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10 呪われた美しき令嬢

 ツァイス伯爵領にあっても最大級の規模を誇る商会では、食料品や衣料から武器や防具、家具から馬車、さらには不動産まで取り扱っており、商会長自身も名誉騎士爵を拝領しており、領地こそ持っていないものの事実上の貴族と呼べる立場だ。

 

「ねぇケント」

「はい」

「…………帰らない?」

「いやいや、何を言ってるんですかシェリーさん。依頼を受けたのであれば、ちゃんと完遂しなければ」

「ででででも! でも見てよこれ! この豪邸! っていうかお城!」

 

 シェリーが指さした先には、広大な庭園が広がり、さらにその奥には石造りの小規模な城と言ってもいいくらいの規模の建物。

 どう考えても一般市民、いわゆる平民が立ち入って良い場所ではない。下手をすると近づいただけでも不審者として捕縛されかねない。

 事実正門と思しき門の前には、武装した騎士が立って警護している。

 警護担当と思しき4人の騎士たちは、先程からちらちらと挙動不審なシェリーを見てはぼそぼそと何事かを話している。

 

「ねぇケント、ムリ、無理だって……私こんな、大きなお城に入るための行儀作法とか全然知らないし、それに貴族ってイジワルで絶対無理難題出してくるよ……ねぇ、帰ろうよぉ、ね? 2人で遠くに逃げよ? 誰も知らないところに逃げて、そこで静かに暮らそ?」

「まぁまぁ、落ち着いてください。ちょっとあちらの警備の方に話を聞いてきます」

「あっ! え、ちょ、ね、ねぇケント? 待って、ひとりにしないで!」

 

 慌ててケントの跡をついていくシェリーは、ケントよりもやや高い背が目立たなくなるよう猫背になり、決して大柄と言えないケントの後ろに隠れるようにしがみついている。

 

「お忙しいところすみません。こちらはブロニカ商会の商会長様のご自宅でしょうか」

「そうだが……面会の予約がないものは取り次げないぞ。寄付の依頼なら――」

「僕達は冒険者ギルドに商会長がお出しになった依頼を受注した、『宵闇の光明』と申します。僕は画家のケントで、こちらは錬金術師のシェリーです。昨日、ギルドからご連絡が行っているかと思います」

「あぁ、宵闇の光明だな? 確かに、ギルドから連絡は入っている。失礼した。商会長からは直接邸宅内にご案内するように申しつかっている。こちらの来訪者名簿に署名を頂きたい」

「承知しました。ご丁寧にありがとうございます。こちらですね?」

「うむ。それから、念の為に冒険者証を確認させて頂きたい」

「分かりました。こちらが僕の冒険者証です。シェリーさんも、冒険者証を……シェリーさん?」

 

 シェリーはまだケントの背中に隠れるようにして、恐る恐る手を伸ばして冒険者証を差し出していた。

 

「……失礼しました。彼女はどうも人見知りなようでして」

「そ、そうか。まぁ然るべき手続きをとってくれればそれで良いんだが……」

「一応彼女の分の名前も書いておきました。これでよろしいですか?」

「うむ、問題ない。ではご案内しよう。念の為に付け加えておくが、案内されていない場所への立ち入りはご遠慮願いたい。それから、邸宅内にあるものには無闇に手を触れないでいただこう」

「分かりました。当然のことと思います」

「う、うむ。理解が早くて助かる。……ケント殿だったか、貴公はドルマ王国の貴族なのか?」

「僕ですか? いえ、とんでもない。遠くからの流れ者です」

 

 警護騎士に案内されて通った通路は、よく手入れされた庭園を突っ切るような形で配置されており、様々な花が咲いている。いずれの生け垣も良く刈り込まれている。

 玄関のドアは、明らかにケントやシェリーの身長の倍はあろうかという巨大なもので、自分でドアを開こうという気すらなかなか起きないほど重厚なものだ。

 

「面会のご予約のご客人だ」

 

 騎士がドアの向こうへと通るであろう、太く低い声をかけると、ドアが静かに開く。

 その向こうにはかなりの広さのホールが広がっており、使用人たちが整列して頭を下げ、客人である2人を迎えている。

 一番奥には上階へと続く曲がり階段が備えられており、そのすぐ手前には品の良い中年の男女が並んで立っていた。

 

「あちらがブロニカ商会長ご夫婦だ。失礼のないようにな」

 

 騎士の男はケントに耳打ちをすると、ドアから外へと出ていった。

 がこん、という、およそ個人の家の玄関のドアとは思えないような音を立てて、巨大なドアが閉じられた。

 

「宵闇の光明のお2人、ですな?」

 

 中年の男が静かにケントとシェリーへと歩み寄る。

 優雅な身のこなしだが、嫌味を感じさせない笑顔はさすが商人といったところだろう。一流の営業マンでもあり、そして一流の経営者でもあることを感じさせるふるまいだ。

 

「ようこそ我が家へ。私はブロニカ商会を経営している、ディエゴ・ブロニカ。こちらは妻のラウラ・ブロニカです。さ、どうぞ中へ。依頼について詳しくお話を」

「ご丁寧にありがとうございます。僕は冒険者パーティ『宵闇の光明』の光画師、ケント・マミヤと申します。そして」

 

 ちら、とケントがシェリーに目配せをすると、気付いたシェリーは慌てた様子で居住まいをただし、ぎこちなく頭を下げた。

 

「あ、あの、同じくよよよよいよい宵闇の光明の錬金術師、シェリー・ストライダーですっ」

 

 おもわず噛んでしまったシェリーは、羞恥のあまりか長い耳の先まで真っ赤にして俯いてしまった。

 

「ははは、私は今でこそ騎士爵をいただいているが、もとはただの小さな露店を開いていた貧乏人のガキだった男だ。もし良ければここからは砕けた言葉遣いで話が出来ればと思うのだが、どうだろうか」

「それは大変ありがたいです。僕らも貴族の方への言葉遣いなどは全く心得ていませんので」

「……い、いや、ケント殿の言葉遣いはかなり丁寧で……貴族への話し方としても問題は無いと思う。ケント殿も普段通りの話し方で構わないぞ」

「あ、あの商会長、ケントは普段からコレなんです。私は慣れてないから、こんな喋り方でも良いですか?」

 

 驚きの表情を浮かべた商会長、ディエゴ・ブロニカはケントの顔をまじまじと見たのち、何かを悟ったように頷いた。

 

「なるほどな、普段から丁寧な話し方なのか……わかった。それじゃあお互い『普段通りの話し方』でいこう。依頼を出していたのは娘の肖像画なんだが」

 

 ディエゴは妻ラウラ、それにケントとシェリーを先導するように長い廊下を鷹揚に歩き出す。

 隅々まで掃除が行き届いた邸宅内には、数は多くないものの実に品の良い美術品が飾られており、この商会長ディエゴの審美眼の高さを雄弁に物語っている。

 

「通常、肖像画は短くても3ヶ月、本来なら半年……私の愛娘マリアの肖像画ともなれば1年をかけてでも、最高のものを描かせたかった」

「そ、そうですよね? 肖像画ってかなり時間をかけるって聞きました。でも確か、依頼には急ぎで、それもできるだけ精密な絵を書いてほしいって」

「そうだ。出来ることなら1ヶ月以内……いや、早ければ早いほど良い。早く描いてくれたら、早いだけ特別手当も出そう」

 

 ディエゴが廊下の角を曲がり、4つ目のドアの前で立ち止まる。

 同時に立ち止まったケントが、静かに口を開いた。

 

「ディエゴ・ブロニカ商会長。不躾ながら1点確認してもよろしいでしょうか」

「……あぁ、構わない」

「お嬢様はご病気ですか?」

「いや、病気ではないんだ。ただ…………娘には、もう時間がない……」

「もしよろしければ、お嬢様と直接お会いする前に、詳しいご事情を伺えないでしょうか」

「……そうだな、わかった。ではこちらへ、ついてきて――」

「どうぞ、お父様」

 

 不意にドアの向こうから、美しくも非常に強い意思と芯を感じさせる声。

 若い女の声の直後、かちゃ、と軽い音を立ててドアが開いた。

 中から現れたのは、地味ながら上質な生地をふんだんに使った室内着を纏った美しい娘だ。

 燃えるような赤銅色の赤毛は腰の下まで伸び、強い意思と高潔な精神を見たものに印象付ける目は、何ら臆することもなく見慣れない来客の姿をまっすぐに捉えていた。

 

「場所を移す必要はありません。お客様ですね、どうぞ部屋の中へ。わたくしからお話し致します」

「……マリア、お前……」

「お父様とお母様も、どうぞお入りになって。それから」

 

 マリアと呼ばれた美しい娘は、部屋に控えていたメイドのひとりに微笑みかける。

 

「急でごめんなさい。お茶とお菓子を用意してちょうだい。ここに居る全員分よ。もちろん、あなたの分も」

「か、かしこまりましたお嬢様、すぐに!」

 

 メイドは大急ぎで室内の紅茶道具を用意し始める。

 ケントとシェリーは勧められるまま応接用のソファへ、そして父ディエゴと母ラウラは、娘のすぐ後ろに立っていた。

 

「わたくしに残された時間は、あと20日ですの」

「は、20日!? ……でもあの、その、ごめんなさい、その、失礼になっちゃうかもしれないですけど、病気とかには全然見えないですけど?」

「えぇ、わたくしの身体は健康そのものですわ。ですが、わたくしはあと20日で命を終えることになりますの」

 

 すっ、と静かにケントが手を挙げる。発言の意思表示だ。

 マリアが頷くのを確認してから、ケントが大きく深呼吸をする。

 

「お嬢様、差し支えなければ、どのような理由であと20日で、健康そのものであるお嬢様が命を終えるなどという結論に至ったのか、順を追ってご説明頂けますか?」

「えぇ、もちろんですわ。結論から先に申し上げますと……わたくし、呪われておりますの」

「呪い……ですか?」

「はい。呪いの元凶もわかっておりますわ。わたくしがいま身につけている、この指輪ですの」

 

 マリアはすっと右手をケントに向かって差し出した。その美しく細い指、中指には燃えるような色のルビーと思しき指輪がはめられている。

 

「この指輪は、もう取れませんわ……こちらはブロニカ商会から見た商売敵のパトロンである貴族から贈られたもの、というのが後になってわかった事実です。迂闊にもわたくし、この指輪がひと目で気に入ってしまいまして、受け取ったその場でこの指にはめてみたんですの。そしたら……」

 

 カシャン、という音に全員が振り向いた。

 その視線の先にいたのは、紅茶の用意をしていた若いメイドだ。

 まだ少女と言えるくらいの年齢だろう、若いメイドは血の気の引いた顔でへたり込み、全身を痙攣させるように震えていた。

 

「も……申し訳ございません、私が、わたしが先に確認するべきでした……私が、ご一緒していた私が!」

「アイリーン、やめなさい。お前の責任ではないと言っただろう。……すまない、ケント殿、シェリー殿。ここからは私が説明しよう」

 

 商会長ディエゴが身を乗り出して話を続けた。

 遡ること2ヶ月半ほど前のこと、マリアのもとにルビーの指輪が届けられた。

 送り主はインダスター帝国の高位貴族である某伯爵令息。

 マリアは美しく、最下位とはいえ騎士爵を持つ貴族の、さらに大富豪の令嬢だ。貴族の令息から求婚の申し出が来ることは珍しくもなく、指輪やアクセサリーが届けられることも、もはや日常と言えるほどだった。

 その中でも、このとき贈られたルビーの指輪は、宝石の類は商品としても散々見てきた令嬢マリアが見ても、逸品であった。

 思わずその場で指にはめた瞬間、マリアの耳だけでなく、同席していたメイド、アイリーンの耳にも地の底から響くような声が聞こえていた。

 

『お前の命は、あと百日』

 

 低い声は、確かにそう言ってくぐもった笑い声を残し消えたという。

 慌てて指輪を外そうとしたが、指に食い込んで動かすことも出来ない。急遽神殿へ駆け込んだところ、非常に強力な呪いが施された指輪であり、解呪は極めて困難という結論だった。

 確実に相手を呪い殺し、おまけに解呪は極めて困難で、大聖女や大神官、大僧正といった一国の聖職者の頂点に位置する者であっても成功率は2割を切るという『百日殺の呪』だ。

 

「当然、手に入れられる聖水はすべて試したわ。でも結果は……ご覧のとおりよ……」

 

 愛娘が呪いで命を奪われそうになるのをただ見ているしか出来なかった商会長夫人、ラウラは心労でやつれており、今も夫であるディエゴに支えられていなければつらそうなほど弱っている。

 

「わたくしが死ぬのは致し方のないことですわ。この指輪を指にはめたのは、疑いようもなくわたくしの短慮が原因。ですが、呪いごときに負けて死んだなどと言われるのは我慢できませんの。それで、私の今の、元気な姿をできるだけ緻密に、ありのままを肖像画として残したいと思ったのですわ」

 

 マリアの姿は、『高潔な貴婦人』そのものだ。

 自らの死を目前にしながらも、一切うつむくこともなく、恐れおののくこともなく、『呪われて死んだ』などと言われないよう元気な姿をとどめておきたい。それが肖像画を依頼した理由であった。

 

「承知しました、マリアお嬢様。それにディエゴ商会長に、ラウラ夫人。僕達『宵闇の光明』にお任せください。僕達では呪いはどうすることも出来ませんが、お嬢様のお姿、必ずご満足頂ける形で描いてご覧に入れます」

 

 いつになく自信に満ちたケントの言葉に、誰よりも驚いていたのは相棒であるシェリーであった。

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