第7話 馬術の勝者
そして迎えた決戦の日。
雲ひとつない青空の下、マジェスティアの城壁周辺には、この世紀の一戦を見届けようと多くの住民が詰めかけていた。
昨晩のうちにスカーレットと共に情報収集を行い、それぞれの馬の能力は把握済みだ。
馬は全部で6頭。その能力は明確に3つのランクに分けられる。
駿馬と呼ぶに相応しい強豪が2頭、平均的な能力を持つ馬が2頭、そして少し見劣りする馬が2頭だ。
同ランクの馬同士であれば能力差は微々たるものであり、乗り手の技術が勝敗を分けることになるだろう。
ゾルトは巨漢ゆえに競馬では不利かと思いきや、人馬一体となる卓越した技術で、このハンデをものともしないらしい。
馬選びは私から行うルールだが、お互いに各ランクの馬を1頭ずつ選ぶこととなった。
つまり、馬の能力によるハンデは存在しない。
唯一のアドバンテージがあるとすれば、私の体重がゾルトに比べて圧倒的に軽いことだが、強靭な軍馬にとっては誤差の範囲かもしれない。
黒地に金糸の刺繍が施された着物を身に纏い、私が姿を現すと、会場を揺るがすような大歓声が沸き起こった。
中には、亡き母アイリーンの名を叫ぶ者もいる。
私の知名度はまだまだだが、母上の人気は今も健在のようだ。
「殿下、準備はよろしいですかな?」
「もちろんよ、いつでもいけるわ」
私とゾルトは1レース目の馬に跨り、スタート位置につく。
私の心臓は早鐘を打っているが、手綱を握る手は不思議と震えていない。
振り下ろされた旗を合図に、2頭の馬が弾かれたように飛び出した。
私は好スタートを切ったものの、ゾルトの馬が凄まじい勢いで加速していく。
風を切り裂き、砂塵を巻き上げながら遠ざかるその背中は、あまりにも遠かった。
結局、1レース目は私の完敗に終わった。
「殿下、素晴らしい騎乗でしたよ。その調子です。次で巻き返しましょう!」
スカーレットが明るい声で迎えてくれた。
負けた私を励ましてくれているのだろうか。その笑顔に、少しだけ救われる。
続く2レース目。
スタート位置についた私は、深く息を吸い込み、肺いっぱいに乾いた空気を取り込んだ。
集中力を極限まで高める。
旗が振り下ろされると同時に、私は馬の腹を蹴った。
今度はゾルトの馬が食らいついてくるが、私は一度も先頭を譲ることなく、そのままゴールを駆け抜けた。
なんとか1勝をもぎ取った私に、観客は割れんばかりの拍手を送っている。
ふと見ると、スカーレットが観客に混じって、まるで応援団長のように声援を指揮しているのが見えた。
あの子、意外とノリがいいのね……。
ここまでは1勝1敗。運命の最終レースで全てが決まる。
馬を乗り換え、再びスタート地点へ。
馬の荒い鼻息と、自分の鼓動が重なって聞こえる。
今度はゾルトと並んでスタートを切った。
お互いに脚を溜めつつ、牽制し合う展開。
そして迎えた最後の直線。
私は無我夢中でムチを入れた。
「行けぇぇぇッ!」
私の叫びに応えるように、馬が最後の力を振り絞る。
激しいデッドヒートの末、僅かな差で私の馬の鼻先が、先にゴールラインを割った。
勝った!
あの四天王、ゾルトに!
脳内物質が溢れ出しそうなほどの興奮に包まれていたが、実はこれにはタネがある。
1レース目、ゾルトは『強豪』、私は『見劣り』を選択し、ゾルトの圧勝。
2レース目、ゾルトは『平均』、私は『強豪』を選択し、私の勝利。
3レース目、ゾルトは『見劣り』、私は『平均』となり、私の勝利。
初戦でゾルトの最強馬に、あえて捨て駒をぶつけることで、残りの2レースを馬の能力差で勝ちに行くという、スカーレットの策が見事にハマったのだ。
それにしても、3レース目……明らかな能力差があったにも関わらず、あそこまで接戦に持ち込むとは。ゾルトの技量、恐るべしだ。
「殿下、作戦通り勝てましたね!」
スカーレットが駆け寄ってきて、ハイタッチを求めてきた。
ルールを聞いた瞬間にこの作戦を立案した彼女の知略には、改めて脱帽する。
本当に、彼女が味方で良かった。
「参りました。約束通り、今後は家臣としてグロリア殿下にお仕えいたします」
馬から降りたゾルトは、私の前で膝をつき、臣下の礼をとった。
その姿は、敗者でありながらも威厳に満ちていた。
「ゾルト、お前も見事であった。お前ほどの豪傑を家臣にできるとは……私は果報者だ」
私がそう告げると、ゾルトは微かに口元を緩めたようだった。
そして立ち上がると、観客に向けて雷のような大声で宣言した。
「この勝負、グロリア殿下の勝利とする! よって、これよりマジェスティアはグロリア殿下の支配下に入る! 魔王陛下以来の、新たな主君の誕生を祝おうぞ!」
ゾルトの宣言に呼応するように、会場からは地鳴りのような歓声と拍手が巻き起こった。
私はマジェスティアの民に、新たな支配者として認められたのだ。
その晩、マジェスティアの街は私の勝利を祝う祭りで賑わった。
城内でも盛大な宴が催されたが、少し飲みすぎた私は、酔い覚ましに夜風に当たろうと中庭へと足を向けた。




