第6話 オーガ族の風習
重厚な扉を開き、作戦会議室へと足を踏み入れる。
そこには、張り詰めた静寂の中に、魔将軍ゾルトと2名の副官が石像のように佇んでいた。
私は促されるまま、上座に用意された椅子に腰を下ろす。
飾り気のない質実剛健な造りの部屋だが、高い天井と、アーチ状の窓から差し込む柔らかな自然光が、部屋全体の圧迫感を和らげている。
部屋の中央には巨大な円卓が鎮座し、その上には詳細な地図が広げられていた。王都エルシリウムとマジェスティアの位置には、赤い旗の模型が突き立てられている。
「では、会議を始めましょう。まず、現状認識のすり合わせを行います」
スカーレットの凛とした声が響く。彼女はルナティカで私に報告した内容を、ゾルト達にも淡々と、しかし正確に説明した。
ゾルトは腕を組み、時折深く頷きながら聞き入っている。その表情からは、事態の深刻さを十分に理解していることが窺えた。認識に相違はないようだ。
また、ルナティカへ兵士の増援を送ることも快諾してくれた。
喉に刺さっていた小骨が取れたように、私は安堵の息を漏らした。
「グロリア殿下と私は、この地の民を守ることを最優先と考えております。王都は壊滅的な被害を受けており、一刻も早く帰還して立て直す必要があります」
「なるほど、そのために危険を冒してまで、お二人で駆けてこられたわけですね」
「陛下の正当な後継者は、グロリア殿下ただ一人ということになります。ですが、このような混乱に乗じてクーデターを画策する輩が現れないとも限りません。それを未然に防ぐためにも、殿下には少しでも早く、新王として即位していただきたいのです」
「そうですな……拙者も陛下の後継者はグロリア殿下で異存ありませぬ。ところで殿下ご自身は、即位することに納得されておりますでしょうか?」
ゾルトの鋭い視線が私を射抜く。
私は居住まいを正し、彼の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「あまりに急な話で、心が追いついていないのが正直なところだ。だが、一刻も早く民を安心させたい。その気持ちに嘘偽りはない……。しかし、今の私には王としての力が足りない。だからこそ、そなたを頼ってきたのだ」
「拙者は陛下よりこの地を死守するよう仰せつかっておりまして、共に王都へ向かうことはできません。ですが、殿下のためにできる限りの支援は惜しまぬ所存です。食料、護衛など必要な物資があれば、可能な範囲で用意させていただきます」
支援はありがたい。だが、それでは足りないのだ。
スカーレットの進言通り、なんとしてもこの豪傑を私の懐刀に加えなければならない。
「私と一緒に来てはもらえないだろうか。それが私の、第一の望みなのだ」
「拙者は陛下の家臣にございます。陛下の命令を第一に考えねばなりません。残念ですが、ご一緒することはできかねます」
ゾルトは曇りなき眼で真っ直ぐ前を向き、断言した。
その声色には、岩山のように揺るぎない忠誠心と、固い決意が込められていた。
「そなたの忠義は立派だが……父上はもういないのだ。ならば、改めて私の家臣となってはくれまいか。それならば、父上の命令に背くことにはなるまい」
「ありがたき仰せなれど、我々オーガ族は自分より強い者にしか従わぬのです。私が陛下の家臣となったのも、剣での勝負に敗れたからです。どうしてもと申されるのであれば、拙者と勝負していただきたい」
「なるほど、オーガ族の風習は確かに聞いたことがあるが……私のような小娘が、そなたと武を競うなど、無茶にも程があるのではないか」
「勝負は強さを競うものであれば何でも良いのです。陛下との勝負は剣術でしたが、馬術や弓術などでも構いません」
これは困ったことになった。
武術の心得など皆無だし、馬には乗れるが……歴戦の勇士であるゾルトの技術に及ぶはずもない。
どうすれば……。
「ゾルト殿、殿下が勝負できそうなことといえば馬術くらいです。馬術勝負のルールをお聞かせいただけますか」
私が言葉に詰まっているのを察したスカーレットが、穏やかな笑顔を浮かべながら助け舟を出してくれた。
とは言っても、実際に戦うのは私なのだが。
「これは失礼しました。まず、それぞれ3頭ずつ馬を選びます。その馬で城壁を一周し、どちらが先着するかという単純なものです。3頭いるので馬を変えて3本勝負になります」
「なるほど、3本勝負で2本先取した方が勝ちということですね」
「いかにも。ですから馬術だけでなく、馬を見る目、相馬眼も重要となります」
それを聞いて、スカーレットが私の耳元でそっと囁く。
(殿下、この勝負受けましょう。技術では劣っていても、体重の軽さや作戦でカバーすることができます)
(何か策があるの?)
(はい、妙案があります)
(分かった。お前を信じましょう)
「ゾルト、その馬術勝負、受けて立ちます! 私が勝ったら家臣になってもらいます」
「さすがは殿下。このゾルト、もし敗れた場合は喜んで家臣となりましょう。殿下には時間がありませんので、明日の正午でいかがでしょう」
「そうね、善は急げと言うし。明日の正午に勝負よ」
スカーレットを疑うつもりはないのだが、本当に大丈夫なのだろうか……。
一抹の不安を抱えながらも、私は賽を投げた。




