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15 女伯爵

 ブロニカ商会長の邸宅に併設されている迎賓館では、盛大なパーティが催されていた。

 インダスター帝国の東側では第二の都市であるツァイス伯爵領だけでなく、近隣の領地の商会のものや貴族達が大勢招待され、豪勢な料理に高級な酒が惜しげもなく振る舞われている。

 当初、その最上席を勧められた冒険者パーティ『宵闇の光明』の2人だったが、ケントもシェリーも真っ青な顔になって全力で固辞したためか、何とか目立たない末席で見たこともないような高級料理に舌鼓をうっていた。

 

「……すごいわね、こんな大勢来るなんて。それもあの身なりからして、絶対ほとんどが貴族よ」

「そのようですね。どのみち、この空間では僕らは大人しくしていたほうが良さそうです」

「そ、そうよね。そうしましょ。ほらケント、これ美味しいわよ。ワイン飲まないの?」

「はい、僕はお酒は飲めませんので、ブドウジュースを」

「そうだったんだ……じゃあ酔わせて押し倒してワンチャン狙いっていうのはムリか……」

「……シェリーさん? 何か今物騒なことを――」

「あっ、ほら見てみてケント! マリアお嬢様よ! 出てきた!」

 

 シェリーがお行儀悪くフォークで指した先には、鮮やかなオレンジ色のドレスをまとった赤毛の令嬢マリアと、正装の名誉騎士爵ディエゴ・ブロニカと、夫人ラウラが並んで立っている。

 大柄なディエゴが自信に満ちた、それでいて傲慢さを全く感じさせない表情で一歩前に出る。

 ワイングラスを掲げ、来客へと視線を向けた。

 

「今宵はお集まり頂き、ありがとうございます。我が娘マリアの素晴らしい肖像画が完成しましたので、今回は親しくしていただいている皆様に是非お見せしたいと思い、招待させて頂きました。まぁ美しい我が娘の自慢をしたい、親バカな父のわがままにお付き合いください」

 

 来客からどっと笑いが起こる。

 こういう如才ないジョークがとっさに言える当たり、ディエゴはかなり頭の回転が早い男であるようだった。

 

「今回肖像を描いたのは、冒険者パーティ『宵闇の光明』の2人、光画師ケント・マミヤ殿に錬金術師シェリー・ストライダー殿です。お2人、ご起立願えますか」

「えっ?」

「シェリーさん、どうやら立った方が良さそうです。一旦お皿は置いて、口に入れたものはとりあえず飲み込んでください」

「う、うん」

 

 大急ぎでシェリーは口に入れたばかりのカルパッチョを噛んで、ごくりと音を立てて飲み下す。

 

「今宵世界は全く新しい芸術を目の当たりにします。私は、いや我がブロニカ家、そしてブロニカ商会は、今後彼らの活動を全面的に支援するつもりです」

 

 おぉ、というどよめきが起こった。

 大商会が芸術家のパトロンとなることは珍しくない。だが、それはある程度名のしれた芸術家に限られた話だ。

 パーティに参加している貴族や商人のなかで、ケントとシェリーの名を知っているものなど誰一人いなかった。彼らは事実上、駆け出しの芸術家という扱いになる。

 そんな実績も何も無い2人を、大商会が『全面的に支援する』というのは、つまり『我々がパトロンになるから、他の貴族や商会は一切手出しを許さない』『交渉や契約の窓口には、ブロニカ商会が立つ』という宣言と同じ意味を持つ。事実上の専属契約宣言にも等しいものだ。

 

「僕は初耳ですが……このお話は伺っていましたか……?」

「ううん、今初めて聞いたけど……でもさ? でもこれって……私達、生活の心配しなくても良いってコトになるんだよね……」

「そうなんですか!?」

「うん。だってほら、私達って戦闘系とか討伐系のパーティじゃないでしょ? こう、何ていうか……創作系? 芸術系? っていうのかな? その手のパーティだから、それで身を立てるとしたら、どうしたって貴族か商会がパトロンにならないと生活出来ないの」

「なるほど……そしたら、冒険者ギルドの雑用依頼でガラスの原料費を稼いだりする必要もなくなりますか」

「そう! そうなのよ! ギルドのトイレ掃除とかドブさらいとか、下水道のネズミ罠回収の依頼とか受けなくてもいいの! うわぁ夢みたいじゃない?」

 

 立ち上がり、来客から視線を浴びせられつつも、2人はボソボソと小声で話していた。

 やがて会場に3枚の大きな額縁が布で覆い隠された状態で運び込まれる。

 

「あれ? 3枚? え? 2枚じゃなかった?」

「あぁ、実はですね。お嬢様の上半身だけ撮影したもので、すごくよく撮れたのがあったんですよ。それを今日の朝に作ってお渡ししたんです。あまりにも報酬をもらいすぎましたからね、もう1枚くらいサービスしても良いと思いまして」

「そっか、そうよね……だって考えてみたら、家貰っちゃったんだもんね……」

 

 貴族が多く集まるパーティには全く似合わない、実に庶民的な内容をぼそぼそと話す2人も、ステージ上に備えられたイーゼルと額縁に視線を向ける。

 

「さぁ! これが、新しい芸術です!」

 

 ディエゴとラウラ、それにマリアがそれぞれ多いを勢いよく翻す。

 一瞬の静寂の後、まるで地響きのような、驚愕と感動、恐れと興味がごちゃまぜになったような歓声がホールにこだまする。

 1枚目は、マリアが中庭でバラの花に囲まれている写真。

 2枚目は庭園で微笑み合う仲睦まじい3人の家族の肖像。

 そして3枚目は、マリアが自室で、窓から差し込む優しい日差しをバックに振り向いている姿を写したポートレート。

 3枚目の構図は、ケントが生前写真館で、お見合い写真としてよく撮影していたポーズだ。見返り美人図を参考に、逆光をうまくつかったライティングで、マリアの美しいフェイスラインと首筋が光で縁取られているように見える1枚だ。

 

「うわ、ちょ、すご」

「本当にすごいですね、声が聞こえにくくなります」

「いや、すごいのはそっちじゃなくてさ」

 

 同性であるシェリーでも、3枚目のポートレートは目を奪われて言葉を忘れてしまうくらい美しかった。

 長く艶のある赤銅色の髪の毛に、滑らかでキメの細かい肌。そして何より、女性として、人としての強さをうかがわせる眼。

 ケントが感じたマリアの魅力を前面に押し出した、会心の一枚である。

 

「お手を触れないようにお願いします! これは『光画』という、この世で光画師ケント・マミヤただ1人が、稀代の錬金術師シェリー・ストライダーと助け合う事で描くことが出来るもの。この新しい芸術を、我が領主ユリア・ツァイス伯爵のお目にかけることが出来るのは、このディエゴ・ブロニカにとって何よりの名誉であります!」

 

 来客の中から拍手が沸き起こり、1人の長身の女が優雅にステージへと歩み寄る。

 大柄なディエゴに負けず劣らずの長身で、短い髪ながら凹凸に恵まれた体つきの女、ユリア・ツァイス女伯爵は興味深げに3枚の『光画』にじっと見入っていた。

 

「素晴らしいな……何だこの細密画は。まるでその瞬間を切り取って絵に閉じ込めたようではないか」

「さすが閣下。そのとおりです。あちらの光画師、ケント・マミヤ殿はこの3枚の肖像画を、たった1日半で作り上げたのです」

「何だと!? 1日半で?」

 

 ホールがどよめきに揺れる。

 周囲の視線が一気にケントとシェリーに向けられる。

 

「あ、やば……ね、ねぇケント、私帰りたい……」

「僕もです……こういう場合は、どうしたら良いんでしょう」

 

 小声で実に情けないことをつぶやき合う2人に、壇上から大柄な女伯爵が大股で歩み寄ってきた。

 かつん、という堅い靴底の音を立て、女伯爵が2人の前に立つ。

 

「ひっ」

 

 情けない悲鳴をあげて、シェリーはケントにしがみつく。

 

「貴様がケント・マミヤだな?」

「はい閣下」

「その後ろに隠れようとしているのが、錬金術師シェリー・ストライダーだな?」

「ひ、ひぃ……あ、あの、あのっ、ごめんなさい、すみません、許してください、私何も悪いことしてませんっ」

「……なんだ貴様、何をそんなに怯えている。心配するな、別に取って喰ったりはせん。それよりもケントとやら、貴様『光画師』というジョブだそうだが、ユニークジョブか」

「はい、神殿の神官からはそのように聞いています」

「なるほどな。ではあの『光画』を作ることが出来るのは貴様1人、ということか」

「おそらくは。ですが、正確には」

 

 ケントはちらりと自分にしがみついて、青ざめた顔でかろうじて立っているシェリーに視線を向けた。

 

「彼女が作る、特殊なポーションがなければ成し得ません。僕は1人だけなら、特に役に立つこともない男です」

「ふむ、謙虚だな」

 

 にっ、と口角を上げ、女伯爵は満足げに頷いた。

 

「あの光画をどうやって描いたのか、教えてはもらえんか?」

「申し訳ありません閣下、それは出来かねます」

「ちょ、ちょっとケント、そんなハッキリと……」

 

 あまりにも明確に拒絶の答えを出したケントの服の裾を、慌ててシェリーが引っ張った。

 伯爵と言えば高位貴族であり、この街の領主だ。貴族の性質にもよるが、下手に逆らったり不興を買ったりしたら、どんな目に遭うかわからない。

 シェリーの貴族恐怖症は、過去の自身の経験から来るもので、筋金入りである。

 百数十年前、シェリーを『騙して弄んで金を巻き上げて捨てた男』の何人かが、貴族だったのだ。その経験からかシェリーは、基本的に貴族と言えば『平気で人を騙し、人の人生を弄び、金の亡者で人の命を平気で奪うもの』という眼でみている。

 

「まぁ、それもそうか。秘密をべらべらと喋るわけにも行くまい。すまんな、無粋なことを聞いた。しかし見事だ。マリア嬢の肖像画など、同じ女である私も背すじがゾクゾクするほど美しい。アレではマリア嬢への求婚の申込みは益々増えるだろうな」

 

 満足げな笑顔を浮かべた女伯爵は、力強くケントとシェリーに向かってワイングラスを持ち上げた。

 

「新しい芸術を生み出した2人に!」

 

 非常によく通る声をあげ、女伯爵はグラスを高らかに挙げる。

 来客が唱和して、やがて拍手がケントとシェリーに向けられる。

 萎縮しながらもペコペコと頭を下げるシェリーに、落ち着いて穏やかに会釈を返すケントはゆっくりと着席する。

 周囲の貴族たちも自席に腰掛けるが、なぜかユリア伯爵はケントたちのテーブルに就いていた。

 

「……あの、閣下?」

「ん? どうした? 私がここにいることが不満か? ……あぁ、2人きりでいい雰囲気なところを邪魔してしまったか。すまんな、すぐに退散する。用件は手短に伝えよう。光画師ケント、貴様に頼みがある」

「僕に、ですか?」

「そうだ。あの素晴らしい細密画だが、私に1枚譲れるものはないか?」

 

 まるで珍しいオモチャを目の前にした子どものように、ネコのようなツリ目が大きく見開かれた。

 女伯爵はノーム族という種族で、ヒト族やエルフ族と比べて頑健な身体が特徴である。ブロニカ商会の商会長、ディエゴもノーム族の出身なせいか、かなり大柄で膂力もヒト族よりも強いのだという。

 

「お譲り出来るもの、ですか……そうですね、風景を写したものであれば、お譲りすることは可能です」

「ほう、風景画か。良いではないか。私も風景画は好きだ。では図柄は問わん。いつ頃出来る?」

「そうですね……ディエゴ商会長に額を頼みますので、まぁ明後日には」

「よし!」

 

 一際よく通る声で女伯爵が満足げに応える。

 

「では明後日だな! 呼びつけるようですまんが、是非明後日、我がツァイス伯爵邸に持ってきてくれ。言い値で買おうではないか! おいディエゴ! 話は聞こえていたな? 貴様も来い。ブロニカ商会がバックに着くのであれば、商談の場には貴様が付き添わねばならんだろう」

 

 末席に近い場所からでも、ユリアの声はステージ上に届いていたようだ。

 ディエゴは鷹揚な足取りで女伯爵へと歩み寄り、敬礼の姿勢を取った。

 

「もちろんです閣下。明後日、納品と商談にお伺い致します。ケント殿、シェリー殿、商売の話はこのディエゴにおまかせあれ」

 

 にっ、と笑ったディエゴと満足げな笑みを浮かべる女伯爵ユリア。

 2人のノーム族は、豪快な声で笑いあい、グラスになみなみと注がれたワインを飲み干した。


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