。では、記録を開始します。ちなみにこちらの水晶は、我が陸軍と海軍、それに帝国内の大神殿が共同で開発した『真実の水晶』です。話者の語る内容が真実であれば緑色に、そして偽りであれば赤に光の色が変わります。事情聴取は公的機関によって行われ、裁判の証拠ともなる重要なものです。シェリーさん、この場では事実のみをお話しいただくと、お約束いただけますか?」

「はい、誓います」

 

 水晶は緑色に淡く光っている。

 

「では、水晶の動作を確認するため、明確に嘘をついて頂きます。これから私から3つご質問をします。全てに『はい』とお答えください。3つの内2つは、必ず嘘になる質問になります。よろしいですか?」

 

 シェリーは戸惑いながらも、しっかりと頷いた。

 

「では、シェリー・ストライダーさん。あなたは男性ですか?」

「はい」

 

 水晶は真っ赤に明るく光った。

 

「続いての質問です。同席のケント・マミヤ氏は男性ですか?」

「はい」

 

 水晶の色は緑に戻る。

 

「3つめの質問です。あなたはドワーフ族ですか?」

「はい」

 

 再び水晶は真っ赤に染まった。

 嘘発見器と同様の動作をするものだが、嘘かどうかの判定は誰の目が見ても明らかになるように出来ている。

 

「ありがとうございます。真実の水晶の動作が正常であることが確認されました」

 

 ふぅ、と大きく深呼吸をして、イルフォード中佐は居住まいを正し、椅子に座り直した。

 にこ、と優しげな微笑みを見せてシェリーに向けて顔をあげる。

 

「ではシェリー・ストライダーさん。これから事情聴取をはじめます。聴取者は中級貴族審問官、インダスター帝国陸軍憲兵隊上級憲兵であり、取調官の資格をもつエルマー・イルフォード中佐です。同席者として、シェリー・ストライダーさんと同パーティ『宵闇の光明』に所属するユニークジョブ『光画師』のケント・マミヤ氏に参加いただいています。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 

 シェリーの返事に合わせて、ケントも軽く頭を下げる。

 非常によく通る、エネルギーのあるユリアの声と違い、エルマーの声は優しくて穏やかそのものだった。まるで優しい姉と会話をしているような心地よさがあり、さらに丁寧で穏やかな言葉使いのおかげか、シェリーも次第に緊張がほぐれてスムーズに話せるようになっていった。

 実に半日にも及ぶ事情聴取は意外なほどスムーズに進み、聴取の間『真実の水晶』はずっと緑色の淡い優しい光を放ち続けていた。

 

「お疲れ様でした。以上で事情聴取は終了です。聴取中の真実の水晶の状況から、シェリー・ストライダーさんの回答および供述はすべて事実であることが確認されました。この供述書はマルコ・フォン・ハイ子爵に対する取り調べを開始するための有効な証拠となります。本日の聴取はすべてインダスター帝国陸軍所属、エルマー・イルフォードが被害者シェリー・ストライダーの人権および尊厳に十分配慮して行いました。以上の内容に異議はありませんか? シェリー・ストライダーさん?」

「え? あ、は、はい。異議ありません」

「ありがとうございます。ここからはエルマー・イルフォード中佐としてではなく、エルマー・イルフォード個人としての意見ですが……エルフ族女性を弄び金銭を詐取した挙げ句、本人の同意も無く身柄を娼館へ金銭と引き換えに引き渡そうとしたことは、明確に人身売買とみなされる犯罪行為です。このような罪を犯すようなクソ以下のクソにたかるクソバエは、然るべき地獄に叩き落とすべきだと考えます。以上、記録を終わります」

 

 不意に水晶が透き通り、緑色の光りが暗くなる。

 暫くの間身動きどころか呼吸も忘れたようなシェリーが、思い出したかのように大きく息を吸い込んだ。

 何度か激しく咳き込んだためか、慌ててケントがシェリーの背中をさする。

 

「大丈夫ですかシェリーさん!? 辛かったですね、でも本当によく頑張りました」

「えぇ、本当によく頑張ったわシェリーさん。もう大丈夫、もうあなたは苦しまなくて良いのよ」

 

 エルマーは再び、優しい笑みを浮かべてシェリーに歩み寄る。軍人とは思えない柔和な表情に、落ち着いた優しい声だ。

 

「この聴取内容を確認してから、ツァイス准将が調査に入られるわ。准将は必ず、被害者に寄り添ってくださるお方よ。これから先、またあなたに聴取をする必要があったとしても、容疑者との直接の接触はないから安心して。本当によく頑張ったわ。もう安心して」

「……あ、あの、それじゃあ私…………あの、貴族の人達から何か罪に問われたりとか、お金を盗られたりとか、攫われたりとかしないで済むんですよか? もう、怖がらなくて大丈夫なんですか?」

「えぇ、大丈夫よ。もし万が一、あなたに金銭の要求であったり、脅しであったり、事前に通告や本人の許可のない接触があった場合は、すぐにその場から逃げて。もし逃げられそうにない時は全力で大声を出して、周りに助けを求めてね。あなたはたった今から保護プログラムの対象者になるから、当面の間だけど軍から護衛がつきます。その護衛も、あなたの生活を妨げたりしない、ある程度距離をおいて守るような形になるから安心して」

 

 エルマーは『優しいお姉さん』の顔で、ウィンクをしてみせる。そしてシェリーの身体をそっとハグするとつい先日ケントがしたようにシェリーの背中をぽんぽんと優しく叩く。

 

「大丈夫よ。インダスター帝国は正義の国、そして軍人は正義の味方よ。あなたはもう、奪われないでいいの。ご主人と二人、仲良くね?」


 優しく抱きしめられたシェリーは、嗚咽を漏らしながら小さく、繰り返し頷いていた。

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