11 色鮮やかな世界
宿に戻ろうとしていたケントとシェリーであったが、なんとブロニカ邸の豪華な広い客間を割り当てられ、ディエゴの『娘の肖像画を描くのなら、この家にいたほうが良いだろう。是非、自分の家だと思ってくつろいで欲しい』 という申し出を断ることもできず、一度宿で支払いなどの処理を済ませてからすぐに戻る、と告げて、街へと繰り出していた。
「ねぇケント、あのマリアさんって人、すごい美人だったわよね……エルフでもあんなに強くてきれいな人って滅多にいないわ」
シェリーの言葉に頷いたケントは、歩きながらシェリーの方へと顔を向ける。
「……シェリーさん、大至急お願いしたいことがあります」
「え? えっ、な、何? 私に出来ること?」
「はい。シェリーさんにしか出来ないことです。ちょっと宿の部屋に戻りましょう」
「宿の部屋……2人っきり……私にしか出来ないこと…………う、うん。察した。大丈夫、任せて。ちゃんと昨日お風呂も入ってるから」
何かを勘違いしたシェリーはケントのあとに続いて歩き、宿屋へと入る。
宿の主人にチェックアウトの申し出と、『あと少しだけ、2時間程度部屋を貸して欲しい』と告げたケントの言葉で、シェリーの勘違いはさらに加速する。
ケントに続いて部屋に入ったシェリーは、静かに後ろ手に鍵を締め上着を脱いだ。
「ね、ねぇケント、お願い、優しくして……」
「シェリーさん、教えてほしいことがあります」
ケントは慌ただしくテーブルの上を片付け、亜空間収納から何枚かの板ガラスを取り出して並べる。
が、シェリーはもじもじと俯いていて、何故かシャツのボタンをいくつか外し始めた。
「教えるっていっても、あ、あの、私も一応その、そういう事の経験はあるっていうか、嫌いじゃないっていうかその、どっちかっていうと大好きで、あの、け、ケントだって奥さんがいたなら経験豊富だと思うんだけど――」
「以前、聖水の他にも回復薬、解毒薬も色が変わる、と言っていましたね? 具体的にどんなふうに変わるのか、見せてください」
「み、見せる、見せるってその……え、こ、こんな明るいところで? わ、私はケントが見たいっていうなら、その……うん、いいよ……」
長い耳の先まで赤く染めながらも、シェリーはスカートをはらりと床に落とし、ケントのすぐ後ろで下着姿になった。
テーブルにガラスを並べ終えたケントが振り返る。
流石にいつも穏やかなケントも、眼の前の美しい女がいつの間にか半裸になっているのには驚いたようだった。
「そうです。明るい、光があるところでないと……ってシェリーさん!? 何で脱いでるんですか! 服を着てください!」
「えっ? 見せてって……私のカラダじゃなくて?」
「でででですから! 回復薬と解毒薬、それに麻酔薬です! 僕はこっちを向いてますから、お願いですから服を着てください!」
「ご、ごめん! ……あぁもう、私またこんな……ゴメンねケント、その、悪気があったっていうかそういのじゃなくて……」
「い、いえ、あの、良いですから、ちゃんと服を着てください。それから」
後ろを向いたままの状態で、ケントは大きく深呼吸をする。
「シェリーさんのような、その……美しい人がそんな格好でいたら、僕でも冷静でいられる自信はありません。ですからその、簡単に肌を顕にするようなことは――」
「冷静じゃなくて良いの! ちょ、ちょっと待ってすぐ脱ぐから!」
「だから着てください! 脱がないで! 今はお仕事の話をしてますから!」
着るときの倍以上のスピードで再びボタンを外し始めたシェリーだったが、いかにも渋々といった表情でまた服を着る。
「エルフ族の皆さんはその、シェリーさんのようになんというか……奔放というか、おおらかというか、そういう感じなんでしょうか……」
「え? エルフ族の中じゃ私なんてオクテなカタブツって言われるわよ? すぐ下の妹なんて、気に入った男がいたら問答無用で攫って来ちゃうもの。ノーム族の男の子をホントに拐って来たときはびっくりしたわ。気付いたときにはもうベッドの上でイチャイチャしてたし」
「……え、エルフ族の女性はその……すごいんですね……」
「まぁね、『エルフ娘の深情け』っていうことわざになっちゃうくらいだしね。……おまたせケント、着たわよ」
ようやくケントが振り返り、ちゃんと服を身にまとったシェリーの姿を見て安堵のため息をついた。
「シェリーさん……良かった、もうどうしたのかと思いました……」
「ごめん! ごめんねケント、あの、えっと……そ、そうだ! アレよね? 回復薬と解毒薬よね? あと麻酔薬?」
「はい。光を当てると色が変わるものを、どんなふうに変わるのかを見てみたいんです」
「うん、ちょっと待って……ってそうだ、ゴメン。私のリュックもケントの収納に預けてたんだ……ゴメン、私ばっか楽しちゃって」
「いいえ、良いんです。シェリーさんのリュックはコレですね」
なにもない空間から、大きなリュックが現れる。普段ケントは、肩掛けカバンの中で亜空間収納のスキルを使うことで、傍目には『大きめの肩掛けカバンに、ものを出し入れしている』と見えるようにしていた。
が、誰も見ていない屋内などでは、こうして大っぴらにスキルを使うようになっている。
「えーっと、色が変わるのはぁ……回復薬が赤くなって、解毒薬は青くなって、麻酔薬は黄色くなっちゃうのよね」
「……なるほど、そういうコトでしたか。ちょっとお借りします。実験をしますのでシェリーさん、手伝ってください」
「え、えぇ、もちろん」
ケントの実験は、実に地味なものだった。シェリーに街に花を買いに行かせている間、4枚の感光ガラスを用意する。
1枚は回復薬を、2枚目は解毒薬、3枚目は麻酔薬を塗ったもので、4枚目はそれぞれを等量混ぜたものを塗ったガラスだ。
「ただいまケント、お花ってコレでいい? 一応リクエスト通り、色んな色の花にしたけど」
「ありがとうございます。そうですね、さすがシェリーさんです。おまかせして正解でした。良い花ですね。赤も黄色も緑も青も、ほしかった色が全部あります」
「そ、そう? ……えへへへ、ケントって何しても褒めてくれるわよね。だからかな、何でもしてあげたいって思っちゃう」
本当に心の底から嬉しそうなシェリーに花束を持たせて、ケントがカメラを用意する。
「シェリーさん、今から4枚撮影します。出来るだけ動かないで、瞬きも我慢してください。良いですね?」
「うん、わかった。この格好でいい?」
「はい。そのまま……もう少しだけ顎を引いて、顔だけこちらを向いてください。足先を揃えて、ちょっとだけ首を左に傾げましょうか。……そう、そのまま、そのままです!」
手早くケントが感光ガラスのケースをカメラに差し込んで、立て続けに4枚撮影する。熟練を思わせる手つきは、その所作すら美しいと思わせるほどスムーズなものだ。
テーブルに並べた板ガラスのケースにケントが手のひらを向ける。4枚全てを現像し終えるまで、およそ10分程度を要したが、これも現代の日本と比べれば格段に早いものだ。
「さて、僕の仮説が正しければ」
1枚目、赤く変色する回復薬を塗った板ガラスを取り出すと、そこには赤い花とシェリーの服の赤い部分だけが映し出されている。
2枚目の青く変色する解毒薬を塗った板ガラスでは、青い花と緑の葉の一部、そしてシェリーの服の青が描き出されていた。
3枚目の麻酔薬を塗った板ガラスは、やはり黄色いものだけが映し出されている。
「やはりそうでしたか! それならこれは」
そして最後の4枚目、回復薬、解毒薬、麻酔薬をそれぞれ同じ量だけ混ぜて作った液を塗布した板ガラスを取り出す。
シェリーの目からは、ケントの背中で隠されてしまい何が写っているのかは見えない。
「ね、ねぇケント? どうなの? 何か写った? 大丈夫だった?」
「シェリーさん」
ケントはシェリーに背中を向けたまま、小声でぼそっと呟いて、板ガラスを丁寧にテーブルに置く。
ゆっくりと振り返ったケントの目には、なぜか涙が浮かんでいる。
「やっぱりあなたは天才です! 素晴らしい! 大成功です!」
がばっ、と突然ケントがシェリーに抱きついた。
コレまでも手を繋ぐ、腕を組むといった事はあったが、ケントがシェリーを抱きしめるといったことは無かった。
「あっ、え、あの、えっ? え? あの、け、ケント?」
「嗚呼、これはもう神に感謝しなければいけません……シェリーさんに出会えたことは、僕にとって最大の幸運です」
「そ、そんな……ケント、あの、そんな抱きしめられたら、私シアワセになっちゃう、キモチヨクなっちゃうぅ」
「ありがとうございます、ありがとうございますシェリーさん、やっぱり僕にはあなたが必要です」
ぎゅ、とケントがシェリーを抱きしめる手に力を込める。
「あ、ダメ……イっちゃう……」
びくびくとカラダを震わせて、シェリーはケントの腕の中で恍惚とした表情でヨダレを垂らしていた。
が、視界の端に入ったガラス板に気付いたとき、絶頂の快感に酔いしれていたシェリーは一瞬で我に返る。
「け、ケント!? これ!?」
「はい。大成功です。シェリーさん、あなたのポーションは本当に素晴らしい。あなたの回復薬は、光の中の赤の成分に反応して赤く発色しているんです。解毒薬は青、そして麻酔薬は黄色い光に反応します。どういう原理なのかは僕もわかりませんが、3種類のポーションを混ぜたガラスを塗って撮ったたものが」
ケントが手を伸ばし、4枚目のガラスを持ち上げる。
「この写真です」
ガラスに映し出されていたのは、つややかな黒髪に小麦色の肌を持つ美しいエルフの女が、色鮮やかな花束を持って微笑んでいる姿。
まごう方なき、フルカラーの写真だ。
これまでケントが撮影した写真は、すべてモノクロである。
聖水は光の強弱に対してのみ反応していたため、強い光が当たったものは黒く変色し、光があまり当たっていない箇所はあまり変色しなかった。
そのままだとネガ状態になるものを、ケントの『反転』スキルでモノクロ写真として視ることが出来る状態になっている。
今回試験的に撮影したのは、光の三原色と呼ばれる赤、青、黄それぞれに反応する薬液を混ぜた、いわばフルカラー感光液を塗布したガラスを用いたものだ。
「…………ケント、これ……」
「あっ! あの、そ、そうでした! あの、コレはですね、その、エルフ族の女性に肖像画をプレゼントする意味というか、そういったものではなくて、今はあの、まだそういう――」
「うん、わかってる」
シェリーは涙を浮かべながら、ガラス板をぎゅっと自分の胸に大事そうに抱いた。
「わかってる。私、待ってるから」
ケントを見上げるシェリーが、黒い目をそっと閉じて顔を近づける。
「シェ、シェリーさん……」
軽く唇が触れる程度のキスだった。
こつん、とお互いの額を当てて、シェリは小さな声で呟く。
「私、10年でも100年でも、ケントのこと待ってるから」
そう言うと、フルカラーのポートレートを大事に胸に抱いたまま、まるで飛び込むようにベッドに仰向けに横になった。
「あーもう! 戯曲とかならこのまま結ばれてハッピーエンドなのに! ケントのバカ!」
あははは、と明るく笑うシェリーにつられてか、ケントも少し困ったような顔で笑う。
「さ、戻りましょうシェリーさん。マリア嬢の美しい赤い髪の毛も、すべて写し取れる準備が出来そうです」
嬉しそうな顔で起き上がったシェリーは大きく頷く。
「えぇ、行きましょ。でもねぇ……心配だなぁ」
「心配、ですか? ……あの、どこか不安になる要素が? 色のバランスがおかしいですか?」
「ううん。そういうのじゃなくて」
シェリーはガラス板を光に透かして、うっとりとした表情で眺める。
「こんなの貰っちゃったら、女なら誰だって惚れちゃうよ……でもね、エルフ女としては誇らしいかな。自分が好きな男がモテモテだとしたら」
「そ、そういうもの、ですか……」
「そ。ほらほらケント、仕事仕事!」
シェリーは自分のポートレートを大切に布で包み、リュックの中へとそっと差し込むと、リュックごとケントに預ける。
「さぁ、行きましょうか」
ギルド提携の宿『フクロウの巣』亭を引き払った二人は、軽い足取りでブロニカ商会長邸へと向かっていった。




